4 / 7
2話
②
しおりを挟む◇
4月、最初の週末。大半の人間には休日と認識されている、太陽の日。
荒れ放題なジュイの部屋では、テレビの音が控えめな主張をしていた。
…職場から強制的に支給されたこの装置を使ったのは、ほぼ初めてと言っていい。それ程、ジュイはテレビを見ない人間だった。
だが流石に自分──ではない設定だが──も出演した…大事な作戦の一部となれば、見てしまう。
と言っても、今年度の娯楽番組・初回が放送されたのは数日前の事で、ジュイが今見ているのは再放送なのだが。
「ビィズ・ピンクショコラでぇーすっ!!」
画面の中で、かりそめの自分が笑っている。
──初回の撮影があったあの日。
最初の予定では、ジュイは徒歩で帰るつもりだった。どこか途中、絶対に誰も見ていないと確信出来る場所で変身を解き、ジュイとして自宅に戻ろうと思っていた。
しかし、思っていた以上に疲弊した心身にはそんな体力も気力も残っておらず。
結局、役所内の──アオ所長が敷いておいてくれた──転送陣を使用して自宅へ直接帰還した。
そしてジュイに戻ると同時にベッドへ倒れ込み、泥のように眠ったのだ。…目が覚めたのは、翌日の昼だった。
「この家名は、お婆ちゃんの家名でそのお菓子屋さんの名前なの」
笑う自分をぼんやり眺め、溜め息を吐く。
……『彼女』で居るのは思っていた以上に疲れる。重労働だ。だが、それでもやり遂げなければならない。やり遂げたい。
(一刻も早く、慣れないとね…)
そう。慣れれば感じる疲れも大分マシになるだろう。
思いつつテレビから離れ、窓ガラスに近付いた。大嫌いな物代表とも言える、鏡と化したソレに向かって笑顔を作ってみる。
「…………」
直ぐ、混じり気の無い不快感が胸いっぱいに広がった。眼前に在った下手クソな笑顔も一瞬で歪んでしまう。
…やめておこう。一刻も早く慣れるべき、は正しいが。だからと言って笑顔の練習など。笑う事に慣れるなど。『ジュイ』ですべきではない。やるなら『ビィズ』でやるべきだ。
「はぁー……」
先刻の物より大分深い溜め息を吐き、テレビの前へ戻った。
画面には、司会役人と3人のタレント冒険者。質疑応答を繰り返す4人が映っている。
「皆さん、冒険者歴は長いんでしょうか?」
「アタシはお婆ちゃんが亡くなった後から冒険者よ。長さはそこそこかしら」
「我は念の為、黙秘させていただこう! 万が一にでも我が国の機密情報が漏れては困るのでな!」
「…ボクは一応故郷の学校を卒業して…数年後にこの道選んだんで。そんな長くないですね。5年経ってるかな、くらいです」
「成る程~。あ、ところでコクトさん、敬語は必要ないですよ」
「ああ。ボクのコレは癖なんで。敬意から敬語使ってるんじゃなくて、敬語でしか喋りたくないだけです」
「そ、そうですか。でしたらそのままで」
また、ぼんやり。テレビを見る。
かりそめの自分が何か失敗していないか、ぼんやりチェックをしながら。ぼんやりテレビを見る。
ビィズがきゃっきゃっと笑っている。レンゲルが得意気に鼻を鳴らす。コクトは手で口元を隠し、小さく欠伸をしている。
「……」
同業者の2人に対し、基本的には善人だろうと予想したが。
それはそれとして、2人共──現時点では──やはり付き合い難い部分があると、ジュイは感じている。
「レンゲルさんは、身長どのくらいなんでしょう? 高いですよねぇ」
「む? 身長か。確か、184はあったはずだ。自慢をする気は一切無いが、目線の位置が高いというのは楽しいものだぞ」
「あら、本当に高いですね! 格好良いです!」
「そうだろう、そうだろう。もっと褒め称える許可をやるぞ、有り難く思え」
ふふん、と再び鼻を鳴らす彼。レンゲル・ネファーデーは第一印象の通り、変な奴だ。
貴族という己の身分をやたらと誇っている様子であったり。やたらと偉そうな、上から目線の物言いをしたり。
その割りに、案外気さくな所もあるのではないかと感じさせる。
「アタシは男性に、身長の高さとか求めないけどねー」
「ふ、確かにな。背丈だけでは人の価値も男の価値も測れん。必要なのは器の大きさの方だと我も思うぞ」
と、このように。
皮肉の意味も込めたビィズの反論に対し、一瞬もムッとする事無く頷くのだ。…偉そうなくせに、多少の無礼なら許してくれそうな雰囲気がある。
その微妙な矛盾が気になって、掴み所が分からない。付き合い方の正解も未だ見えない。
「コクトさんはご実家がトウガラシ農場らしいですが、辛い物がお好きだったりするんですか?」
