かりそめ夢ガタリ

鳴烏

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4話

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 コクトの隠れファンになってから。ビィズ──でいる間のジュイ──は彼に声をかけてみる回数を増やしていた。
 湧き出て当然の「気になる」を抑えられなかったのだ。仕方のない事だろう。

「レンゲル様はアタシみたいなタイプと違うのがタイプらしーけど~。コクトくんは好きなタイプってどんな感じー?」
「そんな事、キミに教えたり話したりする義理も義務もつもりもねぇーですよね、ボクには」

 …相変わらずだった。
 あれから半月、何度かあった撮影の日、顔を合わせる度に、ビィズは適当な世間話を振ってみたが。コクトは相変わらずだった。
 今までと、あの時。どちらがコクトの『素』だったかとなると……やはりこの、相変わらずなコクトの方なのだろう。

「ところで。スタッフさん方から、キミが忠臣家の人に猛アタックしてるらしいとか聞かされたんですけど」
「そーよ? もう絶対に運命の相手だもの、グイグイ行くに決まってるじゃない」
「相手の仕事の邪魔だとか、迷惑だとか、考えないんですか? 相手のために我慢するって選択、無いんです?」
「……我慢なんかしたってツラいだけよ。他の人に取られたり、駄目になっちゃう前にグイグイ行くのよ、アタシは!」
「相手の仕事の邪魔とか、迷惑とかは?」
「ア、アタシには! アタシの明るい未来が1番大事なの!」
「っはは。マージでクソ回路ですね、その思考」

 相変わらず。…なのだが。
 数ヶ月経って、コクトの中でのビィズは『雑に扱って良い相手』と判断され出したのか。
 冷たさや刺々しさや適当さが、微妙に増した気がする。嫌味や皮肉の量と鋭さも増した……気がする。

(腹立つ…!!)

 と。笑顔の裏でこう零してしまいつつ。やはりビィズは、コクトに対して『嫌い』とは思えなかった。
 ジュイが彼の隠れファンになったから、というもの勿論だが。それ以前から、最初から、ずっと在った「何故か嫌いになれない」という印象は変わらないままである。
 その『何故か』も、あの時のコクトが『何故』ジュイに優しかったかも。結局、答は分からない。
 コクト・カプシカムは、ジュイ──とビィズ──にとって、『何故』の多い不思議な相手。モヤモヤする相手だ。…隠れファンには、なってしまっているが。

 一方、レンゲル・ネファーデーはどんどん親しみやすい相手になっていっている。

「そう言えば昨日ねー。道端で気持ち悪いイモ虫見かけたの!」
「…ほう? 気持ち悪いイモ虫か」

 彼はコクトと違い、ビィズがどんな話──大体がどうでもいい世間話──を振っても応えてくれる。
 しかも。

「どのように気持ち悪いのかね? 色・大きさ・動き方…」
「その中だったら色ねー。レンゲル様の全身の色より派手な、眩しい黄色と青と紫と緑の。気持ち悪いヤツ」
「そんな色のイモ虫が!? 新種の魔物…? 神都に悪影響…もしくは、珍しい魔法薬の材料か…!? 調べてみる価値はあるかもしれんな…!!」

 …このように。ただ応えるだけでなく、本気で興味を持って応えてくれる。
 更に。基本的に──偉そうな、が前に付きはするが──笑顔で、愚痴・弱音・不満は口にしない。

「今度の撮影、神都クイズ大会だっけ? 事前に神都について勉強しなきゃダメじゃない、面倒~…」

 などと、ビィズがぼやいていた時も。レンゲルは不敵な笑みを浮かべて鼻を鳴らしていた。

「否、ビィズ嬢。勉強などせず、どんな問いに対しても直感頼りの面白解答をするという手もあるぞ。そういう役回りを請け負う者も必要ではないか?」
「えー!? アタシ、そんな笑われる役やるの嫌よ! アタシはそこそこ勉強するから、レンゲル様がソレやってよね!」
「……言い出した者の責任か。ふふふ。良かろう、我は道化役であろうと全身全霊をかけて挑んでやるぞ!」

 この遣り取りの後に行われたクイズ大会は、道化・レンゲルのお陰で楽しかった。
 そしてついでに、ビィズとコクトがお互いにケチを付ける会話をしている時も。

「仲良くしたまえ! 我々は手を取り合うべき仲間! 3人だけの、タレント冒険者同士……そうだ! 双方に我とももっと仲良くする権利をくれてやっても良いぞ!!」

 仲裁なのかボケなのか分からない事を言いながら、空気が真剣に悪くなる前に乱入して来てくれる。
 加えて先日の一件のように。ゴロツキやチンピラと呼んでも良い冒険者相手には毅然と立ち向かえる。
 …等々。様々な点が自分には本気で真似出来ないな、と。ジュイはレンゲルに、軽く尊敬の念すら抱いていた。

 そして、ふと。
 コクトともレンゲルともスタッフ達とも、いつの間にか。意識的な演技をせずとも喋れるようになっている、と感じた瞬間などに。

(ホントに大分、慣れたんだなぁ…)

