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水の中のグラジオラス 一の章
憧物欲愛 肆
しおりを挟む十三駅から歩いてスグのタワーマンション。
最上階、、、ではないが、32階のフロア全てを買い上げ、知る人ぞ知る“お寺”として存在している場所があった。
もちろん、世間一般で言う普通のお寺とは違っている。
賽銭箱は無いし、お参りするところが有るハズも無い。
タワーマンションなんだから、、、。
ちゃんと名前もあるのだが、知る者は少ない。
ただ、“寺”として存在している。
ここへ来る人たちも、ただ、『寺』と呼んでいる。
そんな特殊な寺に来るのは、ここが特別な寺だと知っている人。
この寺に来る人は、そういう情報が入って来る人種。
どういう人種か?
ざっくり言えば、たくさんのお金を持っている人種。
成功者と呼ばれる人種。
その中でも、他人に恨みを買われてしまった人種。
地位の高さに比例して、狙われる確率が高い人種。
そんな人たちが、駆け込む寺。
それが、仰峰寺平寺。
ちなみに、、、。
後ろの平寺の部分は土地を表していて、『この寺は山じゃなくて町中にありますよ』くらいの意味で付けられた。
ここの住職が“末寺”を皮肉って、わざわざ敢えてそう呼んでいる。
だから、寺の名前ではない。
マンションに寺を構えるって事だけで、住職の解釈の大きさと遊び心が伺える。
話しを戻すと、何度も言うが此処に来る人種の人たちは“普通では無い”ってのが前提にある。
生命を狙われる立場にある人たち。
物質的、三次元的に狙われるのなら警察や、それこそ高いお金を払ってボディーガードを雇えば良い。
この寺に来る人は、それでは守れない相手に狙われてしまった人たち。
今の時代、狙う方も危険で足が付くやり方はしない。
もっと良い手段がある。
何か?
エレクトリック・ゴーストだ。
これなら、簡単に人を呪い殺せる。
しかも使い捨てのエレクトリック・ゴーストなら『成功』『失敗』に限らず、終われば霧散させて証拠も残らない。
EG使いとエレクトリック・ゴーストの繋がりを証明する手段が、まだ確立されてないからだ。
裁判では、現行犯でも立証は難しい。
東京地方裁判所で起こった、有名な『東京魔女街』裁判がそれを物語っている。
前例があるようにそれが遠隔系のエレクトリック・ゴーストなら、なおさら犯人の“は”の字も見つけられない。
エレクトリック・ゴーストに狙われたら、警察はアテにならない。助ける術を持たないのだから。
では、どこに助けを求めれば良いのか?
寺だ。
EG使いに対抗しうる、本当の術師が居るお寺。
少し前までは眉唾物だとか、能力を見せれば見せるほどインチキだとか言われて来たものが、今やヒーロー扱い。
術師たちはモテモテになった。
色んな意味で、、、。
そうなると、有名な寺ほど術師を囲いたくなる。
優秀な術師、随時募集中。
そして、優秀な術師を囲ってる寺が、良い寺になる。
そういう意味で、この十三のタワーマンションにある寺は、かなり良い寺。
管理しているのが四術宗家のひとつ、上水流家が直々に開いた寺なのだから。
付け加えると寺の住職、ここでは門跡と呼ぶ習慣がついていた。
そんな先代の門跡が買い取ったワンフロアに、エレベーターが到着。
ベル音と共に扉が開くと、降りて来たのは毛先を遊ばすタイプの男。
隙の無いオトコマエを、見事に演じている。
歩く姿も颯爽。
このマンションのフロアは、様相の違う部屋が混在する。
エレベーターから一番近くの部屋は大きく、4LDK以上の部屋が並ぶ。
角部屋はさらに大きい。
反対にエレベーターから離れるにつれ、3LDK。2LDK。そしてワンルームと部屋が違っている。
区分で言うと、エレベーターから右手に並ぶ手前角部屋から奥側の角部屋までが寺として使用され、それ以外は上水流家の関係者用となる。
部外者立ち入り禁止。
暗黙のルール。
ちょっと覗いてみたい、、、。
そんな邪な考えを持つ人種は、ここには来る事すらままならない。
オトコマエが歩いて行くのは、その上水流家が使用する左手側、奥の一角。
一番奥の、ワンルーム。
このオトコマエは、そこに住んでいる。
去年、門跡の座を継いだ。
先代は、このオトコマエの父親。
オトコマエが童子の冠を拝命した際に潔く退き、代わりに息子であるこのオトコマエが継いだのだ。
上水流家嫡男、貴照。
若干21歳で門跡となる。
文面で見ると先代の行動は潔くカッコイイと見えるが、実際は息子が童子になった瞬間、オレの役目は終わった! とラインの連絡だけで沖縄にトンズラーしてバカンス三昧しているだけのパリピ親父。
全てを放り出し、相談する間もなく行ってしまったパリピ親父。
そのため、今までお世話になった檀家さんのために、貴照としてはイヤイヤでも継がないとしょうがなくなった。
だから正確に言うと、“継がされた”が正しい。
なんやかんやで、あっという間の一年。
自分でもよくこなしたな~と思う。
基本的な事は先代から仕えてくれている二人、中村さんと二ノ宮さんに寺の運営を任せ、、、っていうかそれしか出来ない。
自分では出来ない。
貴照は御祓いの依頼があったら、出向いて処理する。
それに徹した。
