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イドル・リリーは上機嫌

  ギルドの男たち:G

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 城門を出て街道を西へ、最初の分岐で北に向かう。
 魔狼ワーグの群れが暴れているというのは、バンダル北の平地だった。さらに北側の山地を越えてきた隊商を狙っているらしい。

 慣れていようと山越えは体力がいる。疲れている人間を狙うのは理にかなったやりかただ。ワーグは利口なのだ。
 まだ隊商が下りてくるにも早い刻限の街道を急ぎながら、ジェラルドは自分の耳に触れた。

 今まで意識したこともなかった耳の、顔側にある小さなでっぱりを吸われるだけで先走りが溢れるなんて想像したこともなかった。昨晩、たくさん吸われたせいか、熱っぽくも感じる。

 試しに指先で捏ねてみたら、腹の底がずくんと疼いた。

 これは、いけない。

 ジェラルドは咳払いして、咳き込んで、なんとか熱をやり過ごした。

 魔王イドル・リリー。
 ジェラルドの王にして愛。

 彼の手管が素晴らしすぎて、触れられると快楽に溺れてしまう。だが、そのおかげで日のあるうちは淫熱にうかされることはなくなった。苛つきも減って、ただ早く彼の腕に戻りたくなるだけで済む。

 以前は違った。

 寝ても覚めても疼く胎の底を持て余し、萎えない男根を押さえつけて生きていた。あれは地獄だった。無限に続く責苦だ。
 世界樹の葉でも、神々の加護でも、ドラゴンの血でも癒されなかった焦心を消してくれたのはイドル・リリーだ。

 ああ、早く彼に会いたい。


『待っていますね』


 今朝のイドル・リリーはわざわざ城門まで見送りに出てきてくれた。バザールに遊びにいくついでだとはいえ、とても嬉しかった。

 愛しい妻に見送られ、戦場に発つのは騎士の夢のひとつだ。少しだけ、その気持ちが味わえた。

 イドル・リリーはジェラルドに悦びを与えてくれる。
 体にはもちろん、心にも。

 体の熱を上げながら白皙の面差しを思い描く間に、周囲の木々はすっかり深くなっていた。

 山脈を越えて下ってくる隊商路沿いには集落はない。耕作地に向かないのと、宿場を設けるだけの場所がないからだ。その代わりに野営地にもなる休憩場が整えられている。木を拓いて更地にならされただけの空き地だが、水場が用意されている。

 賢いワーグはここを狙う。周辺にじっと潜み、野営する獲物が寝静まるのを待って襲いかかってくる。
 ジェラルドは足を止めた。

 山道を登って最初の休憩場は血塗れだった。燻った焚き火、崩れた荷物。食い荒らされた人間の死骸。ワーグは腑を好む。
 ざっと見て、昨晩から今朝にかけてのことだろう。山越えに時間が掛かって日が暮れ、ここで最後の野営をしたのが狙われたと見ていい。
 とすれば、群れはもうここにはいない。この先かさらに先の休憩場の付近、明るいうちに身を潜められるところにいる。魔狼ワーグの被害は故郷でも多く、見習い騎士の頃から何度も討伐してきた。習性は熟知している。

 ジェラルドは間道に入って急ぎ登り、そして発見した。

 魔狼の群れは休憩場から少し離れたあたりにいた。昼間、ワーグたちは木の上で休むのだ。潜んでいる間は人間が通りかかっても唸りも襲いもしない。
 それが狙い目だ。

 ジェラルドは剣を抜き放ち、手近な木ごと、樹上のワーグを斬り伏せた。まずは一匹。
 急襲を受けた群れの動きは早い。

 潜んでいた魔狼たちが次々にジェラルドに飛びかかってきてくれた。手間が省けるというものである。
 一振りで三匹、四匹。急所を知っている魔物の動きは読みやすく、無駄もない。ジェラルドはその場に突っ立ったまま、群れを仕留めた。

 ワーグの毛皮は交易品として喜ばれるので、死体はそのままでいい。狩った証は舌だ。面倒くさい作業だが、討伐依頼として受けている以上、仕方がないことでもある。
 ジェラルドは魔狼の舌を切り取り、死体を積み上げてその場を去った。



