堕ちた聖騎士は淫魔の王に身も心も捧げたい。捧げた。

リタ

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イドル・リリーは上機嫌

5 快楽の部屋:I

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「それではわたしは戻ります」

 言うと、身支度を整えた騎士が「え」と小さく声をあげた。
 イドル・リリーに男根を入れたまま日の出を眺め、一睡もしていない騎士の顔色はとても良い。むしろ溌剌として元気いっぱいだ。これもドラゴンの血の加護なのだろうか。

 もちろん、騎士の芳醇な精を腹にたっぷり飲み込んだイドル・リリーも調子は上々だ。今なら豊穣神リーベルと殴り合っても勝てそうな気がする。殴り合ったこともないし、殴り合う予定もないけれども。例えばの話だ。

「わたしがいると騎士様の邪魔になりますからね」
「イドル様が一体何の邪魔になるとおっしゃるのですか」
「魔物が逃げます。彼らも一応、魔界に属するものですから」

 騎士は何も言わず、イドル・リリーを見つめた。
 イドル・リリーも視線を返す。

 明け鴉が遠くで鳴いている。

 魔物は魔王の配下だ。直接従えている眷属よりずっと弱い存在だから、魔王に近づいただけで消滅することもある。呼ばれない限り、魔王に近づく魔物はいない。

「イドル様、質問をお許しください」
「なんでしょうか、騎士様」
 騎士はイドル・リリーの前に両膝をつき、首を垂れた。

「私は、御身に属する魔物を討ってしまったことは……あるのでしょうか」
「ええ? えっと、さあ……どうでしょう?」

 騎士のこれまで生きてきた道は夢を覗いて見知っている。だが、倒した魔物をすべて確認はしなかった。興味もなかったし。

「配下といっても、増えすぎたり減りすぎたりしないように気にかけているだけですよ。騎士様が案じるようなものじゃありません」
 イドル・リリーは騎士の髪を撫で、旋毛のあたりに口付けた。

 かわいい人間。
 とてもかわいい。

「御身を害したことはないと?」
「ありませんよ。騎士様はいつもわたしを気遣ってくださいますね」
 騎士はイドル・リリーを貴婦人のように扱う。くすぐったいが、悪い気はしない。
 髪を梳き、もう一度口付けてやる。

「早くお戻りください。待っていますよ」
「命に替えても」
 仕事は、昨日のうちに半分はこなしたらしい。つまり、まだ半分残っている。
 騎士は凛々しく立ち上がった。
 イドル・リリーは笑顔で手を振り、街に戻った。




 城塞都市バンダルは既に目覚めて、動き出していた。
 人間たちの生きる気配は賑やかで良いものだ。

 イドル・リリーはすぐに家には戻らず、歩き回ってみることにした。とても力が溢れていて、気分が良かったからだ。人間風に言うならば、腹ごなしの散歩だ。

 バザールとは反対側の区画には大きな建物が立ち並んでいる。それぞれの敷地も広く、塀も門扉も立派な邸宅街だ。大商人や貴族の持ち物らしい。
 そういう屋敷の使用人たちは裏門を使うから、表通りは富裕なものたちの馬車が行き来するばかりで歩く者は多くない。飾り立てられた車も馬も美しいから、眺めるのにはぴったりだった。
 イドル・リリーはゆっくり歩き出した。と。

「おい、医者先生! こっちだ!」
 大きな屋敷の前で声を掛けてきたのは見覚えのない男だった。バザールでは滅多に見かけない襞襟付きのダブレットを着ている。

「わたしですか?」
 はて、と、イドル・リリーは首を傾げつつ屋敷を見上げた。

 この通りの中でも一際立派な大屋敷だ。裏庭には相当の木々を植えてあるようで、屋根の向こうにちらちらと葉影が揺れている。門から館の入り口までもかなり距離があって、正面の馬車寄せも広い。

「いいから早く入ってくれ」
 呼ばれた覚えはないけれども、招かれれば別だ。イドル・リリーは男に腕を掴まれて、門扉脇の通用口から中へ連れ込まれた。
 男はイドル・リリーを引きずるような速足で、庭を横切って進んだ。本館とは別棟に行きたいようだ。

「あんたの師匠から話は聞いている。謝礼はいつも通りだ」
 イドル・リリーの師匠とは誰のことだろう。そういう存在を持つことはないので、誰かと取り違えているのだろうなとは思う。

 だが、ちょっと面白そうだ。

 それに何より、向かう先からイドル・リリーの好む気配が漂ってくる。
 悦び。淫心。歓楽。愉悦。耽溺。
 まだ朝に近い刻限なのに、深い色欲の匂いがするのだ。

「若様のいつものお遊びなんだが、慣れてない娘がいたようでな。目を回して起きないんだ」
「それは心配ですねえ」
「心の臓は動いてるけど、さすがに医者を呼ばないわけにはいかなくてな」
 怪しい薬が出回っていて何人か死んだという噂はイドル・リリーも知っている。そういうものを飲んだのだろうか。

 襞襟付きの男に案内されたのは離れの棟だ。平屋で、そう大きくはない建物だ。屋根は丸く、木々と荊棘の生垣に隠されている。たくさん窓がついているが、中を覗き見ることはできない。窓は全部、見せかけだけの飾りだからだ。
 出入り口はたった一箇所、両開きの大きな扉のみ。使用人用の出入り口さえない。

 淫靡を燻らせているのはここだ。

「なんて素敵な場所でしょう」
 イドル・リリーはうっとり笑んだ。

 どんなに満腹でも食後の甘味には我慢がきかずに手が出てしまうのだと、パン売りの女が言っていた。イドル・リリーもまったく同感である。

「金がかかってるのは間違いないよ」
 鼻で笑って、男が扉を開いた。

 入ったところは狭いなりに邸宅風のホールになっていて、正面と左手に扉があった。床も扉も、飾り柱も磨き抜かれて輝いているし、置かれた調度も豪奢なものだ。丸屋根の付け根あたりにある小窓から入る光を遮る帳は金糸銀糸で愛の女神の意匠が刺繍されている。

 強い香は正面の扉だが、案内されたのは左手の小部屋だった。

 ごちゃごちゃと飾りの多い狭い部屋には、寝台もあった。そこに若い娘が裸で横になっていた。膝を立てて開いているから秘所も顕わだ。よく潤んだ女唇が張形をがっちり咥え込んでいるのがよく見える。意識はなさそうだ。
 激しく交わって気をやって、そのままというところか。

「なんとかなるかね」
 寝台の側で、イドル・リリーと並んで立った男が言った。

「さあ、どうでしょうねえ」
 イドル・リリーは娘の下腹に手を翳した。娘は体が浮き上がるほど強く震えた。

「目を開けなさい」
 開いた瞳は澄んだ緑で、ガラス玉のように正体がなかった。恍惚として、口の端から涎を垂らしている。
 そのうえ、見ているうちに両手が持ち上がり、自分の乳房を揉みしだきはじめた。腰もゆすって、飲み込んだままの張形を味わっているようだ。
 荒淫のせいか、質の良くない淫香を吸ったのかの別はともかく、まったく正気ではない。快楽に飢えた人形になってしまっている。

 人間は本当に面白い。
 手を出さなくても勝手に淫欲で身を滅ぼしてくれる。

 この娘は放っておいても性に溺れて耽り、三日もせずに息絶えるだろう。

 それにしても、いい匂いがする。
 もうひとつの大きい部屋からだ。

 襞襟付きの男はイドル・リリーの腕を掴んだ。
「おい、これは一体どういうことだ、医者!」
「見ているばかりでつまらなかったんでしょう?」
 怒鳴って開いた男の口に、軽く息を吹き込んでやった。
 淫魔の王の吐息の効能は抜群だ。どんな媚薬よりも効き目があって、しかもすぐに効く。

「……ぅあぅっ……あっ!」

 男の息が一瞬で荒くなった。襞襟を毟り取ってホーズを脱ぎ捨て、裸の娘にのしかかる。すぐに張形を引っこ抜き、代わりに猛った自身を突き入れて動き出した。

「……あぁん……ぁあん」
 娘の啜り泣きのような善がり声があがる。押し上げられて漏れているだけだろうが、気持ちよさそうで何よりである。

 ここはこれで良い。
 イドル・リリーはふわりと浮き上がり、すぐにもう一つの部屋に移った。
 

「これはこれは」


 イドル・リリーはじんわり笑み、口元に指先を添えた。

 外から見るよりは広い部屋の中はいくつもの裸体が蠢いていた。十二、三。いや十五か。
 部屋の明かりは薄暗く、炊かれている淫香のせいで煙っているようだ。どこででも寝転がれるように厚手の絨毯のあちこちで、裸の男女が交わっている。男と交わる男も、女と交わる女もいる。三人、四人で組み合っている者もだ。

 気持ち良ければ凹凸など問題にもならない。

 酒と料理もあるが、皆、肉欲に夢中になっている。くんずほぐれつ。局部がぶつかりあう音。体液と熱が蒸れこもって、とても芳しい。

 この中に、襞襟付きの男が言った『若様』がいるのかもしれないが、見分けなどつかない。皆、快感に浸りきっているからだ。
 さっきの娘ほど正気を失っている者はいないが、それではつまらないだろう。せっかく朝まで楽しんだのだから、もっともっと、求めたらいい。

 その手伝いなら喜んで。

 すでに悦楽に溺れている人間たちは一見、何も変わらない。
 ただ、淫熱が醒めないように、少し手を貸してやっただけだ。彼らが望む限り肉欲を貪れるように、箍を外してやった。空腹も喉の渇きも感じないで、楽しめばいい。

 イドル・リリーは宙空に浮かんで足を組み、手元に杯を取り出した。溢れてくる精気を集めて味わうことにする。
 熟れた精は売れない娼婦のものよりずっと甘く、量もある。甘味としては合格だ。

 それにしても。
 この淫香はどこで手にいれるものなのだろうか。
 騎士と出会ったときに焚かれていたのと同じものに間違いない。バザールで手に入るものなのだろうか。あの小さな家でも焚いてみたら、彼は喜ぶだろうか。

 ああ。
 美しく強い彼は、魔物の群れを見つけ出せただろうか。


 そう思うと会いたくなって、イドル・リリーはさっさとあの小さな家に帰ることにした。
 いつの間にか、西陽が眩しい頃合いになっていた。


   ×   ×   ×


「お待ちしておりました、イドル様」
「あら。騎士様のほうが早くお戻りでしたね」

 小さな家にはすでに騎士がいた。マントは壁に、剣もいつもの場所に立てかけてある。風呂にも寄ってきたらしくさっぱりした様子だ。随分早い帰宅だったようで、テーブルにはワインが出ている。
 イドル・リリーは、立ち上がって出迎えてくれた騎士の前に降り立った。

「バザールにいらっしゃったのですか?」
「いいえ。とても気分が良かったので、違うところを散歩していました。そうしたら美味しそうな匂いがしましてね」
 言うと、騎士は困ったように笑った。

「今日のものはお口に合いましたか?」
「悪くはありませんでしたよ」

 イドル・リリーは騎士の首に腕をまわし、体を寄せた。シャツ一枚の胸はとても逞しい。乳首が尖って存在感を増していたので、頬を擦り寄せてみた。ちょっと捏ねる動きだ。
 一瞬、騎士が腹を震わせた。

「ねえ、騎士様。あの日、地下の部屋に焚いてあった香、あれはバザールで?」
「前に居た街で手に入れたものです。バンダルのバザールでなら売っているところもあるかもしれませんが」
「あの香がお好き?」
「あれは性感を高めるためのものであって、好んでいた訳ではありません」

 なんだ、そうなのか。
 イドル・リリーは視線を上げて、騎士の顔を見た。騎士はイドル・リリーの腰に腕を回して抱き寄せ、不思議そうにしている。

 不思議なのはイドル・リリー自身だ。

 騎士が好きなら、香を手に入れようと思った自分がよくわからない。淫魔の王より性感を高められる香などないのだから、全然不要の品なのに。はて。

「イドル様。私からの貢物を受け取っていただけますか?」
「騎士様が、わたしに?」
 首を傾げると、騎士はそっと体を離して、壁にかけてあった荷物の中から小箱を取り出した。レリーフが施された美しい箱だ。

 騎士はイドル・リリーの目の前で箱を開けた。中には銀細工がおさまっていた。光沢のある青い石が嵌まっている。

「バンダル石ですね」
 バンダル周辺で採掘される特産品の貴石は海の色とも空の色とも違う青を誇って有名だ。青の絵の具にも使われる。
 イドル・リリーはその細工を手に取った。

「これは、櫛?」
「髪飾りです。失礼します」
 騎士はイドル・リリーの手から銀細工を取り、背に回った。流してある髪を掬ってくるりと束ねて、櫛を刺して留めてくれた。

「このようにすれば長い髪が落ちてこなくなります」
「すてきですね、騎士様!」
 すっかり嬉しくなって、イドル・リリーは自分の髪に手をやった。貴婦人のように、とは言わないが、髪裾の長いところが上がっていて、首筋が出ている。
 騎士がうなじに唇を押し当ててきた。細かく吸いつけられて、イドル・リリーは笑んだ。

「わたしも、あなたに何か贈り物を」
「御身の側に置いていただけるのが何よりの贈り物です、イドル様」
 うなじを愛でるのは止めない騎士に、背から抱きしめられた。イドル・リリーは力を抜いて身を任せ、少し考えた。

「騎士様へ贈るなら、剣がいいんでしょうか。それともグローブ? 剣帯?」
 元来、イドル・リリーは騎士連中には縁がない。血生臭いことは苦手だから避けてきた。
 当然、彼らの好むものにも肉欲以外に心当たりがない。はてさて。

「……でもその前に」
 イドル・リリーは尻を突き出すようにして押し上げて、当たっている熱を擦り上げてやった。一晩中交わっていたはずなのに、騎士はとても元気である。

「今夜はどのようにしましょうか」
 昨日のように腹でかわいがってやるのもいい。
 彼の腹の底を突き抜いてやってもいい。
 全身を舐めてやってもいいし、そう、喉の悦びを教えてやるのもいいだろう。
 もちろん、他に希望があるならそれで。彼の思うところで構わない。



 イドル・リリーは今日もたいへん上機嫌だ。

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