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2話
①
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ジュイの自室には、転移魔法陣が敷かれている。
「変身後の姿で自宅から出て行く事は出来ないだろう」…と──変身の魔術とセットで──アオ所長が授けてくれた物だ。
これもまた、抜かりなく。使用権を持つ者が転移の呪文を唱える時以外──要するに使用の前後以外──は、消えて見えなくなる。部屋に客が来ても安心だ。
ただ、転移先は第1区にある役所に固定されており、別の場所には行けない。
…何故役所かと言うと『テレビ番組の制作だけを専門で行う場所がまだ無い』からだ。テレビについては制作も編集も放送も、役所の役人達が全て任されている。
昨年度の娯楽番組が始まる前辺りに、役所内に『娯楽番組制作部』という部署が出来ただの出来ないだの…そんな話がジュイの耳にも聞こえた気がするが。
ともかく、役人達は心得も技術も無い仕事を増やされ…それでも国のため健気に頑張っているのである。
しばし。そんな、転移先の労働環境に思考が持って行かれたが。
直ぐ、心底どうでもいいと切り捨てた。
(…ドア良し。…窓、良し)
そして、戸締り確認。万が一にでも外から見えていないか、確認。それらを終えて。
「起動……」
ぼそりと小声で言えば、部屋の中央に薄く光る陣が現れる。
鼻から息を吸って、天井を見上げる。一拍、置いて。床を見下ろし、息を吐く。陣の側まで歩み寄る。
……今日は4月の1日。今年度のタレント冒険者達が、初めて撮影に挑む日だ。
物凄く慣れない事をしなければならない、物凄く疲れるであろう日。しかし、野望のため。大嫌いな自分と別れるため。明るい未来のため。
(やってやるよ……!!)
転移の陣を睨み付け、力を込めた1歩で踏み付ける。
その勢いに弄ばれるかのように、ピンク色のスカートがふわりと翻った。
◇
役所内の一室。そう見えないよう飾り付けられた部屋に、3つの1人用ソファが並べられている。
撮影用・記録魔法装置──つまりカメラ──のレンズと3つのソファの真ん中で、中年女性がにっこりと微笑んだ。
「ではまず、お名前から尋ねましょう!」
言い終えると、彼女は微笑を保ったままカメラに映るか映らないかの…絶妙な隅っこへ下がって行く。
新年度が始まって最初の娯楽番組は、決まって『その年のタレント冒険者の紹介』である。
今日はその撮影。やる事は、司会担当役人からの質問に答えるだけ。要するに自己紹介だ。
「それじゃ、最初にー……」
中年女性と目が合った。…思わず息を呑む。
「はい! こちらの方はどうやら、今年度の『紅一点』みたいですね!」
上下共にフリルだらけなピンクの服装。ツインテールの長い髪は沢山のリボンで飾り。メイクもばっちりキメて来た。
…そう。否、正確には違うのだが。今の自分は『紅一点』なのだ。
性別は変えられない、としても。身長や声色、体形、体格。全てを変えられる範囲で変えられるだけ変えて……『女性的に』する。
そして『誰の目にも女性にしか見えない男』に変身し、自分は女だと騙る。これがジュイの作戦だ。
(最初が肝心……見た目だけじゃなくて、言動もちゃんと……)
ソファの上。少しも開いたりせず、ちゃんと揃えられた両脚。その膝に、重ねて乗せていた両手が僅かに震えた。
ジュイには女装癖など全く無い。女性になりたいなどと思った事も、1度たりとも無い。
これは、あくまで作戦。目的達成のための手段。必要だと判断した事だ。
目的──つまり、堂々とロウセンにスキンシップをしまくって良い思いをする事。そしてあわよくば、彼に本気になってもらい人生2度目の恋を叶える事。
(今の俺は、いや違う。『アタシ』は、ジュイじゃない。男だけど、女。ちゃんと女じゃなくちゃ駄目…)
ロウセンは、異性愛者だ。彼に恋愛感情を向けてもらうには、まずは『女性』でなくてはならない。
女性として恋愛感情を向けてもらい、心底好いてもらえるようになった所で──性別など些細な問題と思ってもらえるくらいになった所で。
