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騎士ジェラルドと淫魔の王
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しおりを挟むまだ、私は生きているのか。
真っ暗な地下牢に放り込まれて五日以上経っているのは間違いないはずだが、もう曖昧だった。
拷問用の地下牢に生きている人間はジェラルドしかいない。最早、自分がまだ人間でいるのかも自信がないくらいだ。食事どころか水も口にしていないし、気を失う以外に眠りもしていない。
激しい水音がした。
失禁か、精が放たれたのか。
腹の底に自分のものではない熱が広がり、悦があり、圧迫が消えた。途端に尻穴から粘液が溢れ落ちていく。出された精なのか、自分が垂れ流す糞なのかの区別もできないくらいに尻穴が麻痺している。
あぁ、と。
吐こうとした息を強制的に詰めさせられた。
違う圧が尻から腸へと突き入ってきたからだ。太さも長さも、さっきよりキツいから、一番体格が良かったヤツだとわかった。腑全部をひっくり返しそうに力づくで擦り付けてくるのだ。尻の奥にある男の泣きどころを思い切り抉られた衝撃で精を放ってしまったことがあるから間違いない。
湿気と黴、埃。そこに血と糞尿と精の匂いが混じった酷い悪臭も慣れてしまえば感じない。なのに、入れ替わった男根を感じ分ける己の浅ましさに、ジェラルドは唇の端を引き攣らせた。
笑いの発作だ。
いよいよ正気を失えるのだという昏い喜びが湧いた。
狂いたかった。
狂えない己が憎いほどに狂いたかった。
不意に、鎖の音と体の中を掻き回される音と獣の息遣いに別の音が加わった。不快な金属音が響き、カンテラが地下牢を照らした。
久しぶりの光が眩しくて、ジェラルドは顔を顰めた。
「酷い匂いだ!」
灯の後に入ってきた男が言うと、すぐそばに控えた男がハンカチを取り出して手渡した。
「オールボ随一の貴公子と謳われた男が無様なものだな、ジェラルド卿!」
ハンカチで鼻を抑えた男が言った。
「どうだ。孕ませて貰えたか? メスの悦びは存分か? ん?」
剣があれば、届く。扉を背にしている男の首を落とすのに、踏み込みひとつのできればいい。
だが。
剣など、とっくに奪われた。
ジェラルドの両腕と首には天井から下がった鎖と鉄輪がはめられていて、両方の足は床に鉄楔で打ち付けられている。身動きも満足にできないまま、オークに尻を犯され続けているのだ。
ジェラルドは地下牢内に視線をめぐらせた。
左壁にオークが四匹、肉のほとんど残っていない骨をしゃぶり砕いて喰っている。右側の壁には二匹、眠っているようだ。残りの一匹はジェラルドを後ろから貫き、腰を振り続けている。
この地下牢で目が覚めた時、ジェラルドは一人ではなかった。
デイモン卿、アシュトン卿、スチュアート卿。バートランド卿は副官だった。
天井から下がった鎖には、もう誰もいない。
「……シュラン、太公……っ」
ジェラルドは振り絞るようにして相手の名を呼んだ。
「まだ伯父の顔がわかるか」
シュラン太公はさも楽しげに笑い、連れてきた側近、エグルトン大臣を見た。エグルトンが後ろに合図を送ると、バケツを抱えた兵士が二人入ってきた。
ジェラルドが身構えるより先、バケツの水が左右からぶちまけられた。避けることもできず、ジェラルドは全身水浸しになった。
それでも背後を穿つオークは腰を休めず、獣息を撒き散らしてジェラルドを抉り続けている。
「許せよ、あまりに獣臭くてたまらぬゆえな!」
手を叩いて喜ぶ太公に追従して、大臣も下品に笑った。
「和平の使者に、こんな非道が許されると思うのかっ」
潰された喉ではろくな声にならなかったが、ジェラルドは正面から非難した。
和平交渉の特使を命じられたのは、白狼騎士団団長ジェラルドが、オールボ王国公爵家の三男であり、亡母がシュラン太公の末妹だったからだ。
目の前に立つシュラン太公は間違いなくジェラルドの伯父だ。
三年続いた戦は王国側不利。
凶作と魔物被害の増加と相まって、和平の道を選ぶことになった。領土の大幅な割譲と国王ジョセフ三世及び王族や側近貴族の命は保証されないが、これ以上の荒廃させることを避けるための苦渋の決断だった。
なのに。
特使団の五人の騎士は歓迎の晩餐の席で毒を盛られた。太公お抱えの魔導士が作ったという毒は新種のもので為す術もなく、意識を失い囚われの身となってしまった。
「つまらぬ。まったく正気ではないか。余は取り澄ましたこの男の呆けた様が見たいのだ。オークの精を腹に受ければ男狂いになるというのは嘘か。あるいはまだ足りぬのか?」
シュラン太公は首を傾げた。
すぐさまエグルトンが合図を出した。次に入ってきたのは魔導士だった。手には自分の身の丈ほどある細い鉄棒を持っていた。先端が円状になっている鉄棒は焼鏝だ。円の部分は炎熱の魔法がかかっていて、絶えず湯気を上げている。
魔導士は無言で、ジェラルドの方へ鉄棒を伸ばしてきた。
避けようとしても、身を捩ることしかできない。鎖と鉄楔と、尻を抱え込んで離さないオークのせいだ。
「ほらほら逃げるな。良い子にしていろ」
シュラン太公が囃して嗤う。
焼鏝が左肩に当たった。濡れていたせいで激しく蒸気が立ち上がり、肌が焼けて爛れていく。
当たり前だが痛い。
酷い痛みは、だが、初めてのものでもない。臍の真下とその左右、両方の尻たぶと太腿にも焼鏝を当てられたことがあったからだ。
ジェラルドは声を殺して耐え切った。
新しく刻まれた焼印はすぐに妖しげに黄色く輝き、脈を打ちだした。
家畜のための発情淫紋である。
淫紋を刻まれたメスは子袋を疼かせて発情臭を撒き散らす。対の淫紋を受けたオスはそのメスしか見えなくなり、孕ませるまで種をつけ続けるのだそうだ。
淫紋の効果は、捕えられてすぐに証明された。
オス側の淫紋を腹に入れられたオークたちが襲いかかってきたからだ。
天井から裸で吊るされていては逃げることもできず、ジェラルドたちは犯されるしかなかった。
最年少だったデイモン卿が最初に正気を失い、程なく尻を突き壊されて死んだ。その次はスチュアート卿、アシュトン卿。どちらも同じく、笑いながら腹を男根で突き破られて死んだ。
頭部が豚に似ているオークは巨漢だ。小柄なものでも人間の倍くらいある。体格に恵まれているジェラルドより頭二つ分は大きい。
ジェラルドがまだ息があるのは、騎士としても大柄であったことと、子供の腕ほどあるオークの男根を飲み込んで、動きを合わせていられたからだろう。オスを受け入れるメスの振る舞いをするのは恥辱の極みだが、死なないためには仕方がなかった。
副官だったバートランド卿は最期まで正気だった。だが、体力が尽きて、心臓が止まってしまった。飲まず食わずで嬲られ続けたのだ。どれほど屈強な騎士であろうと限界はある。
「……つまらぬな」
興醒めを隠す気もない太公は魔導士から鉄棒を奪い取った。
「これを当てれば良いのだな?」
「すでに術は成っておりますので、あとは効果を高めるばかりにございます。どうぞ、殿下のお好きなところに」
魔導士の言葉に笑み崩れたシュラン太公がジェラルドの目の前に立った。
「お前のその顔が特に好かぬ。父上によく似ておるわ」
伸びてきた鉄棒は右頬に押しつけられたが、ジェラルドは太公を睨み据えたまま、声を上げずに絶え切った。
頬は燃えるように痛み、
「おお! 増して美しくなったぞ。なぁ?」
「左様。諸国中のオス豚どもが挙って犯しに参りましょうなあ!」
エグルトンがわざとらしいほど楽しそうに笑うと、太公は満足げに頷いた。
その足に、ジェラルドは唾を吐きかけてやった。
頬を焼かれたばかりだから血が混じっていたようで、赤黒いシミが靴の甲に付いた。
シュラン太公が顔を歪ませた。
「思い上がるなよ、お前はブタだっ!」
細いとはいえ鉄の棒だ。思い切り頭を殴りつけられて、ジェラルドは一瞬、意識を失った。
「そうだ。メスが勃たせておってはならぬだろう」
太公はジェラルドの股、男根を見ていた。
メスの子袋を疼かせて孕ませる淫紋は人間の男にも効果があった。発情したままなのだ。
ジェラルドの男根は穂先をぱくぱくと開かせて、天を向いてただ雫を垂れ流している。オークに責められながら、ジェラルドは出来うる限り精を放つのを堪えてきた。溜まりに溜まった精は、男根を固く熱く、敏感にさせている。
ジェラルドは凍りついた。
まさか、そこまでするつもりなのか。
悪魔のような笑みを浮かべた太公は、躊躇もなくジェラルドの男根に焼鏝を押し付けた。
激痛という言葉は緩い。
灼熱どころではない。
熱そのもの、爆発のほうが近いだろうか。
ジェラルドの中で『何か』が焼き切れた。
天空の神にして全能なるディエーブよ!
すべての戦士の守護者たる戦神マウォロスよ!
私がどんな罪を犯したというのだ!
デイモン、アシュトン、スチュアート、バートランドが何をしたというのだ!
騎士の名誉を汚されて、オークどもに壊され、骨まで喰らわれるような罪があるというのか!
叫べども、応えの返ることはなく。
ジェラルドがようやく我に返った時、太公宮の正門の前にいた。宮殿は炎に包まれて夜空を焦がし、周囲には累々と兵士や騎士の屍がある。焼ける匂いが鼻をついた。
ジェラルドの右手には折れかけた剣、左手にはシュラン太公の首。
全身は元々の肌の色がわからないほど血脂で汚れていて、発情淫紋があちこちで黄色く脈打っていた。尻の周りはオークの精が乾かないままだ。
私は、生きているのか。
呆然として、ジェラルドは立ち尽くした。
シュラン太公国は太公戦死、宮殿焼失。戦はオールボ王国が勝利。
単騎で太公宮殿を制圧し、生き残ったジェラルドは英雄と讃えられることになった。
表向きは。
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