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4章 凱旋と旅
5話 チッキーナ男爵領
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チッキーナ男爵領では復興のためそこらじゅうで兵士や冒険者だけではなく、動ける者はすべて負傷した者達の治療や探索に狩りだされていた。
なかでも高位の治療魔法が使えるアリエールは、先頭に立って治療を続けた。
「領域限定回復呪文大!」
アリエールからまばゆい光が放たれて重傷を負った人々がどんどん回復していく。
「ああ、女神様」
「ありがとうございます」
白く美しいハイエルフの少女が、白く気高い女神の衣装で、白い杖を振りかざし、怪我人を次々と治療する。
その姿にすべての者が涙を流し、感謝し賛美し敬った。
集められた重傷な者から順に治療呪文をかけていく。魔石の補助を使用しながらとはいえ高レベルの呪文を連発するアリエールを見て俺は彼女が心配になる。
「大丈夫かアリエール」
「流石に大丈夫とは言えないわね、でももう少し、もう少しは頑張れるわ」
明かに顔色は良くないが、瀕死の状態な人ばかりなのだ。運ばれてくる人がそこにいるならダメとは言っていられないのだろう。
普段はきつい事も平気で言うアリエールだが、中身も本当に優しい女神なのだ。
「頼むから無理だけはするなよ」
「ええ、大丈夫」
それから数回呪文を使ったアリエールは、重傷を負った人々をついに治療し終えたのだ。
「もう、だめ」
フラフラになった女神がニコッと微笑んで俺にもたれかかる。
「よく頑張ったなアリエール」
何度目かの魔力回復ポーションを飲ませたあとは、その場に出したベッドに寝かせる。
横になると深い呼吸になり、すぐにアリエールは眠りについた。
完全に魔力切れなのだ。ゆっくり寝ていれれば回復するだろう。
俺は【絶対領域】にベッドごとアリエールを入れると小さくして休ませた。
しばらくすると急編成した兵達と共に忙しく動き回っていたタンドリーが戻ってきた。兵士達にテキパキ指示を出すと俺と合流してチッキーナの館へ入った。
領主の館はたいした損害も無く無事だったようだが、中の人々はまだ混乱が続いているようだ。
皆バタバタと走り回っていた。
タンドリーと紹介された弟と共に居間に行く。
正面にタンドリーと弟テリヤスが座り、対面に俺が座る。執事達も忙しくしているため三人しかこの場にはいない。
「ケルビン殿。この度は我が領地チッキーナの町を救っていただき真にありがとうございました。タンドリー・チッキーナ、このご恩は一生忘れません」
「ありがとうございました」
タンドリーが深々と頭を下げた。隣の弟も同じように頭を下げた。
「ああ、何とかなって良かったな。ところで領主はどこいったんだ」
忙しいとはいえ普通は領主が挨拶すべきだろう。何気なく言ってみると二人が目線が下を向いた。
うん? まさか……。
「実は……」
タンドリーが語りだす。
実は領主である父マルヤーと跡継ぎの嫡男ペッパー、次男アラビーンは今回の襲撃ですでに戦死していた。
三男のタンドリー二十歳と四男テリヤス十五歳しかチッキーナ家には残っていないらしい。嫁いだ姉と別に妹はいるそうだが跡継ぎはタンドリーになるのだろう。
「そうか……。それは残念だったな。じゃあこの後はタンドリーが家を継ぐことになるのか」
「残念ながらそうなるのだろうね。まさか父上まで出陣されてるとは思わなかったよ。もう実質引退して兄上に任せていたんだけど……こんな事になるとはね」
貴族である以上は強くなくてはならない。民を守れずして領主とはいえないからだ。死んだとはいえ皆魔法が使えたり攻撃スキルがあったりと普段なら十分な戦力を持っていたそうだ。ただ今回は相手が悪かった。
領都を襲ったヘルガルーダはA+ランクの魔物だそうだ。A+の魔物を相手にするならば王都並みの戦力でなければ撃退は難しいだろう。
魔石は割れてしまったが合わせると人の上半身位の大きさがある。
魔石は集められて俺が小さくして所有している。割れてしまったので価値は下がるが、少なくとも1000万ドロル位にはなるだろう。
俺はその魔石を机に取り出した。
「タンドリー、この魔石はお前が使ってくれ」
すると驚いたようにタンドリーが俺を見て否定する。
「いや、ケルビン殿、それは不味い。討伐のお礼も出来ないのに魔石まで貰ったら私は……ケルビン殿に返せるものが何もないのだ」
お金が払えないのだろう。
領地がこの状況では、まず復興が第一だ。そうなればますます金が必要になる。俺に金銭を渡す余裕は無いはずだ。せめて討伐した魔物の魔石くらいは俺に貰って欲しい所だろう。
だが、当主も跡取りも死んだのだ。町は破壊され兵も民も多く死傷した。魔石を売れば資金が出来るのだ。
俺は金に困っていない。金をあげてもいい位だが、流石にそれはどうかと思う。
しかしここで取れた魔石なら、あげても問題ないだろう。
「ではタンドリー、今回の騒動、王都へはどう報告するつもりだ」
「えっ……そっそれは……」
タンドリーが息を呑む。
「もし<俺に王都の命令だと偽って連れ出したこと>を素直に報告したら不味いんじゃないのか」
「それは……そうだが」
「だが、あくまでタンドリーの友人である俺が、勝手に着いてったと言う話なら、別に報告しなくても問題は無いわけだろう?」
わざわざ事件にする必要もない。どうせ俺が文句を言わなければ王都も問題にはしないだろう。俺はタンドリーを助けたいのだ。
「この魔石もそうだろう。ここで取れた魔石をここに置いていっても問題ない。売って復興資金にしてくれ。領主は民を助けないとな」