「私、実は男なの」と。「それでも気持ちは本当なの」と。告白する。
…ロウセンは優しい。こちらの辛さや葛藤、双方の気持ち、様々な点を真剣に考えてくれるだろう。
騙したな、などと責めてくる事は絶対無い。その時点で『愛』を揺るぎない物に出来ていれば……男でも構わない、と言ってくれるはずだ。
(切り替えろ…。今の、アタシはジュイじゃない。ジュイじゃなくなるスイッチを切り替えて…)
心の中で大きく頷き、覚悟を決めた。
こちらの心臓が暴走しているのとは真逆、落ち着き払った笑顔を未だ保っている司会担当役人が、ついに言う。
「貴方のお名前は?」
無表情になりそうな顔を。掠れた声を絞り出そうとする喉を。叱咤する。
笑え。腹から声を出せ。人生を賭けた大事な作戦の、第一歩なのだ。今の自分はジュイ・ハヴィットではない。今の自分は。
「──────ビィズ・ピンクショコラでぇーすっ!!」
◇
「ビィズさん! 何とも愛らしい方ですね! あ、敬語は使わなくて結構ですからね」
「そうなんですか? えーっと、じゃあ遠慮無く! スタッフさん達も神都の皆も、1年間よろしくお願いするわ!」
「はい、よろしくお願いします!」
名前と、最初の一言。『1つ目の質問』を終え。ジュイは、否、ビィズは胸を撫で下ろした。
司会担当役人も、他の役人──スタッフ──達も、ただただ笑顔だ。
こちらの表情に首を傾げられたり、「何て言った?」と聞き返されたり──ジュイが昔から今も日常的にされている事を──されなかった。
即ち、ビィズの笑顔にも声量にも問題は無かったのだろう。少なくとも暗い娘とは思われなかったのだ。良かった。
「それでは、次に!」
口をVの字に保ったまま。手の震えが落ち着いて来たと確認するビィズを余所に、司会役人が撮影を進行させようとした。
「真ん中の方、お名前をお願いしー……」
しかし、彼女の仕事──台詞──が終わる前に。
「我の番だな!」
真ん中のソファに座っていた彼が立ち上がった。
『バッ!!』という効果音が付きそうだったその勢いに、ビィズは思わず肩を跳ねさせてしまう。
「我の名は、レンゲル・ネファーデー! 何処か詳細は語らんが、ここからは遥か遠いとある国の貴族だ。ああ、貴族が冒険者をやっている理由も黙秘させて頂く。
神国には旅の途中、ただの観光目的で訪れたのだがな。何事も経験であり勉強であると考え、此度のタレント依頼を引き受けてやった。
やるからにはどのような企画にも全身全霊をかけて臨んでやる心算故。神国・神都の民草共よ、感謝するが良い!」
ビィズが驚き固まっている間に、彼……レンゲルは『1つ目の質問』への、少々長い回答を終えていた。
「あ、ありがとうございました……」
司会役人もやや気圧されている。引いている、と言ってもいいかもしれない。
だがレンゲルは司会の様子など気にもせず、満足気に「フフン」と鼻を鳴らしてソファに座り直した。
見上げる必要が無くなった彼を少し観察してみる。
所々に濃い赤のメッシュが入った青紫色の髪は、一部分が妙に長く、ソコが妙に大きいリボンでまとめられている。
顔の左半分には、おそらく薔薇であろう花の、やたらと派手なフェイスペイント。
服装は確かに貴族風だが──『キラキラ王子様』と言うよりは『悪役貴族』の方が合っている──趣味の悪い貴族だなと思ってしまうセンスだ。
(変な奴……)
単純明快な感想を抱いたビィズだが。…出来ればあまり関わりたくないと思ったが。
そうも行かないだろう。この先の苦労が1つ増えたかもしれない、と心に刻んでおいた。
「それでは、最後の方に参りましょうか!」
既に気を取り直したらしい司会役人が、3人目のタレント冒険者に向き直る。
彼女に倣って、ビィズも何とか笑顔を作り直した。
「お名前をお願いします!」
自然とそちら──レンゲルの向こうのソファの方──へ視線をやると、背もたれに全体重を預けている黒髪が見えた。
細く長く息を吐いたその顔には、隠されもせず「面倒臭い」と書かれている。
「コクト・カプシカムです」
そして彼が名乗った名前に対し。
「……カプシカム?」
ビィズは思わず眉根を寄せ、首を傾げてしまった。
おそらく、ビィズと同じ感想を抱いたのだろう。レンゲルが続くように、繋げる。
「……トウガラシ?」
つまり、そう。言外に「変な家名だな」と2人は言ったのだ。
「すっごい離れたトコにある故郷の実家が、小規模なトウガラシ農場なんですよ」
頭は正面に向けたまま、視線だけをこちらに寄越し。コクトは2人の疑問に答えてくれた。
農場云々はともかく、故郷がとても離れた場所だというのは確かかもしれない。
コクトが着ている衣服は、ジュイにとっては全く馴染みのない──本の中でしか見た事が無かった──物だ。
それその物かどうかは分からないが、着物や浴衣と呼ばれる服に似ている。
目の上部や眉を隠すように巻かれている謎の布も合わせて、この辺りでは見られない……異国のファッションだ。
「まぁ、確かに変な家名なんですけど」
トウガラシ農場の話に対し、何のリアクションも返さなかった2人に。今度は視線だけでなく、顔全部を向けてコクトが薄く笑う。
「ピンクショコラも大概に変な家名じゃないですか?」
「……んな…っ!?」
急に刺され、反射的に低めの声が出た。
変身魔術で声色も変えている故、問題は無かったが。そうでなければ、完全に男の声になっていただろう。
「可愛らしい家名としか思わなかったが、言われてみれば…」
などと呟いているレンゲルも含め、司会役人が慌てて全員の発言を制しようと手を振った。
「あ、でしたら、2つ目の質問が『故郷について少しお話を』なんですが! 他の2人はもう答えて下さったので、ビィズさんお願い出来ますか?」
「…………」
半分演技・半分本気で唇を尖らせて見せる。
再度、聞き返されない声量で声を出せと己に命じてから。ビィズは話し出した。
「アタシの両親、冒険者なんだけどー。特に作る気も無かったアタシの事、作るだけ作って適当な町に捨ててったの。よくある話よ」
…と。そこまで語った所で、場の空気が変質した気がした。
さっと室内全体を軽く見回せば、司会役人は困り顔をしており、スタッフ達は同情的な目をこちらに向けており。
そして意外な事に、他2つのソファに座る2人も──僅かにだが真剣に──辛そうな表情を見せていた。
(感受性が豊かな連中なのかな…)
ジュイなどは、他人の悲しい過去を聞かされても「ふーん」や「あ、そう」としか思わない。
身内と認めている数人なら、話は別。他の感想も芽生えるが。そうでない他人の過去や未来など、文字通りの他人事だ。
ともかく。ビィズは周囲の様子を完全に無視し、ぱっと笑い、明るい声で続けた。
「で。拾って育ててくれたお婆ちゃんが、小さいお菓子屋さんやってたのよ。この家名は、お婆ちゃんの家名でそのお菓子屋さんの名前なの」
「成る程、きっと素敵なお婆様なんでしょうね」
「ええ! 美味しいお菓子も沢山作ってくれてたわ!」
…当然だが。お菓子屋さんのお婆さんについては完全に作り話である。事前に考えて来た『設定』だ。
だが、これも当然。誰もそんな事には気付かない。
「立派に育て上げてくれた、良い方との出会いがあったのだな」
同業者の1人はそう言って頷いている。
「……まぁ。そういう、不幸中の幸いがあったなら良かったですね」
もう1人も、ぶっきらぼうに…しかし言った台詞は本音だろうと伝わる空気を滲ませながら、そう言った。
「残念ながら、お婆ちゃんが亡くなるのと同時にお店も無くなっちゃったし。アタシ、お菓子作りの腕は継承出来なかったけどね!
家名だけは引き継ごうって思って。可愛い家名だし!」
言いながらビィズは考える。
──少し癖はあるかもしれないが──1年間共に仕事をする同業者達は、基本的には善人らしい。
これなら、自分が『可愛らしい女の子』を演じ続ける事も簡単なはずだ。多少のボロが出ても、どうにか騙して誤魔化せる。
とは言え。ボロは出さない方が良いに決まっている。
気を抜くなと、己の心に釘を刺す。にっこりと。常にの勢いで浮かべっ放しだった笑顔を、更に深める。
…明日はおそらく、慣れない笑顔をし過ぎたせいで、表情筋が筋肉痛になっているだろう。
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