堕ちた聖騎士は淫魔の王に身も心も捧げたい。捧げた。

リタ

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イドル・リリーは上機嫌

3 媚薬の効能:I

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「気をつけていってらっしゃい」
 イドル・リリーが額と頬に口付けを送ると、騎士も同じように唇を押し当てて、笑んだ。

「ありがとうございます。いって参ります」
 今日も近隣に出没している魔物を討伐しに出かけるらしい。
 城塞都市を訪れる隊商の安全のために必要な仕事だ。人間は魔物に襲われると簡単に喰われてしまうので、強い者に先に倒して貰うようにしたのだ。

 分業は世のことわり。聖なる七神の導きによって人間たちが営む世界はなかなか合理的である。
 美しく強い騎士には目を瞑ってもできる仕事だろうが、苦ではないようだ。

 イドル・リリーは戸口に立って騎士を見送り、寝台に戻った。
 東の国から入ってきたという巻いた書物を開くのを楽しみにしていたのだ。峻険な山脈や砂の海で隔てられているが、あちらはあちらで楽しいものがたくさんある。直接見たのは二千年以上前のことだが、今もきっと楽しいだろう。

 どこにいても人間たちは面白く、興味深い。

 イドル・リリーはすっかりいい気分になって巻物を手に取り、クッションの上に寝そべった。東の国々の文字は上から下、右から左へと読み進めるのだ。久しぶりに眺めるからか、文字の形からもう面白い。

 経典でもなく、史書でもなく、日記でもなかった巻書には詩が書かれていた。戦に出る兵士の詩、見送る妻の詩。愛の詩、酒の歌。種々雑多な詩文を集めている詩集だった。

 時々、声に出して謡ってみながら読み進めていると、戸口を叩く音がした。
 いつの間にか日は中天に昇ったようで、窓を閉じてある板の隙間から入る日は明るい。

 書物を放り出して迎えに出ると、騎士が立っていた。気配が近づいてくるのはわかっていたので、それ自体は驚くことではない。

「イドル様、ただいま戻りました」
「おかえりなさい、騎士様。今日は随分と早いんですね。まだ食事の買い物には出ていないんですよ」
 イドル・リリーは言って、騎士を見上げた。

「討伐ギルドは警吏に封鎖されてしまって仕事に出られませんでした」
 騎士は迷惑そうに肩を揺らした。

「夜更けに城裏の西地区で異臭騒ぎがあったそうです。小屋の中で討伐ギルドに登録していた者が七人、死んでいたとかで」
「まさか、臭すぎて死んでしまったんですか?」
「わかりません。警吏の説明によれば、獣と汗と糞尿と精液の蒸れこもったとんでもない悪臭の中で、一人の男を輪姦していたそうです」

 あら。
 騎士の説明の不可思議に、イドル・リリーは首を傾げた。

 小屋の中の男たちは死んでいたのに交わっていたのだろうか。交わりながら死んでいたのだろうか。交わっていたから死んだのかも?

 よくわからないが、あの淫紋では死ぬことはない。まあ、過ぎた悦楽で正気は失うかもしれないけれど。
 ということは、警吏とやらが彼らを始末したのかもしれない。臭くて役に立たない獣を、人間たちはとても嫌う。

「……おぞましい話だ」
 騎士が深々と息を吐き出した。

 きっと、なんとかという公国の地下牢での有様を思い出したのだろう。夢を覗いて見た彼はとても酷い目にあっていた。

 イドル・リリーは手を伸ばし、騎士を抱きしめた。揉み心地の良い胸に頬をくっつけて見上げると、眉間に浮かんだ皺は消えていた。

「……ありがとうございます、イドル様」
 騎士はイドル・リリーの頭のてっぺんあたりに口付けを寄越した。

「とにかく、違法薬の使用の疑いがあるとかで、討伐ギルドは警吏に調べられています」
「騎士様も?」
「事情を聞かれましたが、死んだ連中のことはよく知りません」
「おや、彼らはお友達ではなかったのですか」
「違います」
「そうなんですか」
 イドル・リリーはふうん、と、首を傾げた。

 この美しい騎士の乱れた様を知っていたから友達なのかと思ったが、そうでもないのか。人間同士の関わりは難しいものだ。

「まさか……奴らが無礼を?」
 声を固くして、騎士がイドル・リリーの顔を覗き込んできた。せっかく消えた眉間の皺が帰ってきていて、ついでに視線まで険しくなってしまった。

「騎士様のことが羨ましいって言ってました」
「あなたのお側に侍ることを許されているからでしょう。厚かましい」
「違うと思いますよ」
 笑って応えると、騎士はちらりと考えて、いつもの柔らかな表情に戻った。良かった。

