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♦一度目
45.一度目
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とうとうシーラが船を出す日がやって来た。
シーラがいくら断っても、見送ると言って聞かなかったオルヴェとリタはふ頭まで共に足を運び、今、三人はシーラの船を目前にして、別れの時を迎えている。
「見送りなんて慣れなくて困っちゃうなぁ」
シーラの目線が、いつになく定まらない。
オルヴェもリタも、すっかり孫を見送るような顔をして、心配そうにシーラを見ていた。
シーラと共に過ごした時間は、十日にも満たないものだったが老人には刺激が強過ぎたようである。おかげで長く生きてきた記憶の中に、シーラと過ごした時間がしっかりと刻まれてしまった。
「シーラちゃん。下の貯蔵庫に保存食をたっぷりと置いてあるからね。ちゃんと食べるのよ」
「くれぐれも気を付けるんだよ。何かあったら、すぐに戻っておいで。どんな力にもなるからね」
「ありがとう。二人とも」
「シーラちゃんが来てくれて、とっても楽しかったわ」
「収穫祭の日取りは覚えたかい?待っているからね」
オルヴェとリタが交互にシーラを抱き締めるから、彼女はなかなか船に乗り込めなかった。
シーラにも、タークォンでの楽しい日々に名残惜しさはあるのかもしれない。
けれどもシーラはあるところで声高らかに宣言した。
「そろそろ行くよ。暗くならないうちに、白の大海に入りたいからね」
二人の手から、可愛い孫娘の体が離れる。
それを少しの別れにするには、確約が足りなかった。
夫妻の胸に同じく昏い不安が募っていく。
もうシーラは、二人の顔をよく見てくれなくなっていた。
シーラは船の小縁に手を掛けると、ひょいと甲板に飛び乗って、それから振り返る。
「楽しい時間をありがとう!タークォンに来て良かった!本当に凄く楽しかったよ!イルハにも、ありがとうって伝えて!」
別れを惜しむ時間さえ惜しいと急くようにして、岸と船を繋ぐロープは離れ、船もすぐに動き出した。
岸壁に残る二人はいつまでも、いつまでも、シーラの船に手を振り続ける。
リタは涙を流し、その肩をオルヴェも悲痛に耐える顔をしつつしっかりと抱いていた。
「ありがとう!また来るね!」
遠く離れてから叫んだシーラの声を聞いたのは、波風だけとなる。
その頃、王宮でも同じように船を見送る者があった。
法務省の自席のある部屋の窓辺に立ったイルハは、一人静かに海を眺める。
白い帆を掲げた一隻の船が、大海を目指し堤防の外へと出て行った。それもすぐに見えなくなる。
イルハの胸中には、かつて感じたことのあるような、懐かしく、それでいて真新しい苦しさが広がっていた。
もう二度と会えないのではないか。
何もしなくて良かったのだろうか。
不要だと切り捨てた想いは切り捨てきれず。
心の奥に残り、今もぐるぐると行き場を失ったまま渦巻いている。
この街で共に──。
いくら叫んでも、もう届かない。
シーラがいくら断っても、見送ると言って聞かなかったオルヴェとリタはふ頭まで共に足を運び、今、三人はシーラの船を目前にして、別れの時を迎えている。
「見送りなんて慣れなくて困っちゃうなぁ」
シーラの目線が、いつになく定まらない。
オルヴェもリタも、すっかり孫を見送るような顔をして、心配そうにシーラを見ていた。
シーラと共に過ごした時間は、十日にも満たないものだったが老人には刺激が強過ぎたようである。おかげで長く生きてきた記憶の中に、シーラと過ごした時間がしっかりと刻まれてしまった。
「シーラちゃん。下の貯蔵庫に保存食をたっぷりと置いてあるからね。ちゃんと食べるのよ」
「くれぐれも気を付けるんだよ。何かあったら、すぐに戻っておいで。どんな力にもなるからね」
「ありがとう。二人とも」
「シーラちゃんが来てくれて、とっても楽しかったわ」
「収穫祭の日取りは覚えたかい?待っているからね」
オルヴェとリタが交互にシーラを抱き締めるから、彼女はなかなか船に乗り込めなかった。
シーラにも、タークォンでの楽しい日々に名残惜しさはあるのかもしれない。
けれどもシーラはあるところで声高らかに宣言した。
「そろそろ行くよ。暗くならないうちに、白の大海に入りたいからね」
二人の手から、可愛い孫娘の体が離れる。
それを少しの別れにするには、確約が足りなかった。
夫妻の胸に同じく昏い不安が募っていく。
もうシーラは、二人の顔をよく見てくれなくなっていた。
シーラは船の小縁に手を掛けると、ひょいと甲板に飛び乗って、それから振り返る。
「楽しい時間をありがとう!タークォンに来て良かった!本当に凄く楽しかったよ!イルハにも、ありがとうって伝えて!」
別れを惜しむ時間さえ惜しいと急くようにして、岸と船を繋ぐロープは離れ、船もすぐに動き出した。
岸壁に残る二人はいつまでも、いつまでも、シーラの船に手を振り続ける。
リタは涙を流し、その肩をオルヴェも悲痛に耐える顔をしつつしっかりと抱いていた。
「ありがとう!また来るね!」
遠く離れてから叫んだシーラの声を聞いたのは、波風だけとなる。
その頃、王宮でも同じように船を見送る者があった。
法務省の自席のある部屋の窓辺に立ったイルハは、一人静かに海を眺める。
白い帆を掲げた一隻の船が、大海を目指し堤防の外へと出て行った。それもすぐに見えなくなる。
イルハの胸中には、かつて感じたことのあるような、懐かしく、それでいて真新しい苦しさが広がっていた。
もう二度と会えないのではないか。
何もしなくて良かったのだろうか。
不要だと切り捨てた想いは切り捨てきれず。
心の奥に残り、今もぐるぐると行き場を失ったまま渦巻いている。
この街で共に──。
いくら叫んでも、もう届かない。
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