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水の中のグラジオラス 一の章

憧物欲愛 伍 その1

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 京都。
 、、、の端っこ。
 奈良県民から言わすと、ほぼ奈良。

 JR加茂駅降りて木津川を渡る。
 そのまま奈良加茂線を行くと、国道163号線に当たるので左に曲がると、ただただだだっぴろい田畑の景色。
 視界に広がるのは空間を無駄に使った、民家と工場が点在する贅沢な景色。
 そんな景色に、みんな同じ感想を口にする。

 「何にも無いなぁ」

 そのまま素通りする者が大多数居る中で、少し頭に偏頭痛のような違和感を覚える者がごくわずかに居る。

 属に言う、感じる人。

 そんな人たちは、導かれるように細い道へ入って行く。
 そこは、旧相楽郡加茂町瓶原みかのはら
 京都府相楽郡にあった町。
 二〇〇七年、山城町、木津町と合併し木津川市となった後も、加茂の名は残っている。

 その、現木津川市加茂町瓶原一帯には、昔ほどの地力ちりょくが無くなったとはいえ、残り香的に土に染み付いた高貴な波動がまだ残っている。それに引っ張られて進んでいくと、恭仁京くにきょう大極殿だいごくでん址に辿り着く。
 そこで悠久ゆうきゅうときを感じるか、思いをせるか、、、。

 その両方が上手く、と言って良いのかどうか、瓶原に残った地力の残留思念と波長が合ってしまうと、さらに足が動き出す。
 そういう人は、顔が青くなってるころ。
 抵抗せずに行くと、何の事は無い空き地のような場所に立つ事になる。

 その何も無い場所が、恭仁宮跡内裏だいり地区。

 季節によっては眼を見張る景色が広がるが、おみちびきによって来た者は偏頭痛が酷くなるか、胃がキリキリし出すか、呼吸が浅くなる。
 それ以外でも、少しでも身体に異変を感じたら早々に立ち去るのが良い。数段上の魂魄こんぱくにリンクしてしまってるので、心身ともにたない。責任も取れない。
 耐えれた者、反対に何にも感じない霊的不感症フリヂディティのシアワセ者は、そこからさらに北へ向かう事になる。

 暫くすると、大きな建物が見えてくる。
 いかにも『旧家』、『由緒正しき』って感じの屋敷が現れる。そっちのほうが、見た者の口から感嘆かんたんの声を引き出す事になる。

 「ほ~~、、、」

 コレを見て風情を感じないと、感性のとぼしい人と思われそうなので、みんな見たら取り敢えず『ほ~~』と言う。
 言っとけば安心。
 情緒を感じるカンジで、イイ感じになる。

 で、結局そんな古めかしい屋敷って何? 誰の? 有名? って話しになる。
 家の前まで行っても、立て看板も由緒書きも何もない。一般的には、ただの古くて大きな民家。
 しかしこの屋敷こそ、関西道具屋最大手、加茂家の屋敷。
 、まゆらの婚約者たる加茂珍晴たかはるの実家が、此処ここだ。

 正門から中庭を通って玄関へ向かうと、旅館の入り口のような本館が待ち構える。
 間違いなくビビる。
 そんな玄関には入らず、本館を囲うように小径こみちがあるので、そこの飛び石を一つづつ踏んでは進んで行く。歩く人を飽きさせない造りは、庭師の気遣いがうかがえたりもする。

 気が付くと、いつの間にか本館の裏手に導かれ、さらにその奥にも何やら立派な建物が見えてくる。
 典型的、日本家屋。
 本館に負けず劣らずの、なかなかの

 ここが、加茂家の“工場”と呼ばれる建物。
 工場と呼ばれているが、全くそうは見えない。
 だって典型的な日本家屋なんだから。

 今、その工場に珍晴が入って行った。
 に会うためだ。
 会うためというか、呼び出しを受けた。
 新しい道具が出来たらしい。

 特別な事ではない。

 これはお約束で、新しい道具が出来たら、まず加茂家の当主にお披露目するのが習わし。
 ここ最近は当主が代替わりを意識して、徐々に次期当主にそういう役を廻し始めている。

 珍晴は、『ちゃんと代替わりしてからでえのに』と思うのだが、当主がそう言うのだから従わない訳にもいかない。
 それに堅苦かたくるしいお屋敷作業よりかは、こちらのほうが数段楽しい時間を過ごせるので『まいっか』となる。

 午前のうちにを済ませて、やっとこさ帰って来たことろだった。
 気分はちょっと、ウキウキでヴギウギ。
 工場長への土産も、忘れずに買って来た。
 甘いモノ好きの工場長のため、駅前のカフェのケーキを無理言ってにしてもらった。これはきっとポイント高いハズだ。

 ――抜かりあらへん!

