カ・ル・マ! ~水の中のグラジオラス~

后 陸

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水の中のグラジオラス 二の章

偽風道落 弐 その3

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 今、兄僧たちは恒例の問答法をおこなっている。
 マジメな者はそれを聞きに廊下でも庭先でも、何処どこでも良いから聞こえる場所に行って、どんな風に行っているのかを少しでも聞きに行く。

 顕正もいつもならそうしていた。
 今は、みんなが居なくなった寮の部屋で、ゆっくりじっくり考え事をしたかった。
 とても大事な、考え事。

 ところが、コイツが来た。
 同期の、尊文。

 一方的に“仲良しグループ”に入れられ、正直迷惑なので思い切り態度に出しているのに、全く感じ取ってくれない。

 ――今すぐ、殺したい、、、

 バカ話に付き合いたくも無いが、全無視すると後でチクられる。
 『顕正が話しを聞いてくれへんねん~』なんて二人の兄僧に言うと、ヒマつぶしのイジメが始まる。
 付き合ってられない。

 時間の無駄。
 人生の無駄。

 コッチの理由など一切聞かずに、二人の兄僧にイジメられるのが目に見えてるので、キライでウザくても最低限の受け答えはする。

 「聞いてくれや顕正、、、」

 しょーもない話しに決まってる。
 週末に親から連絡が来て、この休みは神戸に帰っていたらしい。

 ――俺に殺される前に、親の顔見れて良かったんやないか

 聞き流そうとしていたら、今日の話しは、俄然がぜん、顕正の興味を引いた。
 このバカの話しを要約すると、こうだ。

 コイツの親父がEG使いから貰ったクスリで、動画を撮った。
 兄僧たちに無理矢理見せられた、例の動画。
 観てはイケナかった、あの動画。
 映っていたアイドルたちが完全に人の理性を失わせていたのは、EG使いが持って来たクスリの所為せいだという。
 人間を、欲情しか表現できないようにするクスリ。

 ――それでか、、、!

 動画を思い出すと、殺意が湧く。

 ――コイツ、殺す!!

 尊文が言うには、そのクスリがもっと欲しかったら寺に隠されてるっていう道具を盗めと、EG使いから言われたらしい。
 よくある手口。
 顕正は、そう思った。
 これは想像だが、そのEG使いは窃盗のプロか、ブローカー。
 とにかく自分は危ない橋を渡らずに、言うことを聞きそうで頭の悪そうなヤツを見つけては、思い通りに動かすヤツだ。
 ただ報酬の金額を考えると、そうとう危ない。

 ――アホが、められとんがな

 このアホは単に“盗む”と言う単語だけにとらわれているが、“高野山”、“隠されてる”、“道具”とくれば、しかない。
 どうしてこのアホは気付かないのか。

 ――空海の、、、、

 ここ高野山に修行をしに来るのなら、密秘の噂ぐらい聞いた事があるだろう。
 とか言いつつ、顕正もホントは眉唾まゆつばものと思っていた。
 思っていたのだが、、、。

 EG使い。
 高野山。
 道具。
 盗む。
 高額報酬。

 なんて単語が羅列したら、本当にると考えてしまう。

 ――あ、、、!

 顕正の頭の中で、ある想像が繋がった。
 一定の修行、『受戒』『加行』『灌頂』を終えた兄僧たちが、“お見廻り”と言って、高野山にある百十七寺を順に見廻る“ぎょう”がある。
 単に形式的なものだと今の今まで顕正は思っていたが、密秘が本当に存在するのだとしたら、、、。

 さらに

 顕正あたりの下僧の耳には、“おやま”の入口付近で大きな事故があったとしか聞かされて無かったが、本山のあわただしさで普通では無いだろうと感じていた。

 ――、、、る、、、な

 顕正の中で、確信めいたものが膨らんだ。

 ――密秘は、

 アホに、を掛けてみた。

 「山にるぅ言うても、高野山は百以上のお寺があるやん。どこにあんのんか解らんかったら、探すんだけで大変やん」

 そうそう、と尊文は顕正の質問に頷いてから、スウェットのポケットに手を突っ込んでメモを取り出した。
 くしゃくしゃの、小さな紙に書かれた文字を読む。

 「え~、、、大圓院だいえんいんや」

 ――そんなトコに?

 驚いた顔は表に出さない。
 冷静に、、、冷静に、、、。

 「ほんで、どんな道具なんや? それは、、、」

 尊文は、頭をポリポリ掻いた。
 「なんかな、人間を超人に変えんねんて」

 その回答で、『コイツ、理解してないな』と顕正は思った。
 アホだ。
 でも、情報を聞き出さなければならないので、愛想よく話しを続けるように身を乗り出して聞く。

 「誰でも?」
 「そうらしいわ。なんかこれくらいの、、、」

 そう言って、手で大きさを表現する尊文。

 「、、、重箱に取っ手が付いたみたいなのんやって、、、」
 都市伝説化している、密秘の種類を思い出す。

 「へ~~。ちなみにそれはどうやったら超人になんの?」
 「なんか噓臭うそくさいねんけどな、中に犬の神さんか霊か知らんけど、そんなんが入ってて、それに噛まれたら超人になんねんて」

 ――犬神憑き、か
 顕正が、笑う。

 こんな話し、どうせ信じ無いだろうと思ってた尊文は、笑う顕正を見てそういったモノを揶揄やゆする笑いだと思い、合わせて笑った。
 尊文の感覚では、坊主にるのは事務所のアイドルに尊敬の眼差しを向けて欲しかったから。
 専門学校へ行ってもどうせ何も得られないと解っていたので父親に相談したら、『坊主の次期社長って、オモロイな』と言われ、ほぼそのだけで修行に来てるようなもんだ。
 だから密秘なんて、空海なんて、覚える必要の無いモノだった。

 「犬の神さんやて、そんな神獣に噛まれて超人なるって、それこそ獣神サンダーライガーか! っちゅうねんなぁ?!」

 さらに顕正が笑う。
 自分の言った事がと思い、尊文も声を出して笑った。

 顕正の笑いは、全く違う意味を持っていた。

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