 改めてそう思うのだ。
 …大分、ですらない。もう完全に慣れたと言ってもいいだろう。

 自分ではない人物としてタレント冒険者の仕事をし、勿論自分としての生活もする。そんな毎日を僅か3ヶ月半で日常に出来るとは。ジュイ自身も驚いている。
 思っていたより自分の順応性は高かったのか。それとも、明確な目標がある故に慣れる事すらも頑張れたのか。正確な理由は何でもいい。
 『ビィズとして過ごす事、ビィズとして人と関わる事…まずこれらに慣れる』という課題を片付けられたのは、喜ばしい事なのだ。

(ここからは最終目的を果たす、てのに集中出来るって話だからね)

 すなわち、ロウセンを落とす事に集中出来る。ベタベタしまくる事に本腰を入れられる。
 そうすると必然的に、ジュイが得をする機会が増える。明日が楽しみだと思える機会も増える。
 …ジュイとビィズが望む『明るい未来』は、「そうだ」と判断するだけで1秒後からでもやって来てくれるのだ。





 悠々と浮かぶ、白い雲の下。他の色も勿論あるが、白い屋敷が最も多く並ぶ住宅街…神都の第2区。
 いつもより早めに終わった撮影の後、ビィズは白い日傘を差してこの場所を歩いていた。

(あー……あーっつい…)

 傘で太陽光を遮っているとは言え、感じる暑さに大した差は生じない。
 心中で文句を垂れ流しつつ、それでも表面では涼しい微笑みを保って、歩を進める。
 目的地は当然、ルナクォーツの屋敷だ。

 己の靴が石畳を叩く。
 視界の左右には大きな屋敷。それぞれの庭で、噴水の水、小さな池の水、水遣りをされたばかりらしい花に付いた雫、それらがキラキラ光っている。
 感じる暑さは変わらない。心中の文句も減りはしない。
 しかし、第2区の美しさがほんの少し怠さを軽くしてくれるのだろう。石畳を叩く靴の音も、目的地に着くまでずっと軽かった。





「ロウセンくんっ! こんにちはぁ~っ!」
「…えぁ!? …あ。こ、こんにちは、ビィズさん…」
「また来ちゃったぁ~! んっふふ!」

 ルナクォーツの屋敷に到着して直ぐ、ロウセンは居た。
 玄関周りを掃除している最中だったらしく、彼の手にはホウキがある。…これは。

「今日は護衛とか使用人のお仕事、お休みなの?」

 そういう事だ。忠臣家の人間が──主人の屋敷ではなく──自宅の掃除をする日など、休日以外有り得ない。ラッキーである。
 と言っても…ロウセンは休日に、魔術の勉強や特訓をして過ごすのが主だと聞いている。魔術の、ではなく使用人としての勉強や特訓をしている場合もあると聞いている。
 ジュイやカノハと違って、休みの無駄遣いはしていない相手なのだ。理解している。長々と居座る気は、ビィズには無かったが。

「じゃあ、今日は1日ずーっと居てもいいかしらっ!?」

 とりあえず、一旦そう言っておく。
 万が一にでも「構わない」と了承されれば、それこそラッキーという物になる。

「あ、えっと……お休み、ではあるんですけど…勉強だとか、やっておきたい事は沢山あって…すみません…」

 …こうして断られても。

「そ…そうよね! ううん、いいの! 分かってるわ! ロウセンくんの頑張り屋な所も素敵だもの、お勉強頑張って!」

 こうして、いじらしく聞き分けの良い素直な女子を演じ、ポイント稼ぎが出来る。どちらに転んでも損をしない一手だ。
 勿論、前者──「構わない」と了承されるパターン──の方が嬉しくはあったが。

「ねぇ、でも少しだけなら時間もらえるかしら?」

 傘を閉じ、すすす…と素早くロウセンに近寄って、上目遣いで問いかけた。
 こういった攻撃を彼に仕掛けるのも何度目になるか、分からないが。ロウセンは毎回、小さく目を見開き頬を染め、視線を彷徨わせる。こういった反応が何度見ても可愛く見える。

「ロウセンくんっ!? 聞いてるのぉ?」
「ひぇっ!? は、はい、聞いてます、よ!?」

 今度はサッと素早くロウセンの腕に絡み付く。…すると彼の全身は思い切り震え、彼の視線は勢い良くこちらに向く。
 しかし、直ぐ「うぅ…」と小さな呻き声が零され、白銀色の猫目は再び明後日の方向を眺め出すのだ。
 そして──絶対にロウセンには見えていないのを良い事に──ビィズは、遠慮も隠しも一切せず、気持ち悪く口を歪めてニヤニヤするのである。

「…………うふふ」
「あの…ビィズさん? それで、えっと…少しだけなら大丈夫ですけど、何かお話…が?」

 しばらく黙ってニヤニヤしていたら、ロウセンが明後日の方向から地面の方へ視線を移動させつつ、口を開いた。
 その視線がこちらをチラリと確認して来る前に、ビィズの顔面は気持ち悪く笑う事を止める。

