隣の部屋の怪しいお姉さんは異世界帰りの元勇者で売れっ子作家らしいので作家人生キャリーしてもらう

elza-2525

文字の大きさ
上 下
22 / 31

第22話 感動を創れ

しおりを挟む
「なんやそこそこ有名なやつがU22に応募するらしいで」

 そこそこなやつ、このセリフに含まれる意味が何個か考えられる。俺からしても脅威には思わないけれど才能を感じそこそこというのか、実績十分だがMyuiからしたらそこそこなのか、言葉通りにそこそこなのか。あまり考えすぎても意味がないので大人しくSNSを見せてもらう。Myuiのスマホに映し出された人物を俺は知っていた、アニメ化をしたことはないがコミカライズ版などで根強いファンのいる常波というペンネームで活動している作家だ。大ファンという訳ではないが彼の作った「剣に恋する異世界」は剣を用いた戦闘描写と儚い恋愛を描いた名作。出版社ですれ違ったこともあるが挨拶してくれるいい人だった記憶がある。

 「この人はうーん…」

 これはリアクションのしづらい人物だ、そこそこというには売れすぎているが売れっ子かと言われると違うと言い切れる。売れない作家の俺が上から目線で物申すのもおかしな話なのだがなんとも言えないラインだ、しかしSNSでは彼の参加を喜ぶファンも少なくない、アニメ化を狙い面白い作品を作っているのだろう油断はできない。

 「気合を入れているところ悪いけど彼の受賞はないだろうから安心していいよ」
 「えぇ…」

 ついつい情けない声が漏れ出てしまう。

 「一度読んだことがあるが光るものがない、まぁ少し前の九重君よりは面白かったけどね」

 余計な一言をスルーできるようになってきた、それでもいつまでも言われるのは確信している。

 「君の受賞確立は60%といってところだね、問題は…」
 「陽太お前や、二人がコンビで有名になれるかはお前の絵の上達次第」
 「じゃあ頑張るしかないですね!!」

 陽太の軽い返事で会話と食事を切り上げ作業に戻る、俺は黙々と執筆をし陽太とMyuiはガヤガヤと絵を描き師匠は皆を見守っている。受賞確立が六割と言われたが自分ではそんなに確立が高いとは到底思えない、年齢制限があり誰でも応募できるわけではないがアニメ化確約ということもあり知名度はかなり高い賞だ、成長しているとはいえ確かな手ごたえを感じているわけではないし全くの無名からいきなり現れる天才もきっといるだろう。俺はただひたすらに面白い物語を作るしかない、途中で思いついた展開も考えすぎずどんどん取り入れた。

 流れで書き進めていたのだがここで初めて手が止まる、復讐物語にしたが元凶である王様陣営と勇者を殺したクラスメイト達をどちらから始末するのかで悩む。王様や国を倒すとお尋ね者になり逃亡劇になってしまうので先にクラスメイトと魔王を倒すことにする、ただ勇者がアクシデントがあったとはいえ負けた相手に主人公が勝てるのかという課題も残っている。椅子に座り本を見ている師匠に質問する。

 「師匠ここ見て欲しいんですけど、定番な強化イベントでいいのかなって考えているんですけど」
 「それでいいと思うよ、あとは涙を誘うような感動シーンを挟もう」

 想像以上に具体的なアドバイスに驚く。

 「感動シーンですか…洗脳されて勇者を殺した仇だけど友達を殺すのを少し躊躇してしまうみたいな?」

 ここまで助言を貰ったら流石にアイデアが浮かんでくる。

 「そうだド定番にも程があるが大体そんな感じだ」

 一言多いが心を落ち着けスルーする、俺はスルースキルの九重龍だこんなことでは動じないぞ。

 「ありがとうございます、やってみます」

 ソファに戻り執筆を再開する、クラスメイト全員に思い入れがあるわけもないので友達の田中と誰にでも優しかった泉さんにだけ殺しを躊躇するシーンを入れる。あの世界に飛ばされたのが転移直前で躊躇するほどの思い入れなどは体験していないはずだが、俺の脳内に田中や泉さんとの思い出が溢れ出てくる。田中とはよくある学生時代をともに過ごしたときのこと、泉さんは陰キャという理由だけでハブられていたときに助けてもらって記憶。だからこそクラスメイトは陰キャの主人公のことも逃亡の際に仲間外れにしないで誘てくれたのだ。それを踏まえるとこの二人だけは殺さないでいいのかもしれないと作者の俺も思ってしまう、しかしこの二人も洗脳を受け思いやりを無くし勇者に攻撃を仕掛けている、許すことは出来ないはずだ。だからこそ殺したときの葛藤を描写でき涙を誘うことが出来るのかもしれない。勇者という現在大事な人を選ぶのか元大事にしていた友人を選ぶのかで葛藤する主人公、構想がまとまったので形にする、ここだけは流れで書かずに丁寧に慎重に物語を作り上げていく。師匠にスピードだけは褒められたがそれを捨ててでもいいシーンにしたかった。書いては消しの繰り返しを続けているうちに主人公に感情移入し目から涙が零れる、自分で書いた作品で泣けるなんてクリエイターとしては誇らしいことなのかもしれないけど俺以外の三人は確実にバカにしてくるだろうから声を押し殺して静かに感動を堪能する。きっと師匠は気付いていたんだろうけどなにも言わなかった。

 どれだけ時間が経ったか分からない、合宿も終わりが見えてきた頃ようやく勇者と主人公の再開のシーン直前までを書き上げることが出来た。疲労はないが達成感が湧き出てくる、まだ全文を書き終わったわけではないので気が抜けすぎないよう注意しなくては。

 「合宿はここまでだ」

 師匠の一言が相当嬉しかったのか陽太は椅子から飛び上がる。

 「あぁ~疲れたー!!」
 「嘘つくなや!疲れとる訳ないやろ」

 その通り、疲れは全く感じない体に改造されているのでその一言だけはあり得ないが気持ちはなんとなくわかる。

 「では進捗を確認し終了としよう」
 「じゃあ俺のイラストから見てくれよ」

 言われるがままに陽太の絵を見させてもらう、そのイラストは同一人物が描いたとはとても思えないほど綺麗で迫力があり見入ってしまうほどの完成度だった。老若男女、人以外の動物やモンスターまで種類を問わずスゴイとしか言いようのない出来栄え、陽太はこの合宿で一皮いや二皮三皮も剥けたのを感じる。

 「いや、すごいな…まじでそこらのイラストレーターなんて目じゃないほどだ…」

 惜しみない賛辞を贈る。

 「当たり前や、俺が一週間も教えてやったんだからな!」

 まだMyuiのレベルに到達したとは言えないが着実に近づいてはいる、直接口に出すと暴力が飛んできそうなので心の中で留めておく。

 「それにフォロワーも2万人になったんだぜ!」
 「まじかよ!!!」

 あのシーンを書く前なら嫉妬も感じていただろうが良いものを書けた自信があるので今回は喜びしかない、更に目標に向かって進んでいるのを実感する。

 「次は九重君のを二人に見てもらおう」
 「結構量あるから読むの時間かかりますよ?」
 「問題ない、直接頭のなかにぶち込む」

 俺の心配は人外パワーで吹き飛ばされた。師匠の指パッチンで二人が少しフリーズしたと思ったら陽太は急に泣き出した。

 「これメチャクチャ感動するな~」
 「せやな、ここに俺一人だったら泣いてたかもしれんわ」
 「ええやん龍!新山のよりいいの書けとるわ!!」

 余計なことを言わないでもらいたい、あとで痛い目を見るのは俺なのだから。

 「では今回はこれで解散だ、それぞれ家に帰すがいつ招集されてもいいように心の準備を頼むよ」

 師匠が話終わると自宅に瞬間移動していた、綺麗で豪華なあの別荘とは比べ物にならない部屋だが安心感がある。改めて合宿で執筆したところを読み返すとまたしても涙が出てくる、今回は感動だけではなく俺でもこんなにいいものが書けるのだという嬉しさの涙も混じっている。一人で泣きながらガッツポーズをしてベッドに飛び込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

神によって転移すると思ったら異世界人に召喚されたので好きに生きます。

SaToo
ファンタジー
仕事帰りの満員電車に揺られていたサト。気がつくと一面が真っ白な空間に。そこで神に異世界に行く話を聞く。異世界に行く準備をしている最中突然体が光だした。そしてサトは異世界へと召喚された。神ではなく、異世界人によって。しかも召喚されたのは2人。面食いの国王はとっととサトを城から追い出した。いや、自ら望んで出て行った。そうして神から授かったチート能力を存分に発揮し、異世界では自分の好きなように暮らしていく。 サトの一言「異世界のイケメン比率高っ。」

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

処理中です...