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水の中のグラジオラス 一の章
憧物欲愛 壱 その3
しおりを挟むモコのパンチが、ただのパンチでは無いと確信する毘袁。
多いのは火炎系。
当たると燃える。
もしくは爆発。
痛さが倍増。
――どれが来る?!
毘袁は集中して、モコの拳を防御の体勢で受けた。
剥仕ん!
――、、、ん?
痛くない?
疾い。
鋭い。
刃物のような切れ味のパンチだと思ったが、実際受けてみるとなんてことはない。
お嬢様パンチ。
そんな表現が毘袁の頭に浮かんだ。
――所詮、女のパン、、、チ??
そう思った時、気付いた。
パンチを受けた右腕。
自分の右腕から、女のパンチで弾かれたようにさらにもう一本、残像のような自分の右腕が飛び出ている。
、、、ように、毘袁には見えた。
「え???」
自分の右腕が、二本ある。
濃い、現実じみた腕と、幻のような薄い色合いの腕。
――何やなんや?!
肘から分かれて、その先が二本になっている。
慌てて動かしてみると、自分の意思に反応して動くのは、薄い幻のような腕の方。
ハッキリした色合いで現実感のある方の腕は、上手く動いてくれない、、、。
その二本の腕は、何本かの糸のようなもので繋がっていた。
ぽつ、、、。
ぽつ、、、。
毘袁が見ている間に、その糸が切れていく。
――絶対にヤバい!
直感的にそう思った。
弾き出された幻のような薄い色の腕を、曖昧な感覚で上手く動かせない現実じみた濃い色の方の腕に重ねて、念じる。
――分かれた腕を、一つに、、、!!
毘袁がホッとする。
案外あっさり、腕は一本になった。
戻った腕を振り、拳を開いたり閉じたりして確認。
――大丈夫だ、、、
そう確認すると、対峙する女に視線を戻す。
モコも起きザマに念を集中させ、強引にEG波を搔き集めた結果、力み過ぎてちょっと立ち眩み。
小さく首を振って、自分で頭を叩いた。
「ふ~。クラっとした、、、」
“間”が空いた事で、毘袁にも時間が出来た。
「今のは、何だ?!」
「はぁ?」
「俺の腕が、おかしな事になった。オマエの術か?!」
「ハイそうです。私の術でこんな効果がありますって説明すんのんかい」
右斜め上を向いて大袈裟に笑う。
スッ、、、と視線が毘袁を捉えた。
「アホか!!」
モコダッシュ。
一歩半で、拳の射程距離。
正拳を、当てれる!
EG波を纏うモコに、毘袁が引く。
パンチ自体は痛くないが、拳を当てられると、さっきの現象が、、、!
モコの正拳をガード、、、するハズの腕を上に挙げて、届かない距離に逃げる。
拳が届かない距離を取る。
ならばと、さらに踏み込むモコ。
そうなるだろうと、思い切り後ろへジャンプ。
それすらも読んでいたモコは、毘袁がジャンプしたのと同じ距離を詰めて来る。
改めて、正面から正拳を撃ち込む!
毘袁は、、、!
腕でのガードは危険、、、なんだが、このままでは鎖骨に喰らう。
お嬢様パンチと言っても、一応は武術の経験がある者の拳。対して鎖骨は骨が丸見えの鍛えられない場所。
角度がキマると、簡単に折れる。
当らないように広げた腕を、戻す時間は無い。
咄嗟に、毘袁はひたいを下げていた。
パンチを頭の固い部分、毛の生え際で受けるのは、たまにやる。
それが、咄嗟の動作に出てしまった。
動き出した動作は、戦闘中、止められるものではない。
額で見事に、モコのパンチは防いだ。
受けた反動で、身体が少し後ろに反る。
痛さによるダメージは無い。
代わりに、毘袁は不思議な光景を観る事になる。
自分の眼が、自分の後頭部を観ていた、、、。
「くっ、、、!?」
顳顬が冷たくなった。
頭頂部からも血の気が引く感覚が、毘袁を襲う。
眼の端々に、糸も観える。
放っておくと、糸がどんどん切れていく。
これは、絶対にヤバい事だ。
それだけは、本能が反応している。
――糸を切らしてはイケナイ!!
意識を集中させた。
横から見ると、現実的な濃い色の自分が居て、その後ろに弾き出された幻想的な薄い色の自分が居る。
腕の時と同じだ。
視覚、意識を考えると、薄い方の自分が本当の自分か?
濃い自分が見えているのだからそうなるのだが、、、本当にそうか?
悩む間にも、糸が切れていく。
――とにかく今は、、、!
集中力を高める。
――ひとつに、、、!!