「そうそう、あのね!」

 相手の腕に絡ませた自分の両腕、傘を持っていない方の手。それらに力を込め、密着状態から更に密着した。
 ビィズが本当の女性なら、ここで『乳』という武器も使えたのだが。ビィズは男──しかも不健康なひょろひょろ痩せぎすな男──だ。そんな武器はどこにも無い。
 だが…ビィズが男だと知らない上、女性に耐性の無いロウセンは恥ずかしそうに、気まずそうに、己が悪い事をしていると思っていそうな顔でソワソワしている。ビィズから離れる隙を探っている。
 そうは行かないと、更に更に密着し。ビィズは花が咲くような満面の笑みを見せた。

「聞いて欲しい話があるの、直ぐに済むわ。今日はね、ソレだけ伝えに来たのよ」

 勿論、1日中ずっと居てもいいと言ってもらえていたら、そうしていたけど。…と付け加え、赤いまま・困ったままなロウセンの顔を覗き込み、返事を待つ。
 ビィズの両目…派手な赤紫色と、おそるおそる視線を合わせ。ロウセンが不安そうに頷いた。応え、頷き返し。

「……あのね」

 ビィズはポツリ、と。切り出した。

 ここに来るまでの道すがら。キラキラ光る景色の中を、軽い足取りで歩いていた間。…考えていたのだ。
 後に退く気は無い、という意思表示を──もう、済ませてしまっても良いのではないか。
 他の誰でもない…自分自身に対する意思表示。

 ビィズが、カノハに拒否され追い出された事も。ジュイがコクトの隠れファンになり、楽しみが少し増えた事も。どちらも、何もかも。
 これまで続けて来た25年を、そのまま続ける理由にはならないのだ。…そんな意思表示を。

「アタシ…。アタシね!!」

 ゆっくりロウセンの腕を解放し。ゆっくり数歩分、彼から距離を取る。
 必然的に視界から外れた彼の方へ向き直れば、白銀色の猫目はきょとんと瞬いていた。ビィズが離れただけで、顔の赤さは大分マシになっている。思わず苦笑が零れる程の、女性耐性の無さだ。
 しかし、その苦笑は直ぐに引っ込め…気を取り直す。言うだけ言った後、即立ち去れるよう「バッ」と日傘を開いた。

「決めたのよ! もぉーう、すごく! 凄く凄く、とてつもなく! 決意したの!」
「は…はい…?」

 俯き、目を伏せ、大きく息を吸い込む。ロウセンは黙って待ってくれている。

「…………」

 太陽が容赦なく照らす中、涼しく気持ち良い風が吹いた。
 神友族や忠臣家の広い庭に植えられた、様々な木が葉を鳴らす。その音に、その風に、背を押してもらえたと思い込み──ビィズは顔を上げた。

「本気で行くって決めたわ! ロウセンくんに本気になったから、これからは今まで以上に!! 本気で落としにかかるからっ!!」

 退路を断ち、前進する速度を増すための。事実上の告白だ。
 だが、ビィズの──ジュイの──胸中に、不安や緊張や恥ずかしさや期待感は無い。この告白の目的は、己を鼓舞する事。それだけだ。少なくとも今は、それ以外は求めない。

「…………え」

 間抜けな1文字がロウセンの口から飛び出した。

「え、ええぇっ!!? で、でも…! 僕は…と言うか、ビィズさん…本気…!?」

 次いで。混乱状態に陥ったと容易に理解出来る数々の言葉が、同じ場所から飛び出して行く。
 得意な風の魔術を使い、己の周囲の気温をいじっている故…夏でも涼しくはなさそうな服を着ているロウセンだが。今は真っ赤な顔をして、少しの汗をかいている。暑そうにしている。

「まっ待って…! だって、でも、ビィズさんは……!? いや、そーじゃなくて、えっと…ぼ、僕は…!!」

 ついにはホウキを放り投げ、あわあわと謎の踊りを踊り出したロウセンに。

「いいのよ、ストップ!! 今はイイお返事がもらえるなんて全っ然思ってないから!」

 ビィズは右手の平を突き付けた。
 その勢いに驚いたのか、落ち着かされたのか、ロウセンの踊りが停止する。焦りと困惑が描かれた赤い顔は、こちらに救済だけを要求して見えた。

「ロウセンくんは、アタシのコト全く好きじゃないとか。…実は他に好きな女の子が居るとか? 困っちゃう理由があるのかもしれないわ」
「……う、うぅ…? はい…」
「でも…例えば、ロウセンくんに恋人が出来ちゃったーみたいな。完全に駄目な状況になりでもしない限り! アタシは諦めないから!」
「は、はい…!?」
「そうよ! 駄目になるより先に、アタシがロウセンくんを振り向かせればいいだけ!!」
「…ほわぁぁ…!?」

 ロウセンに突き付けっ放しだった右手を握り締め。口元を歪め。ビィズはニヤリと笑った。
 そして流れるように身を翻す。太陽からの光と、ロウセンからの疑問符を、全て日傘で弾き返しながら…

「これからは、そのつもりでよろしくねっ!!」

 そう言い残し、振り返らず駆け出した。

 全力疾走など。後に物凄く疲れると分かってはいたが。
 今回得られる疲労は、後悔の無い心地良い物になると……ビィズは確信していた。


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