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11.とある影の焦燥

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 でもねぇ、分からないんですよ。

 シンシア様が私たちの気配を読んだことはありません。
 気付いている素振りを見せられたこともないんです。

 ただ、その手の中にいる小さな生き物が、じーっとこちらが潜んでいる場所を見詰めていることがありました。
 
 気になることと言えば、それくらいで。
 シンシア様がそれで気付くとは思えないんですけどね。

 奴ら、喋ることはないでしょう?

 だから誰だ、俺たちの存在を明かした奴は?って一時は仲間内で揉めていました。
 その犯人もすぐに見付かることになったのです。

 公爵家に雇われている奴ら、何て言ったと思います?

 お嬢様に隠し事なんて出来るわけがないだろう!だってさ。
 あの生き物が何を見ているか知っているかと問われ、ころっと全部吐いたんだとか。

 いやいや、待て待て。
 私たちは王家の影ぞ?って話なんだが。

 報告すると殿下どころか陛下まであっさりとこの件を了承してしまったので、私たちはシンシア様公認の影という、まぁ、明るいんだか、昏いところにいるんだか、よく分からない存在に成り果てているんですよねぇ。

 うーん、これでいいのか?


 というわけで今日もお嬢様の一日のご様子を王太子殿下へと報告するために、これから交替したあとに面倒なレポートを仕上げなきゃならんなぁと、影ながらお嬢様を見守っていたところですよ。

 ふわふわした着ぐるみのような珍しい衣装を身にまとい、他には見ない特別な仕様のお部屋で、ソファーにゆったりと腰掛けているシンシア様が。
 もちろん膝には、今日は白い生き物を乗せていて、その白い奴の頭を撫でているんですがね。

 どうもやけに憂いを帯びた表情をされていたんです。

 あ、ちなみに、その白い奴の名は、くーと言いましてね。
 私たちが呼び掛けたことはないんですが、今日も一度ちらっとこちらを見ていました。

 だけど、その後はさっさと目を閉じて休んじまったわけですよ。

 どうもこいつらは私たちの存在に慣れてしまったようで、昔ほどじっとこちらを見詰めることもなくなっています。

 うーん、影としてこれでいいのだろうか?


 シンシア様の憂い顔から、今日の出来事を思い出すことにしました。
 王太子妃教育で登城しておりましたけれど……。

 うん、特に何かあった覚えはないな。

 王城の教育係たちもシンシア様にメロメロで、覚えがいい、素晴らしい、美しいと、毎度大絶賛しているし。
 王太子殿下は言わずもがな。
 本当は蕩けているお顔を巧妙に隠して、上手にお茶を飲んでいた。

 余計なことも言っていなかったし、シンシア様だっていつも通りに感じたけれど。

「お元気がないように見受けられます。何か心配事でもございましたでしょうか?」

 さすが、侍女殿。
 有難い。

 そうそう、その答えが知りたかったんだよ、と答えを待っていたら──。

「ごめんなさい。何でもないのよ」

 残念、答えてくださらなかった。
 あのマリーという侍女殿とは特に親密にしているように感じていたけれど、そうでもないのだろうか。

 と思っていたら──。

「マリーに隠し事は出来ないわね。この子たちの将来が気掛かりだっただけよ」

 侍女殿がはっと息を呑みました。
 どういうわけか、その瞳がぎらぎらと輝いて見えます。

「離れることを覚悟してきたわ。王太子妃になるのですもの。いつまでもこの子たちの側にはいられないって……」

 シンシア様は続けます。

「分かっているのよ。ここに残していっても、お父さまもお兄さまもこの子たちを大事にしてくださるでしょう?それに皆もよくしてくれると分かっているの」

 さらにシンシア様は続けました。
 それは長年溜めていたものを吐き出すように。

 一度口に出したら、止まらなくなったように感じます。

「それでもこの子たちと離れたくないと私が想ってしまうんだわ。この子たちのためではなく、ただ私が……。最近ね、考えてはならないことまで考えてしまうのよ。いけないわね」

「お嬢様にいけないことなどございません!それがどのようなお考えか、お聞きしても?」

「心に留めておいてね、マリー?あなたと私の秘密よ?」

「もちろんですわ」

 侍女殿からは、お嬢様の憂いのすべてを取っ払うという気概を感じ、こちらは嫌な予感を覚えました。
 シンシア様はついに言います。

「この子たちと離れるくらいなら、いっそこの子たちを連れて国外に逃げ──」

 殿下、大変なことになりましたよ!
 サプライズとか言っている場合ではありません!

 これはまずいです。
 大分まずいです。

 侍女殿がにやりと笑いました。
 その顔、見逃しませんとも!

 殿下、急がなければ公爵家がこの国から離反します~!!!



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