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イドル・リリーは上機嫌
娼館のにぎわい:G
しおりを挟む昨日、死体で発見された連中は腕が立つというほどではないが、一応、仕事はしていた連中だった。それがいきなり七人も抜けたら、あちこちで見つけられた小型魔物退治が滞るのは当然。
急ぎだから、ついでにこれも、と積み上げられた依頼札を丸ごと、ジェラルドが引き受けることになった。討伐報酬に急ぎ仕事分の上乗せがあるからと説得されて、それに応じたのだ。
インキュバスを呼び出すのと、今の家を用意するのに貯めていた金を全部吐き出したところだ。イドル・リリーをいつまでもあんな粗末な家に置いておくわけにはいかないから、まとまった金を作りたい。
ジェラルドは当面仕事を増やすことを約束して、一旦、帰ることにした。小刻みな仕事をこなすために、一晩野営を決めたからだ。
ことの経緯を報告すると、
「わかりました。気をつけていってらっしゃい、騎士様」
と、髪と額に口付けを与えてくれたイドル・リリーが微笑んだ。
正直なところ、一晩だって離れていたくはない。本当は昼間も一緒にいたい。だが、金も必要だ。
ジェラルドはため息を吐いて、昨晩応急修理して休んだ板戸を開けて家を出た。
城門までの道がこれほど遠く感じられたことはない。だが、行かねばならない。面倒なことだ。
最初はワーグ、次はゴブリン。バンディットキャット。ポンドワーム。ナイフ一本あれば足るような小物の群ればかりだが、目撃された場所まで行くのに時間がかかる。承知して受けた仕事だが、ロックモールを片付けたあたりで嫌気がさした。
丁度日の暮れでもあったから、ジェラルドは岩場で夜を過ごすことにした。
野営の支度といっても、背中を預けられる大きさの岩を探すくらいだ。焚き火も作らず、持ってきた携行食を齧り、座ったまま仮眠を取れば日も出るだろう。
かつての巡礼の旅を思えば大したことでもない。大神殿を巡る旅は馬も馬車も許されず、屋根の下で休むこともできなかった。それを思えば、たった一晩くらい。
ただ、恋しいのはイドル・リリーだ。
本当なら花束を持ち帰り、彼が支度してくれた心尽くしを口にしている頃合いだ。
ジェラルドはイドル・リリーを愛している。彼は愛を『わからない』と言ったが、嫌だとは言わなかった。魔王にも守るべき規範があるようで、愛は彼の管轄外のものなのだという。
ならば、それでいい。愛と呼ばなくても、彼がくれるものすべては愛に満ちている。少なくとも、ジェラルドにはそう感じられる。
結婚して、妻を持てば愛もわかるようになる。亡き母がそう言っていた。
太公国の末姫だった母は、何かの折に見かけた隣国の公爵に恋して、そのまま嫁いだ乙女心の持ち主だった。幼いジェラルドに、理想の恋を何度も語って聞かせてくれた。
イドル・リリーとは正式な婚姻はできない。
婚姻は愛の神クロアキアと豊穣の神リーベルによって結ばれて、全能なる天空の神ディエーブに誓うからだ。つまり神官が必ず立ち会う。
いくらジェラルドが聖行者であっても、相手が魔王ではできない相談だ。
だが、形式よりも実質。神への信頼など捨ててしまったジェラルドにとって、イドル・リリーは愛を捧げた唯一だ。神官などなくてもいい。
ひっそりと。
心の中で、彼を『妻』と呼ぶことだけが許されればそれでいいのだ。
「こんばんは、騎士様」
唐突な呼びかけがあって、目の前にイドル・リリーが降り立った。
たった今まで思い描いていた相手だ。夢か現か区別がつかず、立ち上がるのが一瞬遅れてしまった。
「イドル様、何かご用がおありでしたか」
「これを持ってきました」
イドル・リリーが言うと、ジェラルドの手元に花束が音もなく現れた。咄嗟に掴んだ花束はいつも持ち帰るものとよく似ている。思わず見聞していると。イドル・リリーが両手で持った小さな鍋を見せてくれた。煮込んだ肉のいい匂いがした。
「花、これを、私に……?」
「いつもの花屋ですよ」
星あかりでも視界は十分取れるが、色彩はない。
それでも、これは特別な花束だ。
イドル・リリーが、ジェラルドに贈ってくれた花。
仮にも公爵家に生まれたジェラルドは、三男という気楽さもあってかそこそこ人気が高かった。花を贈られたことも少なくない。女性も、男性も、気に入った相手にはまず花を贈って様子を伺うのだ。
そんな小手先の技を、イドル・リリーは気にすることもないだろう。でも。
「火はおこさなかったんですね。野営をする人間たちは焚き火を作るものだと思っていたのに」
困った様子で周囲を見て、イドル・リリーは首を傾げている。
「……あ、はい。慣れていますから、これで十分なのです」
