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水の中のグラジオラス 一の章
憧物欲愛 伍 その2
しおりを挟む呪具制作の才が認められると、十二歳までに眼と足を一つづつ、呪具の神に捧げる。
何故十二歳までなのかと言うと、諸説ある。
ティーンエイジャー(何で英語圏の年齢区分を使うのかは疑問だが)になる前の、雌雄が朧げなうちに人と一線を画す為だとか、処女(意として男子含む)のうちに人とは違う存在と意識させるためだとか、、、。
今では、誰も正確な意味を知らない。
ただ、ならわしとして受け継がれている。仰々しくも、さも意味有り気に年寄集が、前に倣えで大切に行って来た。
かくして十六夜も、十一歳の秋に、一眼一足を捧げた。
ついでに話しておくと、一眼一足のお化けと言えば、ちょー有名な唐笠お化け。
察しの通り、お化けでは無く、呪具が化けたモノ。
自らを一眼一足の唐笠お化けを疑似し、その姿で呪具の制作に当たる事が、呪具の神の了解を得て創る事になる。、、、らしい。
誰が決めたのか知らんが、そうなってる。
それが神聖行事の一環として、呪具を創る代表、ここで言う工場長に成る為に必要な事で、そうしなければ神様に失礼、という事になっている。
昔からそうなってるんで、もうだれも疑わないし疑うこと自体が今では御法度になっていた。
誰か神様に聞いたのかって感じだが、代々受け継がれているので止められない。
歴代の工場長が呪具を創る時、特に新作の制作に入ると何かがその身体に降りてくる。意識も記憶も無く、無で、制作する。
そんな感じなので、悪しき習慣だろうが変な真実味があって止められない。
止める可能性があるとするなら、方法はひとつしかないのだが、、、。
周りを見ると、色んな材料が乱雑に並んでいる。
優秀な呪具創者ほど、『必要な時に最適な呪具を創る』と言われているので、どんな材料が要るのかも解らない。故に、工場にはとりとめのない材料が並び、いつ使うかは工場長本人も解らない。
出来上がったモノは雇用主、加茂家の代表がお試しをする。
使って、凡庸にも使えそうなモノならば工場の作業員がそれを摸写し、製作するようになる。
商品化ってことだ。
珍晴が、手渡された巾着を見る。
――自在免在布か、、、これは売り物にならんな
巾着の腹には、色空産界の真言と相反する呪祭言霊が書かれていた。
「エラい大層なモン創ったなぁ」
「それな、さっきちょっと試したら、意外と使えそうやねんけど、、、こう、、、何やろ、取り敢えず兄さまが持っとかんとアカンみたいな、、、」
実際に創った十六夜でも、今珍晴と交わした会話の様に、夢で見たのを思い出そうとしても、実際起きたら、どんな内容だっけ? みたいな感覚しか残らない。
何となくだが、こうなんじゃないかって言うぐらいの説明しか出来ない。
それでも、珍晴は満足。
十六夜は優秀なのだ。
必要な時に、最適な呪具を創る。
珍晴は、巾着を受け取る。
「十六夜がそう言うんやったら、有難く貰っとくわ」
「うんうん(^^♪」
「お返しに~、、、」
持って来た“おみや”を、紙袋からゆっくりと十六夜の前に出す。
「なに~~?! おみやげ?!」
「はい! 十六夜の好きな、おやつの時間やで~」
言いながら、珍晴の頭は別の事を考えたりしていた。
――今日渡されたって事は、、、そう言う事なのかな?
「あぁ~! 兄さま今、違う事考えてたな! 十六夜そんなん解かんねんで!!」
珍晴は大袈裟に、驚いた顔を見せた。
見せながら、じゃんじゃじゃーん! と紙袋からケーキを出す。
「おやつ如きで誤魔化そなんて、子供扱いせんとってくれる?」
「工場長には敵わんなぁ」
「そや。隠し事ダメぇ。何かあんねんやろ? あ、二つある」
「こっちがプレーンで、こっちが渋皮付きの大人の味やって。ちょっと行かなアカン用事ができてな、、、」
「ふ~~ん。半分づつしような。あ、お茶? コーヒー?」
立ち上がろうとした十六夜より先に、珍晴が立ち上がった。
「ボク、コーヒーやけど自分で入れるわ。十六夜は、、、何食べる時もお茶やんなw」
「ほっとけ! ほんで、どこ行くん?」
まだ立ち上がろうとする十六夜の肩を、上から優しく抑える。
「入れる入れる。ボクがお茶入れまんがな」
「、、、で?」
「何茶?」
「玄米。、、、で?」
「フォークは?」
「引き出しん中。、、、で?」
「そんなに聞きたいん?」
小盆にお茶とインスタントコーヒー。ケーキ用の小さなフォークを二本乗せて、珍晴が台所から戻って来た。
十六夜が記憶を、無理矢理手繰り寄せていた。可愛い顔に、皺を寄せる。
「創り終わった時な、気持ち悪さが残っててん」
「ふ~~ん」
全然気にしないような珍晴の態度に、ちょっとイラっとする。
「心配しとんねんやろ!」
そう言ってほっぺたを膨らませた十六夜の頭に、珍晴は優しくその手を乗せて、撫でた。
「ありがとありがと」
膨れっ面のまま、珍晴を睨み上げる。
「子供扱いすんなっちゅうねん、、、」
笑顔で、ゴメンと仕草で見せる。
「、、、で?」
「今の十六夜の話しで、、、和歌山に行く事にした」
「え?、、、それは、高野山?」
「密秘の呪具で、ひと悶着あるみたいや」
「高野山の呪具なんかいっぱい有るやん。どれの、、、」
「まま、めぼしは付けてる。これ、半分づつな」
義眼越しに、心配して珍晴を見つめているのが解かる。
そんな十六夜の前に、二種類のモンブランを半切れづつ乗せた皿を出す。
「道具屋やからな、京都でジッとしてる訳にもいかんわ。美味し」
「危ない事になるんちゃうの?」
「しゃあから、十六夜が新作を創ってくれたんやろ? あ、どっちも美味い!」
「役に、、、立ってくれたらええねんけど、、、」
「十六夜の創ったモンが役に立たんかった事ないわ~。食べ食べ。美味しいで」
渋々渋皮付きのモンブランをひと口。
「うまっ、、、」
「やろ?」
ちょっと笑った。
でもスグに心配顔になる。
「もしかして、姉さまたちも和歌山に行くんかな、、、」
珍晴、思案顔。
「う~~ん。大姉は相変わらず結界でなんやしとるし、、、でも小姉は、もしかしたら向こうで会うかもな」
「えぇ~。ええなぁ。十六夜も姉さまたちに会いたいわぁ」
「ほんだら向こうで小姉に会うたら言うとくわ。十六夜が会いたがってるって」
「ホンマやで! ちゃんと言うといてや!」
外に出られない十六夜は、来客を願うしか出来ない。
誰かが会いに来てくれるのは、十六夜にとってちょっとしたイベントだ。
それが大好きな二人の姉さまたちなら、もうサイコー。
珍晴も、そんな十六夜の気持ちは解かる。
解るからこそ、立場的に、『敵じゃなかったら』というのは口にしなかった。
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