2 / 349
♦一度目
1.音楽が導いた先
しおりを挟む
塩気と湿り気を帯びた夏の空気が肌にじっとりとまとわりつく。
ついこの間まで冬だったから、まだ体が慣れない。
「こんな時間に?」
疲れているのかと思いつつ、イルハは耳を澄ました。
波の音に紛れて、どこからか聞き慣れぬ楽器の音色と若い女性の歌声が流れて来る。
どうも幻聴ではなさそうだと思ったイルハは、声を辿りながら歩みを進めた。
少しすれば、ふ頭に並ぶ沢山の船と、石積みの倉庫に挟まれた道の真ん中に、人だかりが見えて来る。
シャラシャラと遠くまでよく響く音色と、美しく紡がれたソプラノの歌声。
体で感じる波音と潮風はそれまでにない心地の好いものへとたちまちに変化した。
同時になぜか思い出された、大切な記憶。幼少期に確かに見たはずの懐かしい情景。
どこまでも続く星空に向かって、奏でる音が調和しては舞い上がる。
すべてがそこに存在しているようで、何もないような、不思議な感覚。
確かにひととき、イルハは歩みを止めて音楽に聴き入った。
そんな自分を恥じながら、さらに近付いて言う。
「ここで何をしているのですか?」
すぐに音が止んだ。そのせいか、急に波音が大きく感じられる。
とても勿体ないことをしたように感じていても、イルハはそうせざるを得ない。
振り返った男たちは、慌てて背筋を伸ばし、敬礼をした。
あろうことか、集まっていたのは警備兵である。
月明かりは弱く、ふ頭は街頭も少ないために、近付かなければ容易に顔は確認出来なかったが、その堅い声色で誰がいるかすぐに分かったのだろう。
「わ、我々は、警備中に通りかかりまして……。この者を、たった今、注意しようとしていたところであります!」
彼らのうちの一人が、震えるようなか細い声で話し出し、最後はなかば叫ぶように大きな声で言った。
イルハは彼らをきつく睨み付けてから、少しのため息を漏らす。
「私が対応しましょう。あなたたちは仕事に戻りなさい」
「は!」
頭を下げてから、警備兵たちは逃げるように去っていった。
ついこの間まで冬だったから、まだ体が慣れない。
「こんな時間に?」
疲れているのかと思いつつ、イルハは耳を澄ました。
波の音に紛れて、どこからか聞き慣れぬ楽器の音色と若い女性の歌声が流れて来る。
どうも幻聴ではなさそうだと思ったイルハは、声を辿りながら歩みを進めた。
少しすれば、ふ頭に並ぶ沢山の船と、石積みの倉庫に挟まれた道の真ん中に、人だかりが見えて来る。
シャラシャラと遠くまでよく響く音色と、美しく紡がれたソプラノの歌声。
体で感じる波音と潮風はそれまでにない心地の好いものへとたちまちに変化した。
同時になぜか思い出された、大切な記憶。幼少期に確かに見たはずの懐かしい情景。
どこまでも続く星空に向かって、奏でる音が調和しては舞い上がる。
すべてがそこに存在しているようで、何もないような、不思議な感覚。
確かにひととき、イルハは歩みを止めて音楽に聴き入った。
そんな自分を恥じながら、さらに近付いて言う。
「ここで何をしているのですか?」
すぐに音が止んだ。そのせいか、急に波音が大きく感じられる。
とても勿体ないことをしたように感じていても、イルハはそうせざるを得ない。
振り返った男たちは、慌てて背筋を伸ばし、敬礼をした。
あろうことか、集まっていたのは警備兵である。
月明かりは弱く、ふ頭は街頭も少ないために、近付かなければ容易に顔は確認出来なかったが、その堅い声色で誰がいるかすぐに分かったのだろう。
「わ、我々は、警備中に通りかかりまして……。この者を、たった今、注意しようとしていたところであります!」
彼らのうちの一人が、震えるようなか細い声で話し出し、最後はなかば叫ぶように大きな声で言った。
イルハは彼らをきつく睨み付けてから、少しのため息を漏らす。
「私が対応しましょう。あなたたちは仕事に戻りなさい」
「は!」
頭を下げてから、警備兵たちは逃げるように去っていった。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【R18】幼馴染な陛下と、甘々な毎日になりました💕
月極まろん
恋愛
幼なじみの陛下に、気持ちだけでも伝えたくて。いい思い出にしたくて告白したのに、執務室のソファに座らせられて、なぜかこんなえっちな日々になりました。
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
溺愛されて育った夫が幼馴染と不倫してるのが分かり愛情がなくなる。さらに相手は妊娠したらしい。
window
恋愛
大恋愛の末に結婚したフレディ王太子殿下とジェシカ公爵令嬢だったがフレディ殿下が幼馴染のマリア伯爵令嬢と不倫をしました。結婚1年目で子供はまだいない。
夫婦の愛をつないできた絆には亀裂が生じるがお互いの両親の説得もあり離婚を思いとどまったジェシカ。しかし元の仲の良い夫婦に戻ることはできないと確信している。
そんな時相手のマリア令嬢が妊娠したことが分かり頭を悩ませていた。
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる