かりそめ夢ガタリ

鳴烏

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最終話

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 空は青く晴れ渡っている。
 屋内だけでなく、屋外も寒くない。暑くもない。過ごしやすい気温だ。

(要るモノは揃った…かな)

 …ジュイは1人、商店街を訪れていた。
 珍しく研究所の外でランチタイムを過ごしていた、等ではない。
 今晩、徹夜で仕事を続ける予定になっている同僚達──今この時も忙しさに頭を抱えている同僚達──に頼まれ。即席食品や栄養ドリンクを買いに来ていたのだ。
 要するに、暇そうだからとパシりにされているのである。

(まぁ、いいんだけど)

 面倒だとは思ったが、不快感は特に無い。
 互いに最低限の交流以上を望んでいない同僚達とは言え。こういう時は持ちつ持たれつ。そういう物だ。

 …それに、そう。数日後には4月になる。
 4月になれば、ジュイの暇な期間──新しい研究対象を探す期間──も終わる。
 何の研究を始めるか、どんな発明に挑戦するか…この1年、特に考えては居なかったが。ふと思い付いて、携帯電話の新機能を開発してみようかと考えている。
 『電話』ではなく、文字で相手と遣り取り出来る機能か。
 過去に放送された娯楽番組を、携帯電話で見返せる機能か。
 服飾店に直接行かなくても、自分の写真を用いて試着が出来たり、そのまま携帯電話で商品購入も出来たりする機能か。
 いずれかを形にしたい。…ちなみに全て自分が欲しいと思った、自分のための機能だ。

(4月、かー…)

 のろのろと歩を進めながら、ぼんやり考える。
 4月。新年度の始まり。──新しいタレント冒険者達が、自己紹介の回を撮影するであろう日も近い。

(興味が湧かなくても、流し見くらいはしようかな…。今後、娯楽番組…)

 作る側の苦労や努力を少しだけ知った故か、それとも作っているスタッフ達の顔を知った故か。
 ジュイはそんな風に思った。
 いつか、何かしら…娯楽番組の制作に役立つ物も、考えるなり作るなり、してみたい。

「……?」

 そうして、考え事をしつつ喧騒の中を進んでいると。視線の先、大体5メートル程前方に知っている顔を見つけた。
 条件反射で足が止まる。意味も無く──これもほぼ条件反射で──じっと見つめてしまう。

「!」

 割りと直ぐ、知っている顔…2人の内1人がこちらに気付いた。
 直後。その1人がもう1人に声を掛ける。
 周囲の声に掻き消され、遣り取りの内容は全く聞こえないが…少し離れてもいいかと断りを入れているのだろう。

「こんにちは、ジュイ!」

 そして、こちらに気付いた1人…ことロウセンが、大体5メートルの距離を走って来た。
 ジュイは思わず、目を細め口を一の字にする。

「…こんにちは。…いいの? 彼女、お嬢様と言うか主人と言うか、そういう人…だよね?」

 5メートル離れるくらい、何の問題も無いと分かっているが。
 分かっていてこんな反応をしてしまったのは、心の中のビィズが「こっちを優先するな」などと密かに騒いだ故かもしれない。

「大丈夫。…お嬢様も、自分はもうしばらくココを動けそうにないから行って来てくれた方が気楽だって…言ってくれたから」
「……」

 聞いて、ジュイはロウセンの向こう…5メートル先に居るテナエを見た。
 彼女は少し頬を赤くして、相変わらず鋭い両目で、ショーウィンドウに並ぶ服や靴に真剣な眼差しを送っている。
 ロウセンへの気遣いではなく本当に、もうしばらく移動出来なさそうな彼女は──ビィズと買いに行った、白いフリフリドレスを着ていた。

「…可愛い服着てるね、お嬢様。凄く似合ってるし、いい感じ」

 嬉しくなって、思わずそう零してしまう。
 気分を害した様子など一切無く。ロウセンも嬉しそうに、へにゃりと笑った。

「少し前から、オシャレするのが好きになったみたいで。…ジュイと一緒だ」
「…俺がやってるコトはまだ全然、オシャレって言えるようなコトじゃないけどね…」

 朝、これまでより少しだけ身だしなみを整えてから出勤する事にした。
 夕方、研究所を出る直前にトイレ──化粧室──で、可能な限り身だしなみを整え直してから『波間の月影』に行くようになった。
 夜、これまでより少しだけ風呂の時間が長くなった。
 …今の所は、そのくらいだ。

「うん。…っふふ。少しずつ頑張ってるんだもんな」
「…そう。ホントにマジで間違いなく少しずつ・ちょっとずつ、努力してるだけですー…」

 実際、ジュイの外見の変化──僅かに『ちゃんとしている』事──に気付いたのは、ロウセンとカノハだけだ。
 頑張り始める日を迎えて以降のジュイの頑張りは、まだその程度なのである。
 しかし、それでも。その程度…でも。ジュイにとっては大きな1歩で、頑張る事を楽しいと思えている。

「……ところでさ」

 己の話を続けられるのが気恥ずかしくて、ジュイは分かり易く話を逸らす事にした。
 話題変更の阻止、等は考えていないらしい。ロウセンも「ん?」と首を傾げてくれている。

「ロウセンが頑張る予定の相手、は…あの彼女?」
「ぅえっ!?」

 妙な鳴き方をする鳥か何かのような声を出し、ロウセンが大きく1度、全身を跳ねさせた。
 大勢の話し声が飛び交っている上、テナエ本人がショーウィンドウに集中していると言う…明確に『絶対、大丈夫』な状況であるにも関わらず。
 彼は素早くテナエの方を振り返る。自分達の話し声が彼女に聞こえていないか確かめている。
 そして直ぐ──大丈夫だと確信したのか──こちらに向き直り、

「そ…………そう、です。…うん…」

 と答えた。

「そっか」

 ジュイはただ笑ってしまった。
 可笑しかったのか、嬉しかったのか、楽しくなったのか。自分でも分からないが…おそらく、その全てだ。

「4月の頭に『娘さんを下さい!』って、やりに行くんだったよね。…もう直ぐでしょ? 絶対に成功させてよ」
「うん…。成功させたいと言うか、成功させるーって気持ちで臨む…!」

 ジュイはにこにこと笑い、ロウセンは真剣な表情で何度も頷き。
 ほんの数秒、どちらも声を発していない間が空き……不意に。

「…………そうだ」

 ロウセンがポツリと言って、真っ直ぐジュイを見つめて来た。
 分かり易い話題変更の合図だろうか。今度はジュイが「なに?」と首を傾げて見せる。

「言わないでおこうか、とも…すっごく迷ったんだけどさ。でも、やっぱり…お礼を言っておきたくて」
「お礼?」
「うん、お礼。…ジュイに、と言うか…。ジュイと、『彼女』に」
「…?」

 傾げた首を正せないまま、自然と眉を顰めてしまう。話が見えない、と表情で語ってしまう。
 そんなジュイに、ロウセンはいつもの…力の抜けた笑顔を向ける。

「いつ頃からだったか、不思議に思ってて。秋くらいかな、その辺には…もう、ほとんど確信してたんだ」
「…なにを?」
「ジュイ、色々奮闘してくれてるのかなーって」
「奮闘…?」
「恋敵が居れば何か変わるかも、とか…。友達として助言や激励してやろう、とか…色々。…お爺さんとも話してくれたって、聞いた」
「……」
「僕が、挑みもせず諦めてる不甲斐ない男だって…ドコかで知って。それで、あの姿を作って色々…応援してくれてたのかな。…って」

 幼馴染の、こちらまで脱力しそうな微笑みを見つめながら。
 …流石にジュイも、彼が何を言っているのか、言わんとしているのか、分かって来た。
 つまり。…つまりだ。

「慣れない格好で、慣れないコトしてまで…橋渡し的な役割を、やってくれてた。…でしょ…?」
「そ、れ……それ…は……」
「…テナエお嬢様とも凄く仲良くしてくれて、沢山喜ばせてくれてさ」
「………………」

 どう、答えるべきか。ジュイは焦った。
 何せ──途中で変わったとは言え──彼女の、ビィズの誕生理由は『女性を騙ってロウセンを落とす事』だったのだ。『ロウセンとテナエの橋渡し』などでは決して、なかった。
 ビィズは、ジュイがジュイの欲を満たすために生み出した、ジュイのためだけの存在だったのである。
 それが真実だ。友人には真実を伝え、誠意を見せるべきだ。……が。

(で、でも……)

 …しかし。

「ありがとう」

 今、目の前にある幼馴染の笑顔と。5メートル先で、真剣にオシャレを楽しもうとしている彼女。
 それらを見ていて、ジュイはじんわり答を決めた。否。決めさせられた。

「────はぁぁ…」

 思い切り、大きく溜め息を吐き。
 ロウセンの唱える説を否定もせず、ロウセンからの礼を拒否もせず。

「…そうだよ、もう…」

 全て『正解』という事にした。
 本当の事を話しロウセンに謝った所で、誰も嬉しくないと思ったのだ。ロウセンも、テナエも、そしてビィズも。嬉しくない。
 強いて言えば、ジュイが。小さな罪悪感を抱かなくて済む。…それだけだ。
 ならば──真実とは全く違ってしまうが。
 ロウセンとテナエ…『2人にとってのビィズ』は、黒い所など無い綺麗なだけの存在であってもいいだろう。
 その方が、そういう夢を見ているままの方が、2人は幸せなはずだ。
 …そのために嘘を吐くくらい。自分は凄く頑張ってやったんだと見栄を張るくらい。許される。…少なくとも、ジュイ自身は自分を許してやれると思う。

「て言うか、どうしてバレたかな…恥ずかしい…」

 どこへ向けた物でもない愚痴を零す。
 そして、零すと同時に…耳に入った己の声が──『どうして』が、思いの外。心に引っかかった。
 …ロウセンが得られたであろう情報だけで、ジュイとビィズが同一人物だと気付けるだろうか。
 そう確信出来る程、彼はビィズを観察していただろうか。そんなに、十分な機会や時間はあっただろうか。

「……」

 考えてみても分からない。いや、考えても意味が無い。
 実際に気付かれたのだから『どうして』の答など、最早どうでもいい。特に問題も無い。…本当に、やや恥ずかしいだけだ。

「とにかく。…奮闘して、お膳立てしてやった俺…いや。むしろ、ビィズのためにも」

 再び息を吐き、眼鏡の下から軽くロウセンを睨む。
 ジュイが『認めた』故か。彼はますます、にこにこと。へにゃへにゃと。笑っている。

「まずロウセンが幸せになって、彼女も幸せにしなよ」

 半分以上ヤケクソで、吐き捨てるようにそう言うと。
 へにゃへにゃ笑顔だったロウセンが表情を無くし、その上でぱちぱちと2度瞬きをした。
 そして彼は直ぐ…一瞬だけ猫目を伏せた後。──物凄く見覚えのある──不敵な笑みを浮かべ、言ったのだ。

「……全身全霊をかけて」

 瞬間、ジュイは全てを悟り。つい先刻の疑問が綺麗に氷解した。
 驚きと、納得と、すっきりした感覚と、呆れと。色々な物が渦を巻き、ごちゃ混ぜになってはいるが…何故か悪くないと思える心境になり。
 ジュイの口は「何ソレ」と呟いた後、3度目の溜め息を吐いたのだった。


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