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18.護衛騎士はなお見た
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王太子殿下はその後に続く言葉を出せないようでした。
一体どうされたというのでしょう。
せめてあと少し。
シンシア様に伝わるようにお言葉を──。
「ご相談とは、猫のお話でしょうか?」
さすが女神さまはお優しきご令嬢でした。
まさかあの言葉だけで殿下のお気持ちを汲んでいらっしゃるとは。
「そうなんだ。実は猫を飼い始めてな」
シンシア様はぱちぱちと何度も瞬きをしておりました。
「殿下が猫を……?」
言葉も忘れてしまうほどに、シンシア様は驚いているようです。
ところで王太子殿下。
あなたが猫を飼い始めた話になっておりますが、それでは後ほど王妃殿下からお叱りを受けるのではないでしょうか?
私はその場の護衛を辞退させていただきますけれど、よろしいですね?
「急なことですまない。驚かせただろうか」
聞くまでもなくシンシア様は驚いた顔を継続中です。
王太子妃教育をお受けになられてきたシンシア様は、淑女の鑑と言える方であり、このように感情を表に出す御人ではありませんでした。
だから私も驚いて、ついついその美しきご尊顔を観察してしまいます。
「いえ、あの……どうして?」
「城の庭に子猫が現われたと聞いてな。この手で育てて見たくなったのだ」
「この手で……それは一時的なものでしょうか?」
シンシア様には珍しく、人を見定めるような厳しい瞳に、殿下も息を呑んでおりました。
殿下より離れた場所にいる私もまた、シンシア様がこちらを見てはいらっしゃらないのに、心を射貫かれる気持ちになって身を正したくなっています。
「いいや、最後まで面倒をみようと思っているよ」
「最後まで、と言いますと?」
「もちろん子猫が成長し最後の時を迎えるまでという意味だ。王位に就いてもそれは変わらない。王としての仕事を疎かにしなければ、城にいくら猫を抱えていようと誰も問題だと声を上げる者はないだろう?彼らのためにも私は立派な王になろうと思っている」
それは「シアのために」の言い間違いだと思います。
シンシア様は口元に揃えた指先を添えられて震えておられました。
「そんな先まで……殿下はそこまで……猫のことを」
「そうなんだ。だから将来を共にするシアに相談したくてね……シアはその……猫が……好きか?」
猫の部分だけ小さなお声になっていたのはどうしてなのでしょうか?
邪推しないでおきましょう。
さて、つい先ほどの厳しい眼差しが嘘のように。
そしてそれは、今までのシンシア様ともまた違っていて。
綻ぶ笑顔に思わず私も目を瞠り、凝視してしまったほどです。
えぇ、きっと、間違いなく。私は良からぬ目でシンシア様を見ていたように思います。
はっと我に返ったときに、王太子殿下も例のぎらぎらとした瞳でシンシア様を凝視しておりましたから。
けれどもそうなるお気持ちも分かってしまいます。
シンシア様の周囲にだけ、ぱぁっと花が咲いたように見えていたのです。
それも一輪や二輪の話ではありません。
私はいつの間にか、シンシア様が先程していたように目を瞬いておりました。
目の錯覚でしょうが、まだ花々が見えております。
これはシンシア様が使う幻術の類でしょうか。
まさか、そんなわけはありません。
きっとシンシア様があまりに美しいため、ここにないお花でもそれぞれの脳内に引き出してしまうということなのでしょう。
えぇ、私には意味も原理も分かりませんが。
「──はい。大好きです」
そのお声から時が止まったようでした。
一体どうされたというのでしょう。
せめてあと少し。
シンシア様に伝わるようにお言葉を──。
「ご相談とは、猫のお話でしょうか?」
さすが女神さまはお優しきご令嬢でした。
まさかあの言葉だけで殿下のお気持ちを汲んでいらっしゃるとは。
「そうなんだ。実は猫を飼い始めてな」
シンシア様はぱちぱちと何度も瞬きをしておりました。
「殿下が猫を……?」
言葉も忘れてしまうほどに、シンシア様は驚いているようです。
ところで王太子殿下。
あなたが猫を飼い始めた話になっておりますが、それでは後ほど王妃殿下からお叱りを受けるのではないでしょうか?
私はその場の護衛を辞退させていただきますけれど、よろしいですね?
「急なことですまない。驚かせただろうか」
聞くまでもなくシンシア様は驚いた顔を継続中です。
王太子妃教育をお受けになられてきたシンシア様は、淑女の鑑と言える方であり、このように感情を表に出す御人ではありませんでした。
だから私も驚いて、ついついその美しきご尊顔を観察してしまいます。
「いえ、あの……どうして?」
「城の庭に子猫が現われたと聞いてな。この手で育てて見たくなったのだ」
「この手で……それは一時的なものでしょうか?」
シンシア様には珍しく、人を見定めるような厳しい瞳に、殿下も息を呑んでおりました。
殿下より離れた場所にいる私もまた、シンシア様がこちらを見てはいらっしゃらないのに、心を射貫かれる気持ちになって身を正したくなっています。
「いいや、最後まで面倒をみようと思っているよ」
「最後まで、と言いますと?」
「もちろん子猫が成長し最後の時を迎えるまでという意味だ。王位に就いてもそれは変わらない。王としての仕事を疎かにしなければ、城にいくら猫を抱えていようと誰も問題だと声を上げる者はないだろう?彼らのためにも私は立派な王になろうと思っている」
それは「シアのために」の言い間違いだと思います。
シンシア様は口元に揃えた指先を添えられて震えておられました。
「そんな先まで……殿下はそこまで……猫のことを」
「そうなんだ。だから将来を共にするシアに相談したくてね……シアはその……猫が……好きか?」
猫の部分だけ小さなお声になっていたのはどうしてなのでしょうか?
邪推しないでおきましょう。
さて、つい先ほどの厳しい眼差しが嘘のように。
そしてそれは、今までのシンシア様ともまた違っていて。
綻ぶ笑顔に思わず私も目を瞠り、凝視してしまったほどです。
えぇ、きっと、間違いなく。私は良からぬ目でシンシア様を見ていたように思います。
はっと我に返ったときに、王太子殿下も例のぎらぎらとした瞳でシンシア様を凝視しておりましたから。
けれどもそうなるお気持ちも分かってしまいます。
シンシア様の周囲にだけ、ぱぁっと花が咲いたように見えていたのです。
それも一輪や二輪の話ではありません。
私はいつの間にか、シンシア様が先程していたように目を瞬いておりました。
目の錯覚でしょうが、まだ花々が見えております。
これはシンシア様が使う幻術の類でしょうか。
まさか、そんなわけはありません。
きっとシンシア様があまりに美しいため、ここにないお花でもそれぞれの脳内に引き出してしまうということなのでしょう。
えぇ、私には意味も原理も分かりませんが。
「──はい。大好きです」
そのお声から時が止まったようでした。
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