小話まとめ(bl)

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バーにて(お客さん視点) *

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 今日も、温かなライトに照らされたバーに入り浸る。昨日は来なかったし一昨日も来なかった。もