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♦一度目

23.わいた観客

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 船を動かす宣言を受け、船と陸とを結ぶ足場が陸側から外された。
 これをしたのはふ頭の守り人の一人で、一人と言ったのは、すでに三名の守り人が船の側に姿を見せていたからである。

 どうしても彼らはイルハから指導して貰いたいようだ。
 イルハは人知れず、ふっと小さく息を吐いた。


「嬢ちゃん、今、縄も外して……どうなってんだ、これ?」

「触らなくていいよ!おにいさんたちは、危ないからそこから離れて!」


 ふ頭の守り人は、岸壁のビットに括られた縄を見て、一様に首を捻った。
 彼らはやはりどうしても法務省の副長官直々の指導を受けたくて堪らないようだ。
 
 何故気付くのが今なのか。


 ビットとは、岸壁に建てられている石柱のことで、通常は船から投げられたロープの先の輪をこのビットに通し船を係留することになる。
 ところがシーラの船から伸びたロープの先は、切断されたままの状態で輪になっていなかった。
 見たところ、誰かがロープをビットにぐるぐる巻きにして、最後にぎゅっと固く結びつけたようなのだ。

 このような太いロープをシーラが一人で巻き付けて結んだとはとても思えないが。
 これは一体どういうことなのだろう。


 守り人たちはその頭で熱心に考えたところで分からないことは分かっていて、シーラから言われた通り、ビットから数歩下がってこの場を見守ることにした。
 何より、今さらではあるが、船上にあるイルハからの凍てつく視線が痛かったのだ。


「ねぇ、イルハ。捕まることはないんだよね?」

「えぇ。問題にならないことは私が保証しますよ」

 それからシーラは踊るような跳ねた足取りで、船首側へと駆けていった。

 立ち止まったのは、船を係留するロープが引っ掛けられている、甲板にある金具の前だ。

 シーラはかかんで、その太いロープに右手を伸ばした。
 まさか持ち上げる気だろうか。シーラの手のひらよりも厚みあるロープは、彼女には掴むことさえ大変だと予測出来るもので、シーラがそれを船上から引いてどうこう出来ようとは想像出来ない。


 どうするつもりだろうかと見守っていた一同が、あっと息を呑んだ。


 ロープが全体として、ふわっと浮かび上がったのだ。

 驚きに浸る間もなく、その先端、岸側に当たる部分のロープが、意思を持ったようにくねくねと動き始める。

 ビットに巻き付いた結び目は自然に解かれ、ロープはくるくると丁寧に回りながらビットから外されていった。

 そして最後に、やはりくねくねと踊るような形で、空に浮かんだロープが甲板上へと戻って来たのである。


 おぉっという感嘆の声は、船側と岸側からほとんど同時に上がった。


 イルハも周囲と同じように感動し興奮していたかったものだが、彼のそれは誰でもなく歓声を上げた者たちのせいで阻害されたと言える。
 岸側からの歓声がやたらと大きく響いたことで、イルハがそちらに目をやれば、なんとそこには警備兵たちが幾名も集まっていたのだから。

 イルハは声を発さず、彼ら全員の顔をよくよく確認しておいた。
 可哀想に、とどちらにも同情出来なくはない事案だ。



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