「ケルビン……どの……ありがとう」
下を向いたタンドリーの目から、溢れるように涙が零れ落ちた。
なかでも高位の治療魔法が使えるアリエールは、先頭に立って治療を続けた。
「領域限定回復呪文大!」
アリエールからまばゆい光が放たれて重傷を負った人々がどんどん回復していく。
「ああ、女神様」
「ありがとうございます」
白く美しいハイエルフの少女が、白く気高い女神の衣装で、白い杖を振りかざし、怪我人を次々と治療する。
その姿にすべての者が涙を流し、感謝し賛美し敬った。
集められた重傷な者から順に治療呪文をかけていく。魔石の補助を使用しながらとはいえ高レベルの呪文を連発するアリエールを見て俺は彼女が心配になる。
「大丈夫かアリエール」
「流石に大丈夫とは言えないわね、でももう少し、もう少しは頑張れるわ」
明かに顔色は良くないが、瀕死の状態な人ばかりなのだ。運ばれてくる人がそこにいるならダメとは言っていられないのだろう。
普段はきつい事も平気で言うアリエールだが、中身も本当に優しい女神なのだ。
「頼むから無理だけはするなよ」
「ええ、大丈夫」
それから数回呪文を使ったアリエールは、重傷を負った人々をついに治療し終えたのだ。
「もう、だめ」
フラフラになった女神がニコッと微笑んで俺にもたれかかる。
「よく頑張ったなアリエール」
何度目かの魔力回復ポーションを飲ませたあとは、その場に出したベッドに寝かせる。
横になると深い呼吸になり、すぐにアリエールは眠りについた。
完全に魔力切れなのだ。ゆっくり寝ていれれば回復するだろう。
俺は【絶対領域】にベッドごとアリエールを入れると小さくして休ませた。
しばらくすると急編成した兵達と共に忙しく動き回っていたタンドリーが戻ってきた。兵士達にテキパキ指示を出すと俺と合流してチッキーナの館へ入った。
領主の館はたいした損害も無く無事だったようだが、中の人々はまだ混乱が続いているようだ。
皆バタバタと走り回っていた。
タンドリーと紹介された弟と共に居間に行く。
正面にタンドリーと弟テリヤスが座り、対面に俺が座る。執事達も忙しくしているため三人しかこの場にはいない。
「ケルビン殿。この度は我が領地チッキーナの町を救っていただき真にありがとうございました。タンドリー・チッキーナ、このご恩は一生忘れません」
「ありがとうございました」
タンドリーが深々と頭を下げた。隣の弟も同じように頭を下げた。
「ああ、何とかなって良かったな。ところで領主はどこいったんだ」
忙しいとはいえ普通は領主が挨拶すべきだろう。何気なく言ってみると二人が目線が下を向いた。
うん? まさか……。
「実は……」
タンドリーが語りだす。
実は領主である父マルヤーと跡継ぎの嫡男ペッパー、次男アラビーンは今回の襲撃ですでに戦死していた。
三男のタンドリー二十歳と四男テリヤス十五歳しかチッキーナ家には残っていないらしい。嫁いだ姉と別に妹はいるそうだが跡継ぎはタンドリーになるのだろう。
「そうか……。それは残念だったな。じゃあこの後はタンドリーが家を継ぐことになるのか」
「残念ながらそうなるのだろうね。まさか父上まで出陣されてるとは思わなかったよ。もう実質引退して兄上に任せていたんだけど……こんな事になるとはね」
貴族である以上は強くなくてはならない。民を守れずして領主とはいえないからだ。死んだとはいえ皆魔法が使えたり攻撃スキルがあったりと普段なら十分な戦力を持っていたそうだ。ただ今回は相手が悪かった。
領都を襲ったヘルガルーダはA+ランクの魔物だそうだ。A+の魔物を相手にするならば王都並みの戦力でなければ撃退は難しいだろう。
魔石は割れてしまったが合わせると人の上半身位の大きさがある。
魔石は集められて俺が小さくして所有している。割れてしまったので価値は下がるが、少なくとも1000万ドロル位にはなるだろう。
俺はその魔石を机に取り出した。
「タンドリー、この魔石はお前が使ってくれ」
すると驚いたようにタンドリーが俺を見て否定する。
「いや、ケルビン殿、それは不味い。討伐のお礼も出来ないのに魔石まで貰ったら私は……ケルビン殿に返せるものが何もないのだ」
お金が払えないのだろう。
領地がこの状況では、まず復興が第一だ。そうなればますます金が必要になる。俺に金銭を渡す余裕は無いはずだ。せめて討伐した魔物の魔石くらいは俺に貰って欲しい所だろう。
だが、当主も跡取りも死んだのだ。町は破壊され兵も民も多く死傷した。魔石を売れば資金が出来るのだ。
俺は金に困っていない。金をあげてもいい位だが、流石にそれはどうかと思う。
しかしここで取れた魔石なら、あげても問題ないだろう。
「ではタンドリー、今回の騒動、王都へはどう報告するつもりだ」
「えっ……そっそれは……」
タンドリーが息を呑む。
「もし<俺に王都の命令だと偽って連れ出したこと>を素直に報告したら不味いんじゃないのか」
「それは……そうだが」
「だが、あくまでタンドリーの友人である俺が、勝手に着いてったと言う話なら、別に報告しなくても問題は無いわけだろう?」
わざわざ事件にする必要もない。どうせ俺が文句を言わなければ王都も問題にはしないだろう。俺はタンドリーを助けたいのだ。
「この魔石もそうだろう。ここで取れた魔石をここに置いていっても問題ない。売って復興資金にしてくれ。領主は民を助けないとな」
「ケルビン……どの……ありがとう」
下を向いたタンドリーの目から、溢れるように涙が零れ落ちた。
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