そんな裏事情を見透かされないための、オトコマエ演出なのだ。
本音は、、、。
「波風立てずに、平々凡々で、、、」
が、貴照のスローガンだ。
食える分は、充分に貰ってる。
もう少し言うと、中村さんは檀家や現場の仕切りをしてくれる。
貴照が行けば、祓うだけの仕事に集中できる。
マネージャーみたいなものだ。
一方、二ノ宮さんは術師。
まだまだ粗削りの貴照の横に付き、行事としての祝詞等の進行や、怨霊の類を祓う際の後始末的なことをやってくれる。
正直細かい事や作法的な事はまだまだ知らないので、居ないと困る。
助かっている。
だから手伝ってもらってる中村さんと二ノ宮さんの二人には、感謝している。
何だったら少しくらいチョロ魔化して二人が私腹を肥やしていたとしても、基本的に文句は言わないつもり。
ただ、度が過ぎると思った時に、処分すれば良い。
自分は、それが出来てしまう。
立場的にも。
力的にも。
“呪喜童子”なのだから。
当然、ここで働く二人もそれは理解している。
意に添わなければ、去るか、死だと、、、。
貴照は今、とある外資系のエライさんに依頼された御祓いをしてきたところ。
この頃、感じるモノがある。
異常なほど力が強くなっていってるのが、自分で解かる。
――僕は、人間のままで居れんのかな、、、
童子の名を冠し、少し怖くなり始めの時期でもあった。
童子に成りたての、術師あるある。
マンションの廊下を歩いて、部屋の前に辿り着く。
ポケットのカードキーを出して、パネルに当てた。
安っぽい音と共に、扉が解除。
貴照が住まいにしているワンルームへ入ろうとして、玄関で溜息。
――また、、、
そこに、見覚えのあるクロックスが脱いであったからだ。
廊下から部屋に入ると、キレイに掃除され、仕上げの拭き掃除をしている人物が居た。
貴照に、振り向きながら笑った。
「いくらお義母さんでも、息子の部屋に勝手に入んのはどうなん、、、?」
ぶっきらぼうに言う。
貴照の言葉に悪びれる事も無く、反対にフェロモンを撒き散らして近付いて来た。
「疲れた身体を休める場所は、清潔にしといて損は無いやろ?」
言って貴照の腕を取り、豊満な胸に当てる当てる押し当てる。
「お義母さん、息子にそんなくっ付かんといて、、、」
腕を引っこ抜く。
極力クールに、オトコマエに振舞うが、感触が残る腕が気になる。
――ったく!
自分に言ったのか、義母に毒づいたのか判断に苦しむ。
「貴照さん、コーヒー淹れましょか?」
メゲもせず、キッチンに立とうとするので背中から肩を掴んで、義母を玄関の方に向けた。
「自分で淹れるから、、、」
言いながら背中を押し、いかにも息子が親に対してウザそうに対応する感じを出す。
そうはしているが、本音を言うといつ押し倒してしまうか怖くなる時がある。
そうしないための枷が、オトコマエを演じる事。
それでも、特に今みたいに仕事を終えたばかりで御祓いハイになってる時は、欲情もハイになっている。
女性が眼の前に居たなら、誰だろうが三大欲求の一つを満たすためにその身体に貪り付きたくなる。
「いやん解かったから、そんな強う押さんといて~なぁ、、、」
――知るか!
一気に玄関まで押す。
「貴照さん、痛い!」
性根が優男の貴照、思わずその言葉に反応して手を離してしまう。
玄関まで、強気で押し切るつもりだったのに、、、。
「もう、、、貴照さん、痛いわぁ」
そう言って、義母は甘えた声を出す。
少し見上げるように、貴照を見つめる。
――これ、、、だ、、、
全身鳥肌が立つ。
気付かれただろうか?
欲情している事を、、、。
パリピ親父より17歳下。
貴照よりひと回り上。
それでも、関係ナシにカワイイと思わせる。
年齢を知らなければ、自分と3~4歳しか変わらないんじゃないかと思ってしまう。
顔を、両手で掴まれた。
「貴照さん、キライにならないでね、、、」
義母の口癖。
スナックでチーママしているところを、親父に見初められたと聞いている。
子連れで来た義母、親父以外に頼るアテは無い。
なのに、沖縄に飛んだ親父。
そうなると、意地でも此処を出て行く訳にはいかない。
連れて来た娘との生活が懸かっている。
しがみ付いてでも、この生活を手放す訳にはいかない。
親父が居ない今、義母がしがみ付く相手は、貴照。
「義母さん、何でもするから、、、ね」
不意に抱きしめられた。
背筋に、電流が奔る。
ほんの、二秒の出来事。
――くっ、、、アカン!
引き離そうと貴照が動く前に、義母の身体がスッと離れる。
くす、、、。
笑った。
――笑われた?!
多分、いや、絶対バレた。
身体を密着されたのだ。
年上の女性に、バレない訳が無い。
顔が赤くなっていくのが、自分でも分かった。
クロックスを履くと、扉のノブに手を掛けながら振り返る。
「希良々の事も、可愛がってや、、、」
そう言うと、やっと出て行ってくれた。
オートロックが閉まる音。
それを聞いたら、その場に崩れ落ちた。
――もう、、、疲れた、、、
ベッドまで行く気力も無くなっていた。
崩れ落ちた体制のまま玄関先で、あっという間に貴照は寝息を立てていた。
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