   ×   ×   ×



 討伐ギルドに報告を入れた後、ジェラルドはバザールに立ち寄った。いつものように花束を買い求めて家路を急ぐ。

「待て」
 もう少しで帰宅というところで呼び止められた。

 居丈高な呼びかけ通り警吏だった。バンダルの警吏隊は剣も槍も持つ武装集団だ。商業都市であるから、治安維持にも注力しているのだろう。
「何だ」
 振り返り、ジェラルドは問い返した。
 古典的な頬当て付きの冑と鉄胴を付けた警吏はいかにも体格のいい男だった。討伐ギルドでも仕事ができそうな面構えだが、荒くれ者たちを取り締まる側だ。

「この家で人殺しがあった。不審な音や話し声を聞かなかったか?」
 警吏が顎で示したのは隣家だ。
 ジェラルドは首を傾げた。隣人のことなど気にかけたこともない。

「若い物売りの夫婦の家だ。死人は三人。夫と妻の父、その真上で妻は首吊りだ」
 夫と妻の父は交わっていた最中に滅多差しに刺殺されたようで、互いの精液と血でどろどろに汚れていたという。特に男根はぐちゃぐちゃに潰され、竿も嚢も挽き潰されていたらしい。それを見下ろして妻が首を吊っていたというのは、かなりの惨状だ。
 説明しながら現場を思い浮かべたのか、警吏が唇を歪めた。

「昨晩なら、私もさいも何も気づかなかった。昼間は出かけているし役に立てることはない」
「奥方がいるなら、奥方からも話を聞きたい」
「断る。妻は深窓の出の可憐なひとだ。そんな話を聞かせられるものか」
 言い切ると、警吏はジェラルドを値踏みするように視線を動かした。手に持った花束に特に目を止めて、肩を竦める。

「ここにはいろんな人間が流れ着く。駆け落ち者だって珍しくない。あんたはいい街を選んだよ。まあ、がんばれよ」
 警吏はジェラルドの腕を軽く叩き、離れていった。次の証言者を探すのだろう。町場の警吏というのも面倒の多そうな仕事だ。
 ジェラルドは警吏を見送り、自宅の戸を叩いた。

「おかえりなさい、騎士様」
 開けるより先に戸が開き、イドル・リリーが出迎えてくれた。

 なんということか。

 ジェラルドは痩身を隠すようにして家の中に入るように促し、板戸をしっかり閉めてから片膝をついた。
 今の警吏の話を聞かれたのだろうか。断りもせずに、彼のことを『妻』と呼んでしまったのに!

 内心の怯えを飲み込んで挨拶を述べ、ジェラルドは花束を差し出した。イドル・リリーは額に口付けをくれた。
 どうやら、聞かれてはいなかったようだ。ほっとした。

「今夜は魚を買ってきました。お嫌いでないといいんですが」
「あなたから賜るものが嫌いなんてありません。お心遣い、感謝いたします」

 こころ尽くしの食事をしながら、隣家のことを報告した。やはり好まない類の話だったようで、彼は「血生臭い」と表情を曇らせた。

 悪魔は人間を嬲り殺して楽しむのだと、神官たちは語っていた。
 が、少なくとも、イドル・リリーもインキュバスたちも友好的で気さくだ。楽しいことや美しいものが好きだと言って花束を喜ぶイドル・リリーに惨殺死体の話は似合わない。当然だ。

「ねえ、騎士様」
「はい」
 呼ばれ、ジェラルドは食事の手を止めた。

「今日はどうされたいですか?」
 囁かれて、ジェラルドは頬に血が上るのを感じた。

 一日中、彼に焦がれていたのだ。抱きしめたかったし、それ以上に抱きしめられたかった。離れがたい気持ちのままひとつに繋がっていたくてたまらない。

「……胎の奥まで、イドル様をお迎えしたいと思っています」
「それから?」
「耳の、ここを……、昨晩のように吸っていただけたら」
 どこをどうして欲しいのか、どんな愛撫が欲しいのか。気持ちが良いときには言葉にして、感じたいだけ感じればいい。
 淫魔の王はずっとそう言ってくれている。

 朝から重ねた我慢の結果、股間は沸って尻が浮きそうなほどだ。

 イドル・リリーに抱かれるようになって気がついたのだが、尻穴と下腹に力を込めると肉の芽に圧を与えられてとても良い。その上、こうして囁かれると、無意識に悦楽を欲して腰が蠢いてしまうほどだ。

「騎士様のお望みのままにしましょうね」
 食事中の唇を舐めて、イドル・リリーが微笑んだ。

 その視線、その口元。
 ジェラルドは軽く極めて、頬を緩ませた。




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