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3話
①
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ビィズとしてロウセンに初めて対面した日……以降。ジュイはしばらく、立ち直る事が出来なかった。
己の情けなさに対する失望が大半を占めていた苛立ちは段々と形を変え、「あの時あの場に他の人間が居たから、ああなった」という他人への怒りと化していた。
誰も居なければ……ロウセンが突然現れる事にはならず、自分1人で駅に居るロウセンを発見し、緊張を多少何とかした後こちらから声をかけるという流れに出来たはず。と。
起こらなかった『こうなっていたかも』の方ばかりが眩しく思え、責任転嫁が止まらなくなっていた。
そんな心境のまま。ジュイは自棄酒をあおりまくってカノハに叱られ、ビィズは平常時以上の気力を消費しながら作成した笑顔で撮影の仕事をこなし。
ようやく気持ちが落ち着き、「仕方なかった。切り替えよう」と元気になれて来た頃には、もう月が変わり──5月になっていた。
◇
青い空、穏やかな風、気持ちの良い暖かさ。とても過ごしやすい日である、この日。ジュイは…否、ビィズは、いつものスタッフ達といつも通り撮影現場に来ていた。
とても広い神都の中には、ジュイが25年の人生で1度も行った事の無い場所が沢山ある。
今日の撮影場所もその1つ。非常に規模の大きい森林公園だ。
公園内には自然は勿論、飲食店や土産屋も沢山ある。様々な動物が飼われている区画もある。野外ステージもあって今日は丁度小さな楽団が来ているらしい。
…そんなこんなで、スタッフ達にとっては紹介したい場所が多いのだろう。どういうコースでどう撮影して回るか、彼らは撮影直前の今現在まで揉めていた。
「はあぁ~~……」
少し待っていて下さい、と言われ。公園のベンチの1つに座り、ビィズは木々の隙間から覗く空を見上げている。
今日は自然豊かな公園をのんびり歩くと聞かされていたので、何となく清楚な女性に見える服を着て来た。
フリルが沢山で、薄桃色の花柄が薄っすら入ったワンピース。それに合わせた白い靴。髪型は、あえて結ばずそのままにし後頭部に白いリボンを付けた。そして真っ白で可愛らしい日傘も用意している。
「……はああぁ~」
ベンチの上。ビィズは先日の失敗を思っては、溜め息を繰り返す。
ふと目線を下げれば、あーでもないこーでもないと言い合う中年達。それを見守る若者スタッフ達。…あの時あの場に居た彼らを、まだ残っている少しの怒りと共に見つめる。
「どうしたのだ、ビィズ嬢?」
不意に横から声をかけられた。
見れば、悪趣味貴族・レンゲルが心配そうにこちらを見下ろしている。
「んー……」
唇を尖らせ、少しばかり逡巡したが。どうせ、どこにも何の影響も無いと判断し。
「実は、ちょっと気になる相手が出来たって言うか……恋煩い中なのよねー……」
ビィズは、正確ではないが完全に間違っているわけでもない答を返した。
「ほう。近頃、本調子ではなさそうだった理由も同じかね?」
「そう~…」
「…ふぅむ」
頭はこちらに向けたまま、視線だけ上へやるレンゲル。
今日は蝶々のフェイスペイントが左半分に居座っているその顔は、小さく驚いているように見えた。
「意外だな。ビィズ嬢はどんな相手であろうとグイグイ行く…否。良いと感じた度合いが大きい相手程、積極的にグイグイ行く女性だと判断していたが」
「えぇ!? 失礼しちゃーう! アタシ、本当に本気になった相手にはグイグイ行けなくなる可愛~いトコもあるんですよぉ~だ!」
「ふむ。…成る程、そうなのか」
レンゲルは「成る程」と頷いてくれたが。本当の所、今のビィズの台詞は嘘である。
ビィズは、本当に本気な相手──つまりロウセン──にだけ、グイグイ行ってベタベタしたいのだ。
それが不自然に思われないよう、どんな相手であろうとグイグイ行く女だと判断される言動をしていたのだ。
…そしてどうやら、『そういう女だと判断してもらう事』は成功していたようだが……本命にグイグイ行く事、即ちビィズが誕生した目的は今の所失敗しているのだ。
故に今、溜め息を繰り返していたのだ。
…などという詳しい説明は勿論、しない。とりあえず、黙って頬を少し膨らませておいた。
「確かに……好いている相手を目の前にした時は、平時の自分を保つのが難しくなるな。本気な相手には積極的になれないビィズ嬢の気持ち、理解出来る」
