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水の中のグラジオラス 二の章

偽風道落 伍 その2

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 マティーニを口に入れながら、楓が言った。

 「“さん”は要らんて、、、」

 楓のグラスが運ばれて来て乾杯した後、波働が掛けた一言目、『楓さん』に言い返したセリフだった。

 「上司やし、年上やし、ほんで今は勤務外やで? 元々『楓さん』なんか呼ばれた事無いしキショいし」
 「じゃぁ、何て、、、?」
 「呼び捨てで良えよ。ルネもまゆらも年関係なくそう呼んでるし」
 「あれ? 係長はきみの事を『楓くん』って呼んでますよ?」
 「はそれでえねん。ほんで『』もキショいから止めてな。関西人に『きみ』って言うて話す時はちょっとバカにしてる時かケンカ売ってる時やからな。あと敬語も」

 楓の個人的な意見。
 でもそれが関西人の考え方なんだと、波働は理解してしまった。

 「そう言えば、関西人って、相手の事も『自分』って言いますよね」
 「敬語! そやな。言うな。言うけど、ちょっとちゃうな。発音かな? 自分の事は『自分』で、相手の事は『ジブン』やからな」
 「何か違いました? 自分⤴? 自分⤵? 自分↘?」

 思わず笑ってしまう。
 署内では見せない波働の一面を見たようで、誰も知らない波働を見たようで、ちょっと嬉しい楓。

 「楓、もう一回言ってもらって良いですか?」
 ――!!

 自分で言っておきながら不意に名前を呼び捨てで呼ばれると、思ってたより照れると知った。
 それよりハラが立つのは、、、。

 ――初めて呼ぶんやろ! ちょっとはテレろや!!

 「うぉっほん! そんなんより、聞きたい事があってやな、、、」
 楓、照れ隠し。

 「あぁ、本題ですね」
 「敬語! 和歌山の件な、登場人物が多すぎて、上手いこと理解がまだ出来デキひんねんやんか。やからも一回教えてくれへんかな?」

 楓の性格上、人物もプログラム的に考えるのが理解しやすいと普段から言ってるのを知ってるので、何の違和感もなく波働は納得した。
 楓はそんな波働を見て、『今日はエライ素直やん』なんて思ったりもしたが、人物像をちょっとでも詳しく教えて貰ってた方が傾向と対策を練れるのは間違い無いので、そこはツッコまずに良しとした。

 ――気になる事もあるしな、、、

 「それなら、初めから話した方が良さそうですね」
 「敬語無しでな」

 波働は頷き、話す前に琥珀色の液体で喉を湿らせた。
 烏龍茶だが、、、。

 「四国での事件。それを起こしたEG使いが、和歌山の高野山に向かった。何の確証も無いですが、行動を見るとほぼ間違いなく空海の密秘を狙っての犯行ですね」
 「敬語! それしか無いわな」
 「だから、ミカドが動いたとも言える。表向きは、あくまでEG使いの凶行に屈した呪術師の汚名を晴らすために、でしょうか」
 「雰囲気的に、かなり警戒してる感じに思うねんけど」

 楓の意見に、頷く波働。

 「でしょうね。高野山は手持ちの手練れを二人も壊されたんだ。警戒して当然でしょう。で、本当に密秘が狙いで、最悪、奪われた時の事を考えると、そのを誰よりも理解しているミカドとしては、気が気でないでしょう」
 「そんで、四術宗家のお出ましやな」
 「そんなところです」

 言って、ひと口飲む波働。
 同じように、楓も呑む。

 「今回は御門家よりも素早く反応したのが四術宗家で、ミカドに話しを持ちかけたみたいですね」
 「敬語! 今回はって言い方、それやったら普段は御門家が動いてるシチュエーションってこと?」
 「割合が多いって話しです。基本的には受注の取り合いみたいな関係ですね。仕事を多くこなしてミカドにられれば、より多くの恩恵を受けられる。なので商売敵しょうばいがたきってやつですかね。今回の案件に関していえばスピードを求められたので、いち早く情報を取った四術宗家側に軍配が上がったって事です」
 「今はどこもかしこも情報戦やな」

 「それに確か去年、“童子”を戴冠した術師が四術宗家側に居まして、上水流家なんですけど。それを見たいってのもあったと思います」
 「どうじ、、、?」
 「あれ? まゆらさんの別名、知りませんでした?」
 「敬語! あぁ、何やったっけ?」
 「呪言じゅげん童子」
 「それそれ! その童子って、何なん?」
 「説明は、三歳児バージョン?」

