【完結】これからはあなたに何も望みません

春風由実

文字の大きさ
上 下
51 / 56

思惑

しおりを挟む
 それでもきっとこれは父が考えていたことだろう。
 そのように私にも分かる部分はありました。

 宣言通りに侯爵領を一年で立て直した父は、その後に親戚に爵位を譲ると、侯爵家からも除籍の手続きを行って、貴族ではない身の上で辺境伯領へとやって来ました。

 それからは辺境伯夫人への狼藉を償う形で、ほとんど報酬を受け取らずに辺境伯領のためにと働いてくれています。

 これは間違いなく、父が考えた筋書き通りの展開でしょう。


 あの日、私に手を上げようとしたことも、その一手だったというわけです。

 旦那さまが軽々止められることを見越してあげたあの手のおかげで、父が貴族でなくなったあとにも、私個人を問題を起こした侯爵家と同一視する方は少なく、貴族社会での評価が落ちたという実感を私は知らずに済みました。
 そもそも私たちは辺境伯領にいるので、社交の場にはそう出ませんし、私自身が困ることはありませんけれど。
 それでも評判が下がるというのは、旦那さまや子どもたちにも影響することですから、避けた方がよろしいでしょう?

 父が凄いなと思ったのは、王都での私の噂がここで終わらなかったこと。

 そんな酷い父親を領地に受け入れる慈悲深い優しき夫人、という飛躍したお話まで付いてきて。
 私が嫁いでから侯爵家の問題が発覚したこともあり、辺境伯夫人はとても優秀だった、さすがはあの女傑の孫、というむしろ私の評価が上がるようなお話まで囁かれているのだとか。

 王都に残るあの人が耳にしないかと、冷や冷やするところではありますね。



 そして私にも大きな変化が。
 これまでのことを水に流しましょうと娘としての優しい気持ちが芽生えたわけではありません。

 けれども私の中にあった両親に対する捉え方が変わりつつあるのです。

 父に関しては、仕事で関わることが増えた影響が大きいでしょう。
 さすがは長く大臣をされていた方だと、その見識の深さや手腕には、尊敬の念を抱かずにはいられず。
 こちらが報酬を払いたくなるほどの功績をこの短い期間だけでも数多く辺境伯領へと与えてくださいまして。

 かつては何も知らなかった人を知ることで、こんなにも変わっていくのかと思うと同時に。
 あの人のことを想像する機会も増えたのです。

 とはいっても、今は病んで話をすることもままならない相手ですから。
 結局は父と二人で、あの人について想像しながらあれこれと話すだけに終わるのですけれど。

 あの人は公爵令嬢であったこともあり、身分制度における不満のはけ口にされていたのではないか。
 これが父の予想でした。

 自分より高い身分にある人をどうにか貶めたいという欲を持っている人たちが世の中にはいるそうなのです。
 社交に疎い私にはまだ分からないことでもありますが、あの人が苦労をしてきたのだなという点だけは少しだけ理解出来ました。

 でも私がそのように父と話していると、いつもあることが不思議に感じます。
 人の機微にまで理解ある父ですのに、どうして母をあれだけ長く放置出来ていたのかな?と。

 父に聞くと、落ち込んでがっくりと項垂れてしまうので、時々しか聞かないことにしているのですが。
 何度も同じことを繰り返して聞くなんて、意地悪な娘ですよね?

 でも旦那さまが、もっと言ってやれと、これまたちょっと意地悪く笑うのです。
 それがまた可愛らしくてそのお顔を見たくて……つい父に意地悪なことを言ってしまいます。

 ごめんなさい、お父さま。
 私はこんな娘だったのですよ。

 知らなかったでしょう?








しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

あらまあ夫人の優しい復讐

藍田ひびき
恋愛
温厚で心優しい女性と評判のカタリナ・ハイムゼート男爵令嬢。彼女はいつもにこやかに微笑み、口癖は「あらまあ」である。 そんなカタリナは結婚したその夜に、夫マリウスから「君を愛する事は無い。俺にはアメリアという愛する女性がいるんだ」と告げられる。 一方的に結ばされた契約結婚は二年間。いつも通り「あらまあ」と口にしながらも、カタリナには思惑があるようで――? ※ なろうにも投稿しています。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

処理中です...