7 / 26
7.お嬢様のお願いが止まりません
しおりを挟む
そうして屋敷に戻りますと。
小さな腕にそれまた小さな茶色い塊を抱いたお嬢様を見ては、胸を押さえながらも同僚たちが私を責めようとしたのですが。
「わたしがマリーにわがままをいったのよ。おねがい、ゆるして?」
お嬢様の一言に、どの者も撃沈し、何も言えなかったのです。
それでも私どもは部屋に入れるならばと、お嬢様にその毛玉を洗うことをご提案しまして。
急いで猫の世話に詳しい者から情報を集めまして、ミルクやら毛布やらと慌ただしく用意することになりました。
その間だけ預けて欲しいとお願いしたのですが。
お嬢様はお世話もご自身でしたいと仰り、えぇ、またどの者もお嬢様の言葉に従う道しかございませんで。
そうしてお嬢様の手ずから洗われた毛玉は真っ白に変わりました。
洗われている間、一度も暴れない賢い子猫だったことには、同僚たちと共に心から安堵していたことを覚えています。
それは旦那様と若様が一緒にお戻りになってからのことです。
「おとうさま、おねがいがございます」
玄関でお出迎えされたお嬢様の最初のお言葉でした。
「ぐっ」
「シアっ!」
旦那様は胸を、若様は口を押さえて、感動しておられたのですが。
先に我に返ったのは、旦那様でした。
「おぉ、お願いか、シア。何でも言ってみなさい。お父さまがシアの願いを叶えてみせよう」
聞く前にそのように答えてしまうのですから。
さすがはお嬢様のお父上様だと、一同敬意を持って旦那様のご決断の行方を見守っていたのですが。
このときの旦那様は、まさかお嬢様のはじめてのお願いを、私が頂いてしまったことは知りません。
ですから、それは嬉しそうに破顔しており、いつもの公爵としての溢れんばかりの威厳は隠されておりました。
そのように何でも叶えようと願い事を待ち受ける旦那様を前にしても、慣れていないせいなのか、お嬢様は手の中で眠る子猫を撫でながら、自信がなさそうに声を落として言われたのです。
えぇ、そんなお嬢様の可憐でいじらしいお姿を拝見したのも初めてのことでした。
私含め、倒れずに耐えた同僚たちは、このときばかりは褒められたものかと思います。
すでに若様は玄関で膝を着いて、口を押さえて震えておりましたから。
「おとうさま。このこのおかあさまがいらっしゃいませんでした。ですから、さびしくないように、こんやはこのこといっしょにねむりたいのです」
旦那様は、そのときになってお嬢様の手の中に何か居ることに気付きました。
初めてお願いを口にするお嬢様のお顔を心に刻もうと、お嬢様の顔ばかり凝視していたせいでしょう。
えぇ、本当に旦那様ははじめてのお願いをご自身が受け取ったと信じていたのです。
小さな腕にそれまた小さな茶色い塊を抱いたお嬢様を見ては、胸を押さえながらも同僚たちが私を責めようとしたのですが。
「わたしがマリーにわがままをいったのよ。おねがい、ゆるして?」
お嬢様の一言に、どの者も撃沈し、何も言えなかったのです。
それでも私どもは部屋に入れるならばと、お嬢様にその毛玉を洗うことをご提案しまして。
急いで猫の世話に詳しい者から情報を集めまして、ミルクやら毛布やらと慌ただしく用意することになりました。
その間だけ預けて欲しいとお願いしたのですが。
お嬢様はお世話もご自身でしたいと仰り、えぇ、またどの者もお嬢様の言葉に従う道しかございませんで。
そうしてお嬢様の手ずから洗われた毛玉は真っ白に変わりました。
洗われている間、一度も暴れない賢い子猫だったことには、同僚たちと共に心から安堵していたことを覚えています。
それは旦那様と若様が一緒にお戻りになってからのことです。
「おとうさま、おねがいがございます」
玄関でお出迎えされたお嬢様の最初のお言葉でした。
「ぐっ」
「シアっ!」
旦那様は胸を、若様は口を押さえて、感動しておられたのですが。
先に我に返ったのは、旦那様でした。
「おぉ、お願いか、シア。何でも言ってみなさい。お父さまがシアの願いを叶えてみせよう」
聞く前にそのように答えてしまうのですから。
さすがはお嬢様のお父上様だと、一同敬意を持って旦那様のご決断の行方を見守っていたのですが。
このときの旦那様は、まさかお嬢様のはじめてのお願いを、私が頂いてしまったことは知りません。
ですから、それは嬉しそうに破顔しており、いつもの公爵としての溢れんばかりの威厳は隠されておりました。
そのように何でも叶えようと願い事を待ち受ける旦那様を前にしても、慣れていないせいなのか、お嬢様は手の中で眠る子猫を撫でながら、自信がなさそうに声を落として言われたのです。
えぇ、そんなお嬢様の可憐でいじらしいお姿を拝見したのも初めてのことでした。
私含め、倒れずに耐えた同僚たちは、このときばかりは褒められたものかと思います。
すでに若様は玄関で膝を着いて、口を押さえて震えておりましたから。
「おとうさま。このこのおかあさまがいらっしゃいませんでした。ですから、さびしくないように、こんやはこのこといっしょにねむりたいのです」
旦那様は、そのときになってお嬢様の手の中に何か居ることに気付きました。
初めてお願いを口にするお嬢様のお顔を心に刻もうと、お嬢様の顔ばかり凝視していたせいでしょう。
えぇ、本当に旦那様ははじめてのお願いをご自身が受け取ったと信じていたのです。
0
お気に入りに追加
168
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
私も一応、後宮妃なのですが。
秦朱音@アルファポリス文庫より書籍発売中
恋愛
女心の分からないポンコツ皇帝 × 幼馴染の後宮妃による中華後宮ラブコメ?
十二歳で後宮入りした翠蘭(すいらん)は、初恋の相手である皇帝・令賢(れいけん)の妃 兼 幼馴染。毎晩のように色んな妃の元を訪れる皇帝だったが、なぜだか翠蘭のことは愛してくれない。それどころか皇帝は、翠蘭に他の妃との恋愛相談をしてくる始末。
惨めになった翠蘭は、後宮を出て皇帝から離れようと考える。しかしそれを知らない皇帝は……!
※初々しい二人のすれ違い初恋のお話です
※10,000字程度の短編
※他サイトにも掲載予定です
※HOTランキング入りありがとうございます!(37位 2022.11.3)
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。
変装して本を読んでいたら、婚約者さまにナンパされました。髪を染めただけなのに気がつかない浮気男からは、がっつり慰謝料をせしめてやりますわ!
石河 翠
恋愛
完璧な婚約者となかなか仲良くなれないパメラ。機嫌が悪い、怒っていると誤解されがちだが、それもすべて慣れない淑女教育のせい。
ストレス解消のために下町に出かけた彼女は、そこでなぜかいないはずの婚約者に出会い、あまつさえナンパされてしまう。まさか、相手が自分の婚約者だと気づいていない?
それならばと、パメラは定期的に婚約者と下町でデートをしてやろうと企む。相手の浮気による有責で婚約を破棄し、がっぽり違約金をもらって独身生活を謳歌するために。
パメラの婚約者はパメラのことを疑うどころか、会うたびに愛をささやいてきて……。
堅苦しいことは苦手な元気いっぱいのヒロインと、ヒロインのことが大好きなちょっと腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(作品ID261939)をお借りしています。
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで
嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。
誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。
でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。
このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。
そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語
執筆済みで完結確約です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる