かりそめ夢ガタリ

鳴烏

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3話

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 テナエ・リュヌガーデン。
 まず、そう名乗った後。彼女はしばらく、ビィズを睨んでいた。
 …常に睨んでいたわけではないが。1人陽気に話をするミーチェバロクの方を向きながらも、盗み見るようにチラチラと。じろりと。ビィズを睨んで来ていた。
 顔に在る、各パーツの形や位置は整っている故。彼女は不細工では全くない──むしろ美人と言える──のだ。
 しかし、その整っている部分に目が行かなくなる程……悪い目ツキが。鋭い目ツキだけが。どうしても印象に残ってしまう。

「…………」

 その鋭い目で、何度も睨まれている内。ビィズの機嫌は自ずと、良くないと言える状態になっていってしまっていた。

「いやはや、長兄様も勿論ですが! テナエ様もまさに神友族といったオーラを感じる方ですなぁ! ルナクォーツさんもお仕事に気合いが入るでしょう」
「えぇ、はい。僕も、その……もっと精進しなくちゃな、と毎日思ってばかりです」

 中年男性と談笑するロウセンを、チラッと見る。柔らかい笑顔に胸をときめかせる。
 そして、ふと。視線を感じて動かした目が、テナエを捉える。ギロッとこちらを睨んでいた彼女が、素早く視線を逸らす。

(何なんだよ…)

 心の中で、ビィズは…否、ジュイは、舌打ちをした。

 テナエの様子を少し観察すると分かるのだ。
 ミーチェバロクの方を、ロウセンの方を、見ている時の彼女は──勿論、目ツキの悪さは変わらないが──力が込められていない目をしている。
 しかし、ビィズの方を見ている時の彼女は、目にも眉間にも力を込め…まさに『睨んでいる』。
 明らかにビィズに対してだけ、敵意がある。何かしら「気に食わない」と思っている顔をしている。

(俺……じゃなくて。アタシが、ロウセンに色目使ってる…と言うか、これから使おうとしてるのに気付いてるとか…?)

 そんな馬鹿な、と否定する。
 確かに今の自分はソワソワしているかもしれないが、初対面の他人に気取られる程、それを表に出してはいないはずだ。
 つまり、ビィズがこの後どうするつもりなのかは関係無く……

(もしかして……この女もロウセンに気があって……)

 他の女性の事は、とにかく手当たり次第に牽制している。…のかもしれない。

「……」

 当然、正解だという確証は無いが。
 テナエの今現在の行動に理由を付けるとしたら、少なくともビィズの頭にはそれ以外は浮かばなかった。

(恋敵…ってコトね…)

 とりあえずは、そう決め付けておく。
 決め付けた上で。ビィズはテナエが再びこちらを睨んで来る瞬間まで、目ツキの悪い彼女の顔を睨み付け続けたのだった。





 今回の、神友族代表・リュヌガーデン家の人間の訪問。メインイベントである、『挨拶』は。

「神都のために1年間の協力、感謝する。何か問題が起これば、こちらからも助力を惜しまない。…よろしくお願いする」
「どーいたしましてぇ~! と言うか、そんな堅苦しくしなくていいですよ~。少なくともアタシは、タレント冒険者楽しいって思ってますからっ!」

 という。短い上に、型にはまった遣り取りの域を出ない物だけで終わった。
 テナエは挨拶の間もずっとビィズを睨んで来たが、ビィズは嫌味な程ににっこりと顔全体で笑って対応しておいた。
 …目ツキの悪い、彼女の瞳。大きくて睫毛が長い自分の瞳。双方の間に火花が散って見えたのは、おそらく自分だけではないだろう。

 そして、メインイベントがあっさり終わった後。テナエはミーチェバロク率いるスタッフ数名に囲まれた。
 娯楽番組の企画の方向性について、撮影させてもらえる場所について、国民達から寄せられた撮影をして欲しい場所について、撮影費用やスタッフの増員について……等々。
 テナエの口からリュヌガーデン家の人間へ、神友族へ、そして国へ、伝えて欲しい相談事が山積みだったらしい。

(これは……)

 この時間は、間違いなくチャンスではないか。
 テナエと、彼女に群がるスタッフ達。ほんの少しその集団から視線を逸らしてみる。すると視界の中央に映るのは、壁際で手持無沙汰になっているロウセンだ。

(今行かなくて、いつ行くんだ…ぐらいの状況だよね)