「そんなことよりも、イドル様」
「はい、何でしょう」
「バザールにいらっしゃるなら、お買い物のお供をお許しいただけますか?」
「もちろんです!」
 イドル・リリーは体を浮かせて、騎士の頬に口付けた。




 昼間のバザールは賑やかだ。食べ物、生き物、着る物、見る物、飾る物。おおよそ何でも手に入る。行き交う客も多いし、店もたくさん出ている。ほとんどが天幕を張った露天商だが、イドル・リリーがよく行く書物屋は建物を構えた店だ。倉庫が必要になるからだろう。

「騎士様と一緒に来るのは二度目ですね」
 出会った日、古塔に籠る前に彼のための食べ物を買った。
 あの時は一晩で帰るつもりだったのに、すっかり騎士の側に居着いてしまったのはイドル・リリーだ。魔界にいてもやることはないから、特に問題はない。

「今日はどちらの店からご覧になりますか?」
「書物屋に。今日、荷が入ると言っていましたから、後で行こうと思っていたんですよ」
「ではそのように」
 騎士は頷いて、書物屋の方に向かって歩き出した。イドル・リリーの片手は取られているが、少しも歩きにくくはないのが興味深いところだ。

 そういえば騎士は読みたい書物はないのか訊いていなかったなと思ったところで、こちらに呼びかける声に気づいた。

「騎士様のことを呼んでいるのでは?」
 イドル・リリーが視線で示すと、騎士が振り返った。花売りの男が跳ねながら大きく手を振っている。何か用がありそうである。

「騎士様はお友達が多いですね」
「いえ、そういう訳では」
「わたしはこの店を見ていますから、どうぞ」
 イドル・リリーは促して、すぐ側で商っている天幕の前に立った。細かな模様が描かれた小さな瓶がたくさん並んでいて、目に楽しい。中身は、飲み薬のようである。

 騎士は一礼して、花屋の方に向かって行った。一歩が大きくて、抜けた頭があっという間に遠ざかっていく。花を買っている店なのだろうか。馴染みの店ができるのは愉快なことだ。

「これは何ですか?」
 イドル・リリーは小さな瓶をひとつ手に取った。花の意匠が描かれている、手のひらにのる大きさの瓶だ。やはり液体が入っている。

「媚薬ですよ、学者先生」
 店主が頬を持ち上げるように笑った。
「これが? 媚薬?」

 こんな効果のないものが?

 いや、体の熱が少しあがるくらいはするかもしれないが、この程度では勃起もしないだろうし、濡れないだろう。それとも、効能発動の呪文でもあるのだろうか。人間は時々、予想外の魔法を考え出すから。

「ご入用じゃありませんかい? ……お強いんでしょ、あの旦那」
 ニヤつく店主が手に持っていた羽飾りで、イドル・リリーの頬に触れた。猫を愛でるみたいに喉もくすぐられる。
「だからね、もっと可愛がって貰えるお薬ってわけですよ」


「へぇ。面白いですね」


 媚薬というからには、胎の底も子袋も、男根も女唇も熟れて滴らせて当然だろう。子種もたくさん。たっぷり増産して欲しい。果てても尽きず、身悶えて飢えて、もっと欲しくなるのがよい。気も昂って、敏感にならなくては。
 たとえば、風に嬲られても極められるくらい。髪の先から爪の末端まで、肌の全部の感度が肉の芽と同じになるのはどうだろう。

 イドル・リリーは店先に並んでいる小瓶を眺め渡した。元々が媚薬、イドル・リリーの管轄なのだ。視線ひとつで魔力が馴染む。

「では、ひとついただきましょう」
「あいよ、精々旦那に可愛がって貰いなよ、先生」

 手のひらにのせていた瓶の代金を支払ったところで、騎士が戻ってきた。手には小さな花束がある。今日の花は黄色い、少し大きめの花弁のものだ。

 イドル・リリーは騎士と並んで歩き出した。
「きれいですね」
「私のために仕入れてくれたとのことで」
 騎士はくすぐったそうに笑った。

 涙と涎でぐしゃぐしゃになって、極めている様もいいけれども、こういう笑顔は殊更愛らしいものである。
 イドル・リリーも笑み返した。

「イドル様も何かお求めに?」
「はい、どうぞ」
 瓶の口を開けて手渡すと、一息に。騎士はその場で中身を飲み干し、そして盛大に顔を顰めた。

「美味しかったですか?」
「……いえ、何か、甘ったるくて、その、喉に絡みます」
 数回、咳をしてから騎士は首を捻った。

「これは?」
「媚薬ですって」
「は?」
 騎士は目を丸く見開いて、空っぽになった小瓶とイドル・リリーを見比べた。

 もう効き目が出てきたのだろうか。
 他の瓶にはイドル・リリーが効能を加えてやったが、これは人間が作ったものだ。そこまで効かないとは思うのだけれども、騎士も一応、人間だ。ちゃんと効いたのだろうか。

