上 下
20 / 56

書類

しおりを挟む
 あの、旦那さま。
 これでは旦那さまの素敵なお顔も見えないのですが……。

 まぁ旦那さまのお顔が見えました。
 また可愛らしいお耳をされておりますね、旦那さま。
 大好きです。

「……話を戻そう。仮に夫人が君の言った通り何かをしていたとして、結局侯爵は三年の間に対処どころか、気付くことも出来なかった。この事実は揺らがないね?」

 父はもう話す気力がないのかもしれません。
 うなだれたまま、動くことはありませんでした。

「領地からの収入が途絶えてやっと気付き、今さらになって娘のせいだと騒ぎ出す。引継ぎがどうのと言っていたが、それだって三年前に確認すべき事案だ。これだけでも、君にこのまま当主を続けさせては危険だと私は考えているが。君は爵位を持つ意味を、その責任を、どのように捉えてきたのだろう?」

「私は──」

 やっと出てきた父の声は、先ほどまであれほどの怒声を上げていた方とは思えないほどに弱弱しいものでした。

「王家に忠誠を誓う身として、大臣の職を承ったからには国政にこの身を投じることこそが我が使命と信じ──」

「あぁ、そういうのはいいよ。他の大臣が聞いたら鼻で笑われるだけだから、君もそれ以上は口にしない方がいい。というか君だって今までは笑う側の人間だったと思うのだけれど?今回の君の凋落振りには、私たちも困惑しているのだよ?」

 大臣をしている姿どころか、いかなるときの父の姿も知らない私は、何の感慨もなく、殿下のお言葉をただ聞いていることしか出来ませんでした。

「一応問うておこうかな。君は一貫して娘のせいだと主張してきたが、具体的に辺境伯夫人がいつどこで何をしたか、それくらいはちゃんと裏を取って調べ上げてあるのだよね?」

 この問いにも父が答えなかったことに、私は今日一番に驚いておりました。

 それはつまり、父は問題のすべてを私のせいにして、それで終わりにしようとしていただけ、ということ。

 もしも陛下や殿下がこれを認める奇跡が起こっていたとしても、その後はどのように対応するつもりだったのかと、私は気になってしまいます。
 罪人を裁いたあとにも領地の問題が解決しなかったら、いよいよ王家から調査が入ることになるでしょう。

 そのとき父は誰のせいにするつもりでいたのか。
 また身内を罪人として裁く?次は誰を?

「夫人が何をしたか、それすら答えられないのかい?」

「すぐに息子を呼んで説明させます」

 弱弱しいその声は、すべてを諦めているようにも聞こえました。

「また息子か。本当に侯爵は当主としての仕事を何もして来なかったのだね。他にここで言いたいことは?」

「……誠に申し訳ございません」

「誰に何の謝罪かな?」

「私が至らぬばかりに、陛下や殿下のお手を煩わせてしまいましたことをお詫びいたしたく」

「そうか。父上、もうよろしいかと」

 組んでいた腕を解かれた陛下は、ぽんっとご自身の膝を両手で叩かれたあと、「私の出番か!」と嬉しそうに仰るのでした。
 そのお姿はまさしくお子さまのようで、場違いにも私はくすりと笑いそうになってしまったのです。
 お隣では殿下がとても冷ややかな瞳で陛下を見ていたこともまた気になりましたけれど。

「ここに侯爵家が出して来た十年分の納税関係の書類を集めさせた。だが実はこれらよりずっといいものを手に入れていてねぇ」

 こう言っては失礼かもしれませんが。
 子どものように得意気に笑われた陛下は、いつの間にか運び込まれていたワゴンの上から、ひときわ分厚い書類を取り出して、私たちに見せびらかすように掲げると、それをひらひらと揺らしたのです。

 父は愕然としておりましたが、そうしたいのは私でした。




しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?

朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!  「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」 王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。 不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。 もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた? 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました

夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、 そなたとサミュエルは離縁をし サミュエルは新しい妃を迎えて 世継ぎを作ることとする。」 陛下が夫に出すという条件を 事前に聞かされた事により わたくしの心は粉々に砕けました。 わたくしを愛していないあなたに対して わたくしが出来ることは〇〇だけです…

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

処理中です...