「……でしょ?」
予想以上に真剣に共感してくれているらしいレンゲルに、ビィズは嬉しくなった。
というのも。ビィズは本気な相手にグイグイ・ベタベタしたい人間……しようと思っている人間だが。
ジュイはそれが出来ない人間なのだ。まさしく、本気な相手に積極的になれない──男から男へのアピールなど…と尻込みをして、挙句、己を女性と偽っている人間なのだ。
「分かる」の3文字だけでも、貰えると嬉しい。例え、ジュイとビィズの事情など何1つ知らずに発された言葉だとしても。
「だが、ビィズ嬢は魅力的な女性だと思うぞ。勇気を出してグイグイ行ってみれば良いのではないか?」
不敵な笑みを浮かべながら、レンゲルはそんな言葉を寄越して来る。
魅力的だの何だの、どの程度本気でそう思っているかは分からないが……要するに「頑張れ」と、そういう意味の励ましの言葉だろう。
「えーっ!? 本当!? え~! 嬉しいーっ!」
一旦、そう素直に受け取っておき。
「アタシ、魅力的だと思う? え、レンゲル様もアタシのコト好き~!?」
と。上目遣いで問いかけた。
深い意味は特に無い、いつもの調子に戻ったよ・ありがとう…という意味の言葉と行動だ。
レンゲルも適当に「そうだな」と肯定して、この話題を終わらせてくれるだろう。そうビィズは思っていたが。
「いや。ビィズ嬢は我の好みのタイプではない」
奴は首を左右に振って、直球の否定を返して来た。
「ちょっとぉ!? 魅力的とか言った直後にソレ、酷いと思うわ! アタシ、超脆いガラスかマシュマロみたいな心の持ち主なんだからね!!」
思わず勢い良くベンチから立ち上がり、思わずレンゲルを指差し、思わず叫んだが…しかし。
ビィズの胸中には、怒りは無かった。友人のボケに対してツッコミを入れただけ。そんな風に言い表せるような心境だった。
「む……そ、そうか。すまない」
あっさり謝るレンゲルに、今度は思わず笑いすら零れる。
どうやら先の激励と共感で、ビィズは──そしてジュイは──この悪趣味貴族に対し、少し心を開いてしまったらしい。
「駄目~、許さないから! お詫びにレンゲル様、アタシの想い人の代わりにベタベタさせて。レンゲル様で、その人にベタベタする時の練習するから!」
などと。ニヤニヤ笑いつつ、こんな冗談を投げ付けてしまう有り様だ。
「ま、待て、ビィズ嬢! 心から好いている相手が別に居る女性と、その、ベタベタするなど! 我の胸に刻まれた常識と言うか良心と言うか…そういう物が許さんのだが!?」
「別にいいじゃない。アタシの好いてる人が恋人だってならともかく違うんだし。それとも何、レンゲル様。お詫びなんかしませーんって言うつもり~?」
「ぐ…。た、確かに、女性相手に無礼な発言をしておいて詫びが無し…それも我には耐えがたい事……!」
「ほーら、ほぉら! 行くわよ、レンゲル様~! しっかり受け止めて~!!」
苦悩の真っ最中なレンゲルに、ビィズは体当たりのような勢いで抱き着いた。
…ような、ではなく。それはほぼ体当たりになったらしい。衝突の瞬間、レンゲルが「ぐふっ!?」と短い悲鳴をあげた。
ロウセンやカノハ以来、長らく出会えなかった『友達になれそうな相手』を発見出来たのが嬉しかったのか。
しかし、彼と交流出来るのはあくまでも『ビィズだけ』である事を残念に感じているのか。
細かい理由は自分自身でも理解しきれなかったが、ともかく力加減が出来ないまま。ビィズは満面の笑みで。全力で。レンゲルを抱き締めた。
「痛い痛い」と、本気の抗議・本気の哀願が聞こえたが、それも無視して抱き締め続けた。
そして、そうしている内に何故か。いつの間にか。
2人は──主にビィズのせいで下手クソになっている──社交ダンスを踊っており、ずっと黙って眠そうにしていたコクトに「何やってんですか」とアホを見る目を向けられたのだった。
◇
レンゲルとの謎のダンスが──いつの間にか撮影されており──オープニング映像に使われた、森林公園散策番組放送後の……次の撮影日。
この日、ビィズは髪型・服装・メイクの全てに必要以上の気合いを入れて来た。
ピンクの長い髪はツインテールにした上で三つ編みにし。
服や靴は、沢山ある所の騒ぎでは無い数の選択肢の中から、最も可愛らしく見えるであろう物をじっくり……本当にじっくり、試着等もして選んだ。
女性によせたとは言え、やはり女性とは少し違う脚の形を隠すため。そして男の股間を隠すため。…ドロワーズを装備した上でスカート丈が長いのはいつも通りだが。