スッ、、、と濃い方の自分に向かって、薄い方の自分を重ねる。
念じる。
視覚と感覚が、正常に戻る。
戻った途端、左脇腹に強烈な中段廻し蹴り。
「うぐっ!」
思わず声を上げてしまった。
それほどの一撃。
お嬢様パンチなどと言ったが、あれは多分、EG波が纏わり付いた時の条件で、実際の痛みは伴わない仕組みになっているのだろう。
その代わりに、あの現象が来る。
で、今のが純粋に空手家の攻撃。
メチャクチャ痛い。
肋骨にヒビが入っただろう一撃。
倒れる毘袁。
片膝を付いて蹲った毘袁に、モコは追い打ちを、、、掛けなかった。
――読まれた、、、
と、毘袁は悔しがる。
痛さに倒れ込み、その隙に乗じて追い打ちを掛けて来たところを足払い。と思ったが、乗ってはくれないようだ。
だがお陰で、少し考える時間が作れている。
これはこれで良しとする。
しかし、厄介な相手だ。
EG波を纏った攻撃は、最後どうなるのか解らないが、拳を打たれた部分を二つに分かれさせたままは絶対に危険。
念を集中して、一つに戻す。
しかしそれをやると、今のように簡単に隙を作ってしまい、追撃を許す。
――どうなる? 何がある?
弾き出される薄い自分は、、、ブラフか?
本当は何も無い、ただの幻影。
それで惑わせておいて、実攻撃を重ねてくる。
確かに、有り得る。
そう思うのは、普通なら自分の能力を自慢気にペラペラ喋るEG使いが多いが、モコがその術式を話さなかったこと。
ネタバレしちゃうとか思われがちだが、どういう能力か話す事で、相手を精神的に追い詰める事の方が多いのが事実。
更にもう一つ、火属性の感じが、全くしないこと。
単純に考えて、パワー系の術式は持っていない。と毘袁は判断。
近接格闘なのに、強化する術式が無くて変化系の術式。
パターンで言うと、水属性か土属性、、、。
仮に水属性の幻術系なら、ハッタリの要素が大きい。
毘袁は喰らった術を分析してみる。
単純な奴は飛び出る自分の幻影で驚き、まともに闘えなくなる。
思考タイプのヤツには、あの糸には何かある。と含みを持たせることで動揺させる。
そこを突く。
確かに戦闘を有利に運べるが、倒すのは結局、自分の力のみ。
それが水属性。
二秒少しで、毘袁はここまでの予想を組み立てた。
だが、、、。
それを試せない。
勇気が無い。
決め手が無い。
正直ビビってるのだが、単純に毘袁を責めれない。誰もが陥る思考迷宮。
糸が全部切れると、本当に何かが起こったらどうする?
そうなった時の対処が、思いつかないからだ。
間合いを取る動きに合わせて、車の反対側を見れる位置まで移動する。
視界の端に、魯甫を確認できる位置だ。
「え、、、?」
魯甫を、二度見していた。
――腕が、無い?
右腕は肘から先が、、、。左腕は二の腕から無くなっていた。
前に立つ女は、金属バットを持っている。
金属バットで切ったのか?
――いやいやそんなバカな。
思考がそちらへ持って行かれた隙に、モコが距離を詰める。
「くっ!」
遅かった。
モコの身体が左右に揺れる。
この動きは、ジャブ、ストレートと連打してくるつもりだ。
それは解かるが、躱せない距離だった。
――普通のパンチか? EGのパンチか?
覚悟を決めて、最悪、左腕を捨てる事にした。
一発目を左で受ける。二発目も、左で受けてカウンターを合わせる。
毘袁はそこまでを頭で描くと、軸足を踏ん張った。
――来い!
読み通りの、左ジャブ。
立ち位置をズラして、左で受ける。
――やっぱり、、、!
受けた左腕から、薄い色の左腕が飛び出た。
次はストレートが来る。
これも左でガード、、、。
――?!
そういう事かと、今、毘袁は理解した。
この女の能力。
弾き出された薄い幻影の腕は自分の思考通りに動くが、色の濃い実在する部分は感覚があやふやで上手く動かない。
幻は動かせても、本物は動かせない。
そう観せる水属性特有の、幻術ではない。
本当にそうなる術式だ。
――くそっ
瞬時に身体を捻り、毘袁は二発目を肩パンを受ける態勢を取った。
構えたが、、、。
――ちっ、、、
二発目は、来なかった。
一度殴る恰好をしたが、モコは毘袁の左腕の状態を観て、ニヤ付きながらスキッピングで退がっていた。
「?」
と思ったら、勢いよく毘袁に迫る。
構える毘袁。
「?!」
モコは直前で止まり、再びニヤ付きながらスキッピングで退がる。
――何をしている?
と思った瞬間、毘袁は気付く。
――時間か、、、!
その通り。
毘袁はモコに、時間を奪われたのだ。
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