「いや、別に。嫌いじゃないですけど、特別好きでもないし…トウガラシに思い入れも無いですね」
一方、コクト・カプシカムは今の所とにかく素っ気ない。
ビィズやレンゲルと比べて圧倒的に変わらない表情は、撮影中ほぼずっと面倒臭いと語っていた。…ただ。
「まぁ、甘い物や高級料理よりは好きかもしれませんね。とにかく甘いお菓子とか、味より値段を味わう物とか、そういうのよりはサッパリ辛い庶民の料理がいいです」
などと嫌味を言っている時だけ、笑顔だった。
「アタシだって甘い物が特別好きとかないけど? 辛いのも、しょっぱいのも、普通に食べるし! むしろそっちの方が好きよ!」
「我は美味い物が好きだな」
横から飛んで来る文句──レンゲルは文句を言ったのではないだろうが──に対しても、微かに口の端を吊り上げるだけで無視。流していた。
…素っ気ない。だけならまだしも、腹が立つ。ビィズもレンゲルも明らかに『馬鹿』と判断されていると伝わるのだ。腹が立つ。
だが──何故か。
ビィズは、否、ジュイは、どうにも彼を嫌いだと断定出来ずにいる。確かに腹は立つのだが、嫌いになりきれない。理由も掴めない。どう付き合うのが正解か、これも見えない。
結論。レンゲルも、コクトも、現時点では付き合い難い部分がある。
基本的には善人だろうと……この予想はおそらく、当たっていると思うのだが。確証があるわけでもない。
「それでは、次の質問です!」
画面の中で笑う司会担当役人。
今思えば、この中年女性はプロだった。3人の、どんな返答にも発言にも慌てず騒がず苛立たず、笑顔を保っていたのだ。
娯楽番組が始まってから5年、彼女はずっとこの仕事をやらされていたのだろうか。そうしている内にプロになってしまったのだろうか。
…どうでもいい──然程、興味も無い──疑問が、ぼんやり浮かんでぼんやり消えた。
「皆さん、ギルドの方に登録してらっしゃる職業……ジョブ、ですかね? ソレは何なんでしょう?」
「アタシはこう見えて武闘家よ!」
「えぇ!? 意外ですね!」
「勿論、冒険中はこんなカッコしてないけどね。神都に滞在してる間だけ、着たい服を着ようって感じなの」
ジュイは体力は全く無いが、運動神経は悪くない。むしろ良い。──体力が持つ間だけなら──本物の武闘家冒険者とも互角かそれ以上に戦える。
「でも武闘家のくせに体力無くって。ソレが理由で足手まといだーって。パーティ外されちゃって。今後のコト考えながら少し神都に居よーって思ってて~」
「それで時間があったから、タレント冒険者を引き受けて下さったんですか」
「うん、そうよ」
画面の中央で、ズームされた司会役人とビィズが和やかに笑い合った。
映っていない位置から、他2人が各々感想を寄越して来る。
「そんな理由で外すとは、酷い仲間達だな。しかし、全く折れていないビィズ嬢は強い女性だ」
「置いて行きたくなる気持ちも分かりますけどね。戦力になるならともかく。……まぁ、でも置いてく場所として神都を選んだ点は優しい仲間達じゃないですか?」
この差だ。撮影中も、今も、何とも言えない気持ちに襲われた。
画面内のビィズは、何とも言えない気持ちのまま……ただ笑顔を2人に向けて、何とも言わずにいる。
「では、レンゲルさんのジョブは?」
「我は魔法剣士だ。……と言っても、剣の腕は未熟以下の未熟でな。ほとんど魔術だけで戦っている」
この遣り取りを聞いていて頭に浮かんだのは、ロウセンだった。
「あまり知られていないが魔術師は髪を伸ばしておくと、大気中の魔力を身体に取り込みやすくなる」「つまり魔術を扱う際、威力や発動速度にプラスの補正がかかる」
…そんな話を彼から聞いた記憶があったのだ。
優秀な魔術師であるロウセンもその話の通り、後ろ髪の一部を長く伸ばし、2つの三つ編みにしている。
レンゲルも同じ理由で、妙な所だけ髪を伸ばしているのだろう。要するに、知識はしっかりあるのだ。剣はともかく、魔術の腕はそれなりの物なのではないだろうか。
「コクトさんは?」
「…舞闘家です。『ぶ』は『舞う』って字を書く方の、舞闘家」
この遣り取りに対しては、ただ「へぇ」と思った。
舞闘家とは、武闘家と同じく拳で戦うファイターだ。…が同時に、特殊な踊りによって妖精や精霊を使役出来る。精霊使いともダンサーとも呼べる職業である。
彼がソレだと言うのなら、純粋に一度その踊りを見てみたい。ぼんやりと、ビィズが抱いた感想を今ジュイも抱いた。
「…………ふぁ…」
画面の向こう。コクトがまた、小さな欠伸を手で隠した。釣られるようにジュイも欠伸をしてしまう。
平日は夜更かししがちな分、休日は大体睡眠で消費して来た故か。『休日』というだけで眠くなる。ぼんやり、画面を眺める。
「それじゃあ、次の質問はー……そうですねー」
気付かなければ無害なのだが。一度気付いてしまった眠気は直ぐ、攻撃力が非常に高い睡魔へ変貌する。
…眠い。司会役人の声がもう既に、かなり遠くで聞こえる物のように感じる。
「好きな男性のタイプ、とかどうでしょうか! ビィズさん!」
「そうねー。さっきも言った通り、身長はこだわらないわ。アタシ、女の子にしてはちょっと高い方の…162あるんだけど。自分より10センチ以上~とか、全然思わないわね」
アタシとあまり変わらないくらいでもオッケー、などと。自分がにこにこ笑っている。
「とにかく優しい人がいいかな! あと、努力家でー。誠実でー。謙虚って言うか、控えめでー。知的で、マッチョよりは細身が好き! うーん、とにかく穏やかで優しい人!」
ビィズが挙げ連ねた条件は全て、ロウセンを思い浮かべて言った物だ。
1つ1つ聞きながら、睡魔と共にテレビを見る今のジュイも「ロウセンの事だな」とぼんやり思った。
…ロウセンの両親は冒険者だ。どこにでも居る、ごくごく普通の、冒険者。
ロウセンは、生まれてから5年と11ヶ月…6歳になる直前まで、両親を含む冒険者パーティに世界を連れ回されていたらしい。
子供と共に居たいからという愛情からでなく、単に子供をどうすれば良いのか分からないからそうしていたのだ。とは、ロウセン本人の言だ。
と言うのも、ロウセンが約6年共に過ごした冒険者達は、1度たりともロウセンに良い顔をしなかったそうなのだ。
勿論、両親も含め。「邪魔だ」「足手まといだ」「お前のせいで迷惑を被った」と毎日のようにそればかり言って来た、と。
故だろう。ハヴィット孤児院でジュイが初めて会った際のロウセンは、周囲の人間全員に対して酷く怯えていた。
その日……孤児院に来た初日は、「ごめんなさい」しか言わなかった。と、アオ所長の祖父…前院長が語っていたのを覚えている。
そして、幼少期に心に根付いたその感覚は、今もロウセンの中にあるのだろう。
彼はとにかく『自分のせい』を恐れている。…だからこそ、『自分のせい』を減らすよう、『自分のせい』が起こらないよう、努力を怠らない。
更に彼は、傷付けられる事を恐れる分、他人を傷付けない。誰に対しても基本的に怒らない。
優しく、賢く、努力が出来、皮肉な事かもしれないが親から受け継いだ魔術の腕もある。
そんな彼の性質を見抜いた老紳士が、ロウセンを養子にと引き取ったのは彼やジュイが小学3年の時だった。ロウセンは9歳、ジュイは誕生日がまだで8歳だった。
以降ロウセンは、ロウセン・ハヴィットではなく、ロウセン・ルナクォーツになった。
…ルナクォーツ家は、『神友族』の家の1つであるリュヌガーデン家に代々仕えて来た『忠臣家』だ。
神友族とは、余所の国で言う所の貴族である。神国の政治に関わる立場にあり、歴史と権力を持っている家々。全てで15の家がそう名乗っている。
彼らの遠い祖先が、神と協力して神国を作った人間達だったらしい。…つまり、『神の友』の子孫達だ。
そして、貴族のような物と言っても。余所の国の貴族程、一般国民との『偉さ』に差は無い。家ごとの力にも差は無い。15の家の間で争いや諍いがある等も無い。
神国では──実在しているのか不明な──『神』が絶対的な1番であり、神友族は国民代表として2番の位置に居る家々なのである。
『忠臣家』は、その15の神友族全てが1匹ずつ抱えている忠犬。
家の長は必ず主人の屋敷の使用人達を束ねる位置に立ち、主人を支え、守る。使用人兼護衛として生涯を歩んでいる。
ルナクォーツ家に引き取られたロウセンも、その名に相応しく在れるよう……日夜努力を重ねているらしかった。
(好きなタイプ……ああ言っておけば、ビィズがロウセンを一目で気に入っても不自然に思われない……)
ぼんやり、ロウセンについて考え。ぼんやり、恋愛話に花を咲かせる画面の向こうの女性達を眺め。
ぼんやり──ぼんやり。
「……………………」
そのまま、ジュイはいつの間にか睡魔にやられてしまっていた。
やがて、自宅の呼び鈴が鳴らされる。
どの程度の時間が経ったのか、特に知ろうとはしていない頭がぼんやり覚醒する。目が極めてゆっくり、薄っすらとだけ開く。
呼び鈴はもう1度、2度。繰り返しジュイを呼んでいた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる