【完結】夢見がちな公爵令息は、運命の出会いを求めている

春風由実

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0.最低なお見合い

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「君もどうせ、彼女たちと同じなのだろう?」

 お見合い場所は、公爵家の応接室でした。
 普通は男性側が女性の家を訪問するようですが、あいにく我が家は公爵家のご令息様を呼べるような部屋を持ってはおりません。
 貧乏子爵家に話を持ち掛けた時点で、公爵家のご当主様はそれもよくご理解されていたのでしょう。

 お迎えの馬車に乗せられて、私は呑気に公爵家の立派な門を通り抜け、今に至ります。

 馬車を降りたときには、こちらの庭に我が家は何軒立つのかと考えてしまいましたし、
 玄関だけで我が家のリビングはありそうな広さには圧倒されてつい顔が強張りました。
 公爵家の皆様には我が家にお越しいただかなくて本当に良かったと、心からそう思ったものです。

 この応接室だって、一体何人を招待するおつもりで作られたのか。
 空白の空間があり過ぎて、真ん中に置かれたソファーとテーブルの距離感がおかしいように思えてきます。
 世界にぽつんと二人だけ残されたようで落ち着きませんし、声が壁に反響し返って来ないことがこんなにも物寂しい気持ちを生み出すものだと知ることになりました。

 私はあの家くらいがちょうどいい人間なのだと悟り、元々ない欲が無に帰した気がしますね。
 こんな家で暮らしたら、数日も経たずに気が狂いそうです。


「どうなのだ?」

 テーブルを挟んだ向かいのソファーに座る令息様は、鋭い視線で私を見ていました。


 あの方に頼まれていなければ。
 この方が高位の貴族令息様でなかったら。

 私はこの場で彼の頬を思いきり叩いて、目を覚ましてやっていたことでしょう。


 お見合いの席でいきなりこのような分からないことを言われるなんて、寝ぼけているに違いありませんもの。


 ですが、紅茶は美味しいですね。
 さすが高位貴族のお屋敷です。使う茶葉も淹れ方も一級なのでしょう。

 侍女さんたちは気配を感じさせない素晴らしい動きでこの場を整えたあとに、さっと頭を下げて出て行かれ、二人きりにしてくださいました。

 もちろん扉は空いております。どれだけ広かろうと密室に未婚の男女が二人きりはいけません。


「どうせ同じと仰いますと?」

 はっと鼻で笑ってから、令息様は皮肉たっぷりの言い方をなさいました。

「私の噂話が社交場でよく流れていることは知っているのだ。子爵とはいえ、君もそれくらいは耳にしているのだろう?」

 せっかく美しいお顔をされておりますのに、言動がとても残念な令息様です。
 先から紅茶を嗜む仕草はとても洗練されていて、さすが公爵家の教育は素晴らしいのだと感動しておりましたのに。
 少しでも感動した時間を返して欲しいものですね。

「なんのことでしょうか?私にはさっぱりと」

 私のような子爵家の人間には、知らぬ振りしか出来ないことをこの令息様は分からないのでしょうか。

「皆も最初はそう言っていた。気を遣う時間が無駄だ。はっきりと言え」

「はっきりとは?」

「理解力のない女だな。仕方ない。分かりやすく聞いてやる。私が公爵家の嫡男だから、この見合い話を受けたのであろう?」

 それは当然のことでした。
 公爵家から打診されたとき、子爵家には断る力がありません。

 これがお見合いの打診ではなく、婚約の確定話となれば、さすがの父もせめて一度会ってから……と交渉してくれていたことを願いたいものですが。
 小心者のあの父ですからね。
 婚約が決定事項であったとしても、即座に頷いていたかもしれません。

 私などどうでも良いのですが、弟の結婚相手は今からとても心配になります。

 高位貴族の令嬢も子爵家なんて嫌でしょうが、一人娘ならまだしも、次女、三女となると、すべての娘に良き嫁ぎ先を見付けることは難しいものです。
 すると子爵家にも話が転がってくることになります。


 と色々と考えておりましたが。
 あえて間を置いたあとに、私はまた聞き返すことにいたします。
 少しは考えてみましたが分かりませんでした、というアピールです。

 私は『理解力のない女』だそうですから。

「と言いますと?」

 令息様が明らかに苛立っていることは分かりました。
 それでもこちらからは肯定出来ないものなのですよ、令息様?

「公爵夫人になりたくて私との婚約を望んでいるのかと、そう聞いている。お前もそうなのだな?」

 ようやく答えられそうな質問を引き出せました。
 高位の貴族令嬢様と私が一緒であるなどとは言えませんし、この令息様だからという理由ももっての外。
 その点、私がこうしたいから、というご質問であれば、まずまずです。


 さて。
 あの方に許可を頂いてはおりますが。

 一応は聞いておきましょうか。


「ところで公爵令息様」

「……ところでだと?」

 怪訝な顔をして令息様は私を見ておりましたが、あの方のお言葉があればこの状況もそう怖くはありません。

「そのご質問に如何様に答えました場合にも、私個人を咎めることはあっても子爵家は咎めないとお約束頂くことは可能でしょうか?」

「は?」

 それほど驚くことでしょうか?

「お見合いの席とはいえ、高位の貴族の方に意見するなど、私のような下位貴族の人間には恐れ多いことです。もしご希望通りのお答えを返せなかった場合に、私のことをお咎めになることは構いませんが、家にも影響が及ぶとなると返答は難しく──」

 令息様は最後まで言わせてくれませんでした。

「あーーー、ごちゃごちゃとうるさいな。そんな重さを持ってこちらは聞いてはいない!それに君の言った通り、この場は見合いの席だ。いちいち爵位を出して発言を咎めるような愚かなことをするものか。だから、君の好きなように話せ」

 そのお言葉、有難くちょうだいいたします!

「では──」

 そこまで驚かなくてもよろしいのでは?
 せっかく身に付けられている立派な高位貴族らしさを失っておられますよ?




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公爵令息の妹リーナと、その夫アーネストのお話は下記からどうぞ。
→『初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす

※それぞれ独立した作品として楽しめます。
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