 珍晴は本館である母屋おもやに寄ることなく、意気揚々と工場内の長い廊下をケーキ片手に進む。
 下手に母屋で、当主に『ただいま』の挨拶と言うか報告をしたら、絶対に話しが長くなるからだ。
 年寄の得意技。
 そんな事してたら、ケーキのが落ちる。

 工場内と言ったが、初めに言った通り、木造の日本家屋。
 普通にデカい屋敷の廊下を歩いていると想像してもらった方が、良いかもしれない。
 左手に中庭を眺めながら、縁側に従って行くと裏手にある小さな渡り廊下が出てくる。それが、工場長の居る作業場に続いている。

 渡り廊下の手前には、襖の無い十六畳ほどの部屋があり、そこにはいつも誰かしら工場の関係者が必ず居る。工場長の作業場に、部外者を入れないための見張りも兼ねた休憩所になっている。
 珍晴が視線を送ると、今もその部屋には三人の作業員が休憩していた。

 作業員の一人が珍晴に気付くと、慌てて立ち上がって渡り廊下の前に立ちふさがった。
 「次期当主、御用で?」
 「お呼ばれしました」

 笑顔で答える。
 慌てて後ろから年配の作業員が来る。

 「失礼しました」
 と言いつつ、小さな声で立ち塞がった作業員に聞いた。

 「おまえ朝礼居てへんかったんか? 次期当主が新作の“お披露目”しに来るん言うてたやろ」
 言われると、焦った顔で言い訳。
 「今日、遅出で、、、連絡板見るの忘れてました」
 いくら小声でも、眼の前でやり取りされれば珍晴の耳にもしっかり聞こえる。
 「えよ良えよ。ちゃんとお仕事してるんやな~って解って、ボクも安心」

 道具屋の加茂家では、道具を造る作業員を大切にする。
 雇い主だからと、作業員を下に見たりはしない。
 質の良い呪具を造る者が居なければ、道具屋の質も落ちる。
 加茂家がし上がったのは、代々腕の良い工場長が二人三脚でいてくれたからだ。

 と言う話しを、珍晴は小さい頃から先代、先々代と耳に胼胝タコができるまで言われ続けてきた。仕事を手伝うようになると、言われた事が本当だと身に染みてほど感じてる。感謝してる。

 実際、工場長の呪具を使って『これ、マジでヤバい』と、何度思わされた事か、、、。
 だからこそ、手土産のモンブランはプレーンと渋皮付きの二種類を買った。

 渡り廊下を越えると、そこから先は工場長しか居ない。
 珍晴は、中へ入る為の引き戸を開ける前に、少し笑った。

 ――加茂家も、過渡期かときか、、、な?

 珍晴ももうすぐ代替わりを行うが、少し前に工場長も十六代目に変わったばかりだ。

 「失礼します~」
 引き戸を開けた。
 「あ~、兄さまやっと来たぁ!」

 この、あどけない顔で珍晴を迎え入れたのが、工場長、貫地谷十六夜かんじやいざよ
 まゆらの、二つ下。

 「何で今までかかったん? 十六夜、あさイチに連絡入れてんで!」

 現在、午後三時〇六分。
 確かに、あさイチに呼んだ割には、、、今はおやつタイムの時間。
 珍晴がモンブランを持って来るのには適した時間なのだが、、、。

 「ごめんごめん。相変わらずごちゃごちゃしとんねん」
 「結界?」
 「それは勿論もちろんやけど、もなんなと騒がしいねんわ」
 「それでかな、、、」

 十六夜が杖を突いて立ち上がり、義足と自前の足で向かった棚から持ち出して来たのが、今朝、出来たばかりの新しい呪具。
 手に持って来たのは、小さな巾着きんちゃく

 「え~何~? 小銭入れ?」
 「ちゃうわ!」
 「ははは。解ってるって、冗談ジョーダン。怒りなや」
 「兄さまのギャグは、おもんないねん」
 「ヤバい。年下に怒られたwww」

 優秀な呪具創者は、必要な時に最適な道具を創る。
 十六夜もまた、その一人。
 彼女が新作の道具を創る時は、ゾーンに入るどころではない。無我の境地に至る。創ってる当の本人も、その時の記憶が存在しない。

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