…とにかく。
我ながら素晴らしい、ビィズという素材を最大限に生かすコーディネートが出来た。と。ジュイは心中で自画自賛している。
今日は────とても大事な日なのだ。
静かに、無音で、しかし大きく深呼吸する。目を閉じて、暗闇の中で思い出す。
アホなダンスから始まった、前回の撮影。そしてその、森林公園での撮影が終わった後の事。
──娯楽番組制作部・最高責任者である中年おじさん、ミーチェバロク。
「お疲れ様でした」と言い合う声が飛び交う中、彼から聞かされた『お知らせ』の内容が、
「次回はビィズさんの単独出演回になりますが、撮影の前に神友族の方が挨拶にいらっしゃるので! 気に留めておいて下さい!」
という物だった。
毎年この時期…要するに5月。神友族の家の1つであるリュヌガーデン家の人間が、タレント冒険者に対して「協力有り難う、1年間よろしく」と言いに来るらしい。
細かいスケジュール調整等はされないので、『今年度のタレント冒険者が全員居る時』をわざわざ選んだりはしないらしいが。
ともかく。それがリュヌガーデン家に任されている、毎年恒例の小さな仕事の1つなのだそうだ。
「それって当然、そのお偉いさんが1人で来たりしないわよね…?」
ミーチェバロクに対して自分の口がした問いが、頭の中で反響する。
問いに対して頷いた、中年男性の笑顔が頭に浮かぶ。
「ええ、勿論! この間、ビィズさんもお会いしたでしょう? 忠臣家、ルナクォーツのロウセンさんが護衛として一緒に来ますよ」
告げられた肯定は、ジュイにとって。ビィズにとって。リベンジマッチの開催宣言だった。
故。勝負の日である今日この日。ビィズは必要以上の気合いを入れて来たのだ。
「…………」
静かに、しかし大きく空気を吸い込む。
「はあぁぁーー……!」
無音ではなく意識的に声を出し、空気と一緒に胸の内の緊張感も吐いた気になっておく。
(大丈夫…。俺、いや、アタシは……今度こそ、今日こそ、やれる! 落ち着いて、普段通りのアタシで、ロウセンにスキンシップしまくってみせる…!!)
半分は、そのために生み出された存在なのだ。
その半分を果たしながら、残りの半分──ロウセンを落とす事──も果たす。ジュイ・ハヴィットでは出来ない、ソレのために。ビィズ・ピンクショコラは存在しているのだ。
何度も己に言い聞かせ、確認して来たこの目的を、ここでもう1度念じる。大きく頷く。
やがて、スタッフの1人が「リュヌガーデン家の方がいらっしゃいましたー!」と連絡に来て……ビィズは両の手を握り締めた。
雑談をしていたスタッフ達は、誰に言われるでもなく自然と喋る事を止める。
床に座ってのんびりしていたスタッフ達は、これもまた自主的に立ち上がり姿勢を正す。
そしてこの場に居る全員が、ほんの少しの緊張感を顔に浮かべて部屋の入口を見つめる。
「……」
数秒の間に作られた静寂の中。視線が集まる扉の向こう。コツコツと、近付いて来る足音が聞こえた。
音は徐々に…しかし直ぐ大きくなり、ビィズが唾を飲みこんでいる内に扉の前まで辿り着いて、止まる。
────こんこん、と扉が叩かれた。
ミーチェバロクがこちらに目配せをした後、素早く扉を開けに行く。
挨拶をしてもらう張本人であるタレント冒険者は、自分だ。一緒に出迎えてくれと言われたのだと察し、ビィズは扉に近付いた。
そのビィズが、ミーチェバロクの斜め後ろに到着するのと同時。
────ガチャリ、と扉が開かれた。
「……!」
心臓がうるさい。呼吸は止まっている気がする。瞬きも、出来ている気がしない。
しかし「今度こそ」という言葉を何度も繰り返したお陰か、身体と違い心は落ち着けている。…はずだ。
「失礼します……」
言って入室して来た青年。
黒っぽい青の髪、2つの三つ編み、白銀色の猫目、気の弱さや優しさが滲む顔。紛れも無く、ジュイの想い人…ロウセンだ。
目的…のせいだろうか。ジュイの淡い橙色の目で見る時より、ビィズの赤紫色の目で見るロウセンは一段と輝いて見えた。
「えっと……お嬢様、こちらへ」
そのロウセンに腕で示され、前へ、ビィズの視界の中央へ、『お嬢様』が進み出る。
黒1色の地味なワンピースを纏った、黒い髪のお嬢様は──眉を顰め、口をへの字に曲げて、目を細め…じっ、と。ビィズを睨み付けて来た。
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