 騎士は胸を押さえて、イドル・リリーを見つめている。たしかに、鼓動の数が増えている。

 それになにより。
 瞳の奥が濡れているのを見逃すようでは、淫魔の王とは名乗れない。

「戻りましょうか」
 笑みのままの唇から舌先を覗かせると、騎士はわかりやすく生唾を飲み込んだ。かわいい。
「……はい、イドル様」





 粗末な板戸を破るような勢いで開けた騎士は、それでも恭しく、イドル・リリーを部屋の中に導いた。

「今日はこのまま、というのは如何ですか、騎士様」
「このまま、ですか?」

 辛うじて戸を閉めた騎士はイドル・リリーの足元に両膝をついた。
 花束は受け取り、先に枕元へ送ってある。朝には枯れる小さな花だが、毎日ちゃんと楽しんでいるのだ。

「そのまま。戸に手をついて立って。背中を向けてください」
 騎士は立ち上がり、言われた通りに動いた。イドル・リリーに背を向けて、尻を突き出しているところが淫心を隠していない。実に好ましい。

「もう少し足を開いてくださいね。……では」
 イドル・リリーは騎士の腰を両手で掴んで固定して、ダブレットの裾に頭を突っ込んだ。尻のはじまりのあたりに鼻を押し付けると、騎士の背が面白いように震えた。

「い、イドル様、まさか」
 怯えているようにも聞こえるが、聞き逃せない期待が響いている。イドル・リリーは応える代わりに口付け、舐めた。
 イドル・リリーは魔界七公に数えられる悪魔だ。目の前にある布など、ないものにもできる。

「……ぁああっ……!」
 騎士が大きく喘いだ。
 ホーズをずらしもないまま尻の穴を舐められて、驚いたのかもしれない。

「こういうのはお嫌い?」
「いえ、あの……っ」

 言い淀むので、イドル・リリーはもう一度、穴を舐めた。今度は縁と細かな皺を面で舐め、細くした舌先で内側の肉にも触れてやった。
 コッドピースを弾き飛ばしそうな勢いで、男根が勃ちあがる。

「いかがですか?」
 頭では脱いでいないと理解しているだろうに、感じるのは生の触感だ。混乱と困惑でいっぱいだろう。

 けれども、それ以上の期待で胎の奥が蠢きだしている。

 イドル・リリーは手のひら全部で騎士を愛撫しながら、片方は下腹へ、もう片方は男根へとすすめた。
「あっ……ああ」
「出さずに果てるのが本当にお上手ですよ、騎士様」

 わざと大きな音を立てて穴を吸い、褒めてやる。肉筒が舌を締め上げてきた。男根は脈打って、灼熱だ。

「気持ちいい?」
「き、もち、いい、いいです、イドル、様ぁっ……んん!」

 気持ち良いことをちゃんと認められたらご褒美を。
 イドル・リリーは差し入れた舌先を丸い針にして、肉の芽を突いてやった。

 熟れて、よく実った果物のような肉の芽がびくつき、熱い肉が猛烈に締まって、一気に緩む。
 ああ、強すぎてしまった。

 痙攣している背中を見上げ、イドル・リリーは舌を一旦引っ込めた。
 腹と股間を優しく撫でさすり、尻穴に柔く何度も口付けて宥めることにする。息づきながら綻ぶ穴は実にかわいらしい。
 騎士は板戸に指を立てて呼吸を整えようとしている。板戸は軋んだ悲鳴を上げてる。割れそうだ。

「イドル様、イドル、さま」
「はい、騎士様」
「どうか、奥まで、どうか……腹に、わた、しの、奥を」

 下腹を撫でるイドル・リリーの手に添えられた手は小刻みに震えている。

「ええ、あなたのお望みのままに」
 イドル・リリーは後ろから騎士の背に沿うように体を起こした。下腹を撫でるのはそのまま、股間を愛でていた手は胸へやる。

 彼の好む大きさにした男根を擦り付けると、尻を揺すって強請られた。無意識なのだろうが、とても淫らだ。気持ちが良いことを受け入れ、溺れようというところがすでに美味しい。

 イドル・リリーは人間の精、つまり、生命力を喰らう魔王だ。対価は至上の悦楽。体はもちろん頭の中まで溶かすこともできる。

 彼の望むまま、イイところ全部を擦り上げ、胎の底から腹いっぱいに満たしてやろう。
 胸を揉み、乳首を捏ねてやろう。
 それから、耳。小さな耳珠の感度は良くなってきているから、鼓膜まで悦で震えることだろう。

 板戸が割れたら、まあ、それはそれ。



 イドル・リリーは今夜も上機嫌だ。

 
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