 小さく頷く。ぐっ、と手を握る。そしてまた、静かに大きく、深呼吸。

 ──こつ。

 1歩足を踏み出して、1歩ロウセンに近付いた。
 この1歩は、ジュイとビィズの。未来を決める作戦の……初めの1歩。この1歩だけは噛み締め、踏み締めてから。
 2歩目以降は必要以上に素早く進み、ビィズは数秒でロウセンの隣まで辿り着いた。

「……?」

 ロウセンが白銀色の目を瞬かせる。眉は下がって、困惑の形になる。当然だろうが、ビィズの行動を不思議に──そして不安に──思っているのだろう。
 しかし怯まず。ビィズはやや腰を曲げ、ロウセンの顔を下から…上目遣いで覗き込んだ。

「お久しぶりね」

 ふふ、と妖艶に──見えるように頑張りながら──微笑んで見せる。

「あ、は、はい…。そうですね、お久しぶり…です…」

 それに対してロウセンは、一瞬顔に浮かぶ困惑の色を深めた後。その困惑を隠すための苦笑いを見せた。
 しかしビィズは、ここでも怯まず。…否。怯んでしまわないよう、己を奮い立たせつつ。攻める。

「ねぇ、ロウセンさん。アタシ、アナタと仲良くなりたいの。……ロウセンくんって呼んでもいいかしら?」
「え? え……えぇ? え、っと…?」
「て言うか、決~めた! ロウセンくんって呼ぶわね!」

 言って。
 ビィズは──ジュイは、己の内にある全ての気合い・全ての気力をかき集め、両手・両腕に残らず込めた。

「ロウセンくんっ!」

 彼の名を呼ぶと同時に、その左手を自分の右手で取る。反射的に引っ込められる前に、左手も動かす。…両手で包み込む。

「え、あ、あの…?」

 すると予想通り、ロウセンは焦り始めた。
 最初から在った困惑に焦りが混じり、照れが混じり、彼の頬は微かに赤くなっている。
 だが、両手でガッチリ掴まれてしまっている左手をどうにかしようとする動きは無い。
 女性への耐性があまり無い上に、だからと言って女性の手を振り払う事も出来ないのだ。ロウセンはそういう奴だと、ジュイは知っている。
 つまり、自分の方からこの手を離さない限り──このままで居られると、ジュイは知っている。

(…ロウセンの……手…!! ロウセンの手を…今、俺がこうして、握れてる……!!)

 赤い顔をして、ただひたすら困っているロウセン。眼前のその光景は勿論、目に映っているが。
 ビィズの頭と胸の中は、想い人の手を思い切り握り締める事が出来た喜びで一杯だった。
 まさしく感無量。夢心地。
 そんな気持ちでビィズは我を忘れ、つい表情を無くし、己の両手の内にあるロウセンの左手を凝視してしまう。
 凝視しながら、その手の感触や温度や形を確かめるように、指の先まで──少々変態じみた手つきで──触りまくってしまう。

「あ……あ、の…? ビィズ、さん…?」

 困りに困り、困り果てたロウセンが、ついに大人しくする事をやめて声をかけて来た。ほんの少し、左手を引っ込めるような動き付きで、だ。

「──はっ!」

 と。大きく肩を跳ねさせて、ビィズは我に返る。
 引っ込もうとするロウセンの左手を、逃がさないと言わんばかりに握り締め直す。
 そして再度、心中で己を奮い立たせ。今度は全身を動かし、ロウセンの左腕に自分の両腕を絡ませた。

「え!? ちょ、ちょっと…!」

 ますます顔を赤くして、ロウセンが慌てるが。あえて触れず、構わず。

「あのね、ロウセンくん! アタシね!」

 腕は離さないまま、ロウセンの胸に肩を寄せ。目だけでなく頭全てで、約10センチ──正確には8センチ程──上にある、彼の顔を見上げ。
 ビィズはにっこりと笑った。

「この間、ロウセンくんと出会った時…混乱しちゃってたでしょ? あの時ね、アタシ本当にビックリしたの! こんなに素敵な人が存在するんだ…って!」
「…え…? そ、それは、えぇと…ありがとう、ございます……?」
「ねぇ! だから、ね? 時々ロウセンくんのお家、ルナクォーツのお屋敷に遊びに行ってもいい? アナタが暇な瞬間とアタシが遊びに行った瞬間が重なった時だけでいいからお話しましょ!」
「そ、それはその…僕の休憩時間って多くない、ですから…無駄足になってしまう事の方が多いと思うので……えっと、お約束は出来な……」
「いーの! アタシは、全然! 無駄足にならない可能性が少しでもあるなら、何回だってロウセンくんのお家に行けるわ!」
「で…でも……」
「でも、じゃないの! アタシはもう決めちゃったからっ!!」

 ────行ける、成功している。ジュイの胸中には、そんな確信が生まれていた。

 左腕にしがみ付いている事で、ロウセンに心臓の音が伝わっていないだろうか。ビィズ・ピンクショコラが本当に全く胸の無い、貧乳中の貧乳だとばれていないだろうか。
 …そんな心配もしてしまっていたが。『成功』によって気分が高揚し、ほぼどうでも良いと思えている。

(1度目の…この間は失敗したけど…! …その分、2度目の今日は上手くやれてる…よね…!?)

 ロウセンに堂々とスキンシップをする、という。目的の1つも実行出来た。
 そして「ビィズは、とても積極的にグイグイ来る女性だ」とロウセンに思い知らせる事も出来たはずだ。
 これなら今後は偶然を待たずとも、ビィズの方からロウセンに会いに行ける。そしてまた堂々とスキンシップをしまくれる。

(…よし…! …よし…!!)

 大きな満足感に興奮させられながら。
 頭の中では、八の字眉の眼鏡男がニヤリと笑い。表では、ピンクの髪の派手な美女が小首を傾げた。

「ところで、ロウセンくん! アタシ、ロウセンくんと他人じゃない関係になりたいから…他人行儀な話し方、しないで欲しいなぁ~なんて思うんだけど」

 演技などするまでもなく、にっこにこの笑顔になる顔面を見せつけ。調子に乗ってみる。
 やれるのなら、今日の内に縮められる所まで距離を縮めたい。そう思ったのだが。

「あ、あの…それは、すいません…。僕、どうしても……友達以外には、タメ口で話すの無理で…。ご、ごめんなさい…」

 返答は拒否だった。
 つまり、今日縮められる距離はここまでだ。という事だ。

「ちぇ~! でもまぁ、いーわよ!」

 しかし、ビィズの心に満ちるのは変わらない満足感だった。
 今日はここまでだと分かった。これはつまり、今日やれる事はやりきれた…そういう事なのだ。己に対し、尽きない程の称賛を浴びせたい気分である。

「アタシ、ロウセンくんがタメ口で話せる……『友達』になりたいわけじゃないからっ! 敬語で我慢するわっ!」

 目を細めて、にっこり…いや。にんまり笑えば。ロウセンが「えぇ…?」と驚き「うぅ…」と呻いた。
 赤い顔を俯けて、ビィズの方を見ないようにしている。…上手く行っている事から来る高揚感が、ロウセンのその様子を「可愛らしい」と思わせた。

「……ふふふっ!」

 ビィズの演技なのか、ジュイの本音なのか。分からない笑い声が零れる。
 作戦が、目的が、上手く行きそうな事。それに伴い、明るい未来が来る可能性が高まった事。ロウセンが可愛らしく思えた事。
 色んな事がただ嬉しくて、上がった口角が戻らない。

「おやおや、ビィズちゃん。今日も絶好調だねぇ」
「でも確かに……ロウセンさん、ビィズちゃんが好きそうなタイプだなぁ」
「ロウセンさん、明らかに困ってるよー! ビィズちゃん、程々にしてあげなねー!」

 テナエとの小規模な会議が終わったらしいスタッフ達が、こちらの様子に気付いて話題にし始めた。
 皆が皆、『いつものビィズ』を和やかに見守るだけだ。ロウセンを助けようとする者は居ない。…これも、これまでの自分の努力の賜物だと思うとますます嬉しい。

「ね~え、ロウセンくん! アタシ、明日早速ロウセンくんのお家訪問しちゃうわね!」
「え? あ、明日はやる事いっぱいで…お相手出来る時間、無い、と思います…けど…!」
「いいの! それでも行くの! もしかしたら、があるかもしれないものっ!」

 喜びに飲み込まれたのか。気が付けば、緊張は消え去っており、心臓は落ち着いていた。
 心にも身体にも刻まれた、この『成功』の感覚があれば。今後は簡単に、ビィズとしてロウセンと接する事が出来る。緊張などしないだろう。

(今日の俺は、本当によくやった…!!)

 心中で自分に拍手を送りつつ。ロウセンを見上げ、次いでスタッフ達の方へ向き直り、「お似合いでしょ~?」と手を振って見せる。
 …笑いながら肯定してくれる彼らの後ろ。
 目ツキの悪い、黒1色の彼女…テナエが、また。敵に向ける強い視線で睨んで来ている事だけが引っかかった──むしろ癪に触ったが。
 ビィズはあえて怒りを殺し、思い切り勝ち誇った笑みを見せつけてやった。


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