上 下
1 / 2

1.

しおりを挟む
 早朝、会社へと向かう通勤電車の車内。 

 毎度の事ながら、嫌になるほどに満員御礼の座席前の片隅で、いつものように壁際で倒れない様踏ん張っていたはずだった。

 クラッと急に立ちくらみでもしたように目の前が暗くなったとたん、いきなり景色が変わって思わず倒れそうになる。


「うおっ!?」


 急に謎の浮遊感に包まれたあと、暗くなった景色から急に眩い光に照らされて俺は思わず目を伏せた。

 しばらくして光が治まり視界が安定したのを感じた俺は、キョロキョロと周りを見渡した。


 すると周りには同じように慌てふためいている者が10人程はいるようで、それぞれが驚きの声をあげていた。

 その人達は、さっきまで満員電車の中で同じように押し合っていた同士だった。


 各人がひとしきり驚きの声をあげた後、徐々に冷静になって廻りを見わたす。



 なんと、目の前には煌びやかな衣装をつけた、まるで王様や貴族のような人々が並んでいたのだ。

 どうやらここは宮殿の内部のようだ。


「異世界召喚か…」 


 小さくつぶやいた俺はすぐに異世界に召喚されたのだと気が付いた。

 そう、最近あまりにも異世界召喚された話が多すぎたため、混乱するよりも前にすぐに現状に納得してしまったのだ。

 なぜなら小説やアニメを見まくり、自分でもヘタなラノベを書いているほど、只野 平治ただの へいじには自分の置かれた状況が恐ろしい速さで察知できたのだ。

 つまり、


「ああ、ついに俺の番が来たか……これは集団転移タイプだな」


 と、慌てふためいている10人をみて、逆に冷静になった自分がそこにはいた。


 するとふいに。


「ステータス、オープン!」


 と若い男の声が聞こえた。

 さらに、玉座に座る王様が口を開くよりも前に、次々と三人ほどが追従する。


「ステータス、オープン!」


 まるで当然のように叫んでいるので、おそらく皆も同じ思いだったのだろう。


 もちろんその三人のうちの一人は俺だったが……。


 こういうのは先手必勝、いかに状況を素早く把握するかが最も大切なのだ。


 しかし、その言葉と同時に目の前に現れたウインドウ表示を見て、俺は目を大きく見開いた。

 光り輝くステータスの職業欄には、勇者でも賢者でもなく、ましてや魔法使いでさえなく、無慈悲にも、兵士、と書いてあるのだ。


「へ、兵士かよ……」


 しかもご丁寧にも(一兵卒)いっぺいそつとなっていた。


 ふいにサッーと頭の中から一気に血の気が引くのを感じた。


「こ、こりゃぁやべぇ…」


 俺は目の前が暗くなり思わずガックリと肩を落とした。

 ああ、これはあれだ。


 これ絶対ダメな奴だ。


 俺……絶対ひいちゃ駄目な奴ひいちゃったよ。


 俺はこの世界でのハードモードを確信した。

 なぜなら他の三人の声は喜びに弾んだ声をしていたからだ。


「おっ俺、聖騎士だぜ!」

「ふむ。魔導師か、まぁ悪くはないだろう」

「重騎士かぁ、まぁ俺確かにタンク向きだしなぁ」


 などと満足そうに言っているのでなおさらだった。

 しばらくして混乱が収まったのを確認した王様が、いよいよ口を開いて威厳のあるよく響く声をあげた。


「我がアリシアン王国へよくぞ参られた! 異世界の者たちよ、余はこの国の王である!」


 そう言った王の顔は満足そうに笑みを浮かべている。 

 やはりこの王様が俺達を召喚したらしい。

 その後、どこかで聞いたことのあるような話、つまり、この国を救ってくれだの、召還されたものはすごい力を得てやってくるので優遇するなどと、この国の軍務大臣とやらが詳しく丁寧に説明しているさなか、俺は自分の身の安全をどうやって確保するかに頭の中をフル回転でシュミレートしていた。

 あらかたの説明が終わった後、次々と、召喚された人々の職業が確認されていく。

 

 そして、ついに俺の番がやって来た。


「なんと! タダノ殿の職業は兵士であるか……しかも一兵卒とは、うーむ」


 俺の職業を確認した軍務大臣が明らかに落胆の声をあげた。

 明らかにありふれた職業を持った俺に、困ったような顔をしながら、腕を組む。

 えぇ、それはそれはお困りでしょう。

 なんせ、せっかく召喚したのに、他の人の職業に比べて、段違いにショボいのだ。

 それも、何処で聞いたことのある話のように、実際は希少価値のある錬金術師などの特殊職業のくせに、ありふれた職業だ、と言って文句を言っているわけではない。

 本当にありふれているのだ。

 そう、なんならこの城の周りにも山ほど同業者がいるだろう。

 もちろん職業に貴賎はない、と言うのが現代社会における理想ではあるが、ここは現代でもなければ古代でもない。

 今はそんな事を言っている場合ではないのだ。


 なので何か言われる前にこちらから先に提案した。


「ですよね、どうも私はあまりお役に立てないようですので、しばらく生活できる資金を頂ければ後は何とか生きていきます。私の事はお気になさらずに」


 とヘコヘコしながら申し訳なさそうに言うと、俺の言葉にほっとしたのか、軍務大臣はうなずいて。


「そうか。ではタダノ殿には兵士の装備を一式と当座の資金を用意するようにしよう。ヘインズ、後は頼む」


 と部下に言って興味なさげに立ち去った。


 ああ、俺の処分は無事に終わったのだ。

 俺はふぅーっと息を吐いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺の娘、チョロインじゃん!

ちゃんこ
ファンタジー
俺、そこそこイケてる男爵(32) 可愛い俺の娘はヒロイン……あれ? 乙女ゲーム? 悪役令嬢? ざまぁ? 何、この情報……? 男爵令嬢が王太子と婚約なんて、あり得なくね?  アホな俺の娘が高位貴族令息たちと仲良しこよしなんて、あり得なくね? ざまぁされること必至じゃね? でも、学園入学は来年だ。まだ間に合う。そうだ、隣国に移住しよう……問題ないな、うん! 「おのれぇぇ! 公爵令嬢たる我が娘を断罪するとは! 許さぬぞーっ!」 余裕ぶっこいてたら、おヒゲが素敵な公爵(41)が突進してきた! え? え? 公爵もゲーム情報キャッチしたの? ぎゃぁぁぁ! 【ヒロインの父親】vs.【悪役令嬢の父親】の戦いが始まる?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日
ファンタジー
ーー時は魔物時代。 魔王を頂点とする闇の群勢が世界中に蔓延る中、勇者という職業は人々にとって希望の光だった。 そんな勇者の一人であるシンは、逃れ行き着いた村で村人たちに魔物を差し向けた勇者だと勘違いされてしまい、滞在中の兵団によってシーラ王国へ送られてしまった。 「勇者、シン。あなたには魔王の城に眠る秘宝、それを盗み出して来て欲しいのです」 唐突にアリス王女に突きつけられたのは、自分のようなランクの勇者に与えられる任務ではなかった。レベル50台の魔物をようやく倒せる勇者にとって、レベル100台がいる魔王の城は未知の領域。 「ーー王女が頼む、その任務。俺が引き受ける」 シンの持つスキルが頼りだと言うアリス王女。快く引き受けたわけではなかったが、シンはアリス王女の頼みを引き受けることになり、魔王の城へ旅立つ。 これは魔物が世界に溢れる時代、シーラ王国の姫に頼まれたのをきっかけに魔王の城を目指す勇者の物語。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

処理中です...