 楓、ツボる。

 ――おっとっと、、、
 慌ててグラスに視線を向ける波働。

 身体を揺らして笑う楓の胸が、ニット越しにもはっきりはずむのを見てしまった。
 これは正直、困る。
 視線に、困る。
 さすがの波働も、誤魔化すように話し始めた。

 「あれは階級みたいなもんです。相当上の位って思っていただいて良いかと」
 「海軍大将くらい?」
 「は?」
 「アオキジとかキザルみたいな、、、」
 「あぁ~。聞いた事ありますが、長過ぎる話は見ないのでよく解りません。個人的には十巻ぐらいでおさめて貰えると読みやすいのですがね」
 「慶壱っちゃん、つまんね~~!」
 「私の知ってるので言えば、レベルですね」
 「まさかのフットボールアワー? まさかの?」
 「違います。解らなければ、アナベル・ガトーでも良いですよ」
 「誰それ? 余計知らん」
 「アナベル・ガトー知りませんか? あの有名な、、、」
 「マスター! おかわり! もちっとドライに」

 マスター、かしこまって了承。

 「ほいでほいで? その強いヤツ、来るん?」
 「それが、来ないみたいです」
 「なんそれ!」
 「でも、代りに来るのが、これまた強くてレアな術師なんです」
 「、、、それも、何とか童子?」
 「はい。呪包じゅほう童子です」
 「なんやいっぱいんねんな」

 眼の前に、お代わりしたマティーニ。

 「どぅぞ」

 楓が美味しそうに、グラスに唇を付ける。
 、、、のを、見惚みとれてる自分に気付く。
 波働は、残った琥珀色の液体を一気に流し込んだ。

 カンっ!

 珍しく音を立ててカウンターにグラスを置く。

 「私にもおかわりを」
 マスター、笑顔で了承。

 「おほ~~、ええ呑みっぷりやなぁ」
 烏龍茶なのだが、、、。

 「ま、強いヤツが味方に付くんやったら、余裕なんかな?」
 「それが、そうも言えないかも知れません」
 「敬語! 歯切れ悪いなぁ慶壱っちゃん。が、気になっとってんな」

 ――俺か?

 「慶壱っちゃんが困るってことは、ソートーな事やろ?」
 ――なるほど

 どうやら楓は、波働が知らぬうちに出していた空気感を読んでいたようだ。
 ――気を付けてるつもりだったが、なかなかスルドイな 

 楓を見て、考える。
 ――まぁ、三人の中ではリーダーだし、どうせ当日バレる事だし

 うんうんと一人頷くと、波働は楓に話し始めた。

 「困ってると言うか、確かに困ってるか、、、。ミカドが良かれと思ってやってくれた有難ありがた迷惑。高野山にも術師はたくさん居るのに、四術宗家の上水流家に依頼。まぁ、そこまでは百歩譲って良しとしても、加えて警察官僚にも声を掛けた所為せい波働家実家までが動く羽目になったんです」
 「実家?」
 「警察官僚と波働家実家の話しは端折はしょりますが、すでにが現場に出るって状態のところへ、さらに波付の術師を送り込もうとしてるんです。実際送り込む段取りですけど」
 「はたから見てたら、強いヤツが集まって助かるわ~って思うねんけど、それが慶壱っちゃんの顔見ると、ちゃうねんって感じやんな?」

 その通りって時にする、人差し指を振る動作が出た。

 「は知らないですが現場レベルだと、高野山と波付は仲が悪いってのに、、、っていうか、基本術師は違う派閥を敵対視するし、特に高野山おやまの連中は自分たち以外の術者を認めませんし、、、」
 「そうなん?」
 「そりゃそうです。もう一つ言えば、官僚は署内で何の派閥争いなのか、波働家が出てるってのに、からデンタイうちの応援も要請ようせいしたんです」
 「あれ? デンタイうちらは、ミカドの要請やなかったん?」
 「あぁ、それはですね、デンタイの参加に苦言を呈した私を説得するために、二課が裏工作でミカドを使い、それに呼び出されたんです」
 「敬語! 誰が?」
 「だから私が、です。なので、本当は二課のままでデンタイを出すのに、ミカドが出てきたもんだから絶対に断れない案件になりました」

 ふ~んと頷きながら、ハタと気付く。

 「あれ? ミカドから『是非ぜひに』って話しは?」
 「それ、、、そのセリフは、係長に気を使いました」

 思わぬセリフに、楓が眼を丸くしていた。

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