【完結】これからはあなたに何も望みません

春風由実

文字の大きさ
上 下
46 / 56

歳月

しおりを挟む
 季節の巡りは早いもので、樹々の葉が色付き、辺境伯領もすっかり秋めいてまいりました。

 私は今日も、当主夫人として代官所の様子を見に来ています。
 こちらには領都の代官を筆頭に事務処理を担ってくれる多くの補佐官が日々領地のためにと働いてくれているのです。

 そうしていつも通りの確認を終えたあとには、最後に彼らの居場所を教えて貰います。
 いつものことですから、今では流れ作業のようにこちらから聞く前に代官が教えてくださるのです。

 今日は帰宅前に書庫へと寄ることになりました。

「姉上!」

 まだ補佐官の見習いでしかない弟は、書類整理を頑張っているところでした。
 早く自分で書類を書けるようになることが、今の目標だとか。
 彼の指導役の補佐官からは、身内の私への配慮もありましょうけれど、大変優秀で将来を期待していますと言っていただけて、私も嬉しくなったものです。

「お身体は大丈夫ですか?」

「えぇとても元気ですよ。ノエルは大丈夫?」

「元気いっぱいですよ。昔と違って三食きちんと食堂で時間を取って頂いておりますし。寝る時間も十分にありますからね。皆様が丁寧に教えてくださるので、仕事が心配で寝られないという日もないのです」

 かつては寝る間も惜しんで、執務室に籠り、書類仕事に追われていた弟。
 けれどもそれだけ時間を掛けても、分からないことばかりで。
 それなのに頼りにしていた家令のアルバをはじめ、仕事に理解ある使用人は母親の命で次々と家からいなくなっていく。
 甘やかしてくれていたはずの母親に泣き付けば、あなたは出来る子よ、娘に出来ていたことが息子であるあなたに出来ないはずがないわ、男は教わらなくても仕事が出来るものなのよ、若くして大臣になった優秀な人の子どもなの、そんな言葉が返って来るだけ。
 母に言われるがまま引継ぎを拒絶したのは弟でしたけれど、その母に引継ぎ書まで捨てられてしまった。
 父親に頼りたくても、父親には領地の話をしてはならない、忙しい父親の時間を奪うなと、また母親が止めてくる。

 当時の弟はもうどうしていいか分からず、何もかも捨てて逃げたかったそうです。
 妹がいたから、それは踏みとどまっていたのだとか。
 そこが私と弟の違う点ですね。
 弟は妹と距離が近かったこともあるかもしれませんが、私のようにあっさり出て行く薄情さを持てなかった優しい弟です。

 それであの舞踏会のときには、弟は母の命じた通りに動きました。
 母の思惑通り私が家に戻って来てくれたらという期待もあっての、あの振舞いで。

 辺境伯相手に恐ろしかったでしょうに。
 今となっては、よく頑張りましたね、とそう思います。努力の方向性はともかく。

 その後、念願叶い父からの呼び出しを受けて、すべてを話して。
 大事にしてくれていると信じていた母親のあの様子を見ているのは辛かったそうですが、終わった後にはとてもすっきりしてしまったのだとか。

 
 そして私は、弟たちとこうして話すようになって、息子たちに重なる部分をよく見付けるようになりました。

 そうすると、反省や後悔が押し寄せても来ます。

 もっと早くに弟や妹を構えていたら、母の代わりにお世話を出来ていたら、何か違っていたのではないか。
 姉として弟や妹を連れて家を出るべきだったのでは?
 侯爵家の長女として、父に会えるよう、話をするよう、もっと働き掛けることも出来たのでは。

 そうやって後悔と共に私が落ち込みますと。
 当時の私に出来もしないことで悩んでも仕方がないと、旦那さまは仰います。

 確かに当時の私には、どれも出来ないことでした。
 親がどういう人たちだったかを知って、また子育てをしている私だからこそ、思えることばかり。

 ですから私は、これからがもっと良くなるようにと、この子たちのためにも頑張りたいと思っています。

 このように簡単に開き直る姉ですからね。
 私はあの人が言っていたようにやっぱり冷たいのかも?


 そうです、子育てと言えば……。


しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

【完結】裏切ったあなたを許さない

紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。 そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。 それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。 そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

契約婚なのだから契約を守るべきでしたわ、旦那様。

よもぎ
恋愛
白い結婚を三年間。その他いくつかの決まり事。アンネリーナはその条件を呑み、三年を過ごした。そうして結婚が終わるその日になって三年振りに会った戸籍上の夫に離縁を切り出されたアンネリーナは言う。追加の慰謝料を頂きます――

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

処理中です...