「人間は温かい食べ物がお好きなんだと思っていました」
イドル・リリーが両手で持った小鍋に視線を落とした。食欲をそそるいい匂いがしている。
ジェラルドは大きく息を吸って、吐いた。
見聞きしたことが飲み込みきれない。彼に関することは一雫たりとも取りこぼしたくないのに溢れてしまいそうだ。
毎日、温かい料理を用意してくれるのは、人間が好むと思っていたからだなんてあんまりではないか。愛をわからないと言いながら、愛されていると誤解してしまいそうになる。ジェラルドは人間だ。弱く愚かで醜い人間のうちのひとりなのだ。
花も、食事も。本人までここにいる。
ジェラルドは花束を立てた剣の上に丁寧に置いた。岩に直接置くなんてできない。
「御身に触れてもよろしいでしょうか」
急ぎながらもできるだけ優雅を装って、戸惑っているイドル・リリーの足元に膝をついて請うた。
「ええ、どうぞ」
という応えを待てたのがぎりぎりだった。
ジェラルドはイドル・リリーを抱き上げて岩場に腰を下ろした。もちろん膝に抱いたままだ。
「座り心地は悪いでしょうが、どうかお許しを」
「とてもいいですよ」
イドル・リリーは相変わらず小鍋を持ったまま、ジェラルドを見上げている。彼も決して背が低いわけではないが、ジェラルドが大きすぎるのだ。
「騎士様のお顔が見たくなったので来ちゃいました。これはついででしたが、いらなかったようですねえ」
「あなたが下さるものに、いらないものなどありえません。ありがとうございます。あまりにも望外のことで言葉がうまく繋げないのです」
ジェラルドは鍋を片手で受け取り、脇に置いた。ついでに深く呼吸をする。一度、二度。三度目で少し落ち着けた、かな。
「後ほどいただきますから、その、」
少しも落ち着けてはいなかった。むしろ逆だ。
じっと見つめてくる金色の瞳を暗がりで見れば、光を帯びているのがよくわかる。人ならざる魔性の者。その美しさ。
それが直向きに自分に向けられている。
ジェラルドが唾を飲み込んだ時、男根が撫でられた。
淫魔の王の目には、ジェラルドの欲が熱りたっていることくらいお見通しだったらしい。
果てるのだけは踏みとどまれたが、もう我慢は限界だった。
ジェラルドは細い体を抱きしめた。
「……あなたを愛したい。お許し、いただけますか……?」
「騎士様のなさりたいように」
優しいことばと一緒に、イドル・リリーの両手のひらに頬を包まれた。骨そのものにも見える真っ白な手は冷たい。その手に手を添えると、口付けを与えられた。
唇同士を重ねて吸い合わせているだけで全身の血が温度を上げるのがわかる。
たまらず支えていた手で背と尻を撫でまわし、向き合って腰に跨るように誘導した。もちろん、イドル・リリーは察してくれる。
長衣をたぐると、下衣は消え失せていた。
ジェラルドは遠慮なく尻の肉を揉み、そこを解しにかかった。指を引っ掛けて襞を広げるようにしても、肉の輪はきっちり口を閉じてなかなか綻んでくれない。
かといって乱暴に捩じ込むことは絶対に嫌だ。無理に押し入ったところで、彼が怪我をすることはないだろうが、嫌なものは嫌である。
なのに。
「騎士様、ね、もうくださいな」
上体をジェラルドの胸に預けて尻を突き出したイドル・リリーの顔は、肩の上にのっている。そこから耳元に囁いて、小さなでっぱりを吸い付けるのは簡単なことだ。
たまらず身悶えると、股間を押さえつけていたコッドピースが消えたのを感じた。イドル・リリーの仕業だ。
「イドル様、イドル様、ああ!」
ジェラルドはイドル・リリーを持ち上げて、尻に己を宛てがった。ぐっと迫り上げながら、掴んだ腰を引き寄せる。深々と飲み込まれた先の心地よさに目が眩みそうだ。
「イドルさま、お慕いしております、っ、イドルさまっ」
「ぁ……騎士さま……とても、すてきです」
一度や二度、放ったところで治る淫熱ではない。ジェラルドはイドル・リリーの腹に何度も精を放ち、塗り込めるように腰をまわした。
種をつけても孕まない。彼は悪魔だ。人間でさえない。
だが、そんなことはどうでもいいくらい大切なのだ。
彼にとっての自分が餌であってもいい。むしろ、最上級の糧になれるように努力を怠らないでいようと決めている。
強請られるままに口付けをして、唾液を流し込む。
繊細な喉が動く様にもそそられる。
指の腹で休まず捏ねられている乳首の先が切ない。もっともっと、欲しくなる。気持ちがいい。たまらない。愛おしい。
悦楽と愛で頭の中が茹って蒸発してしまったのかもしれない。
ジェラルドはイドル・リリーと抱き合い繋がったまま、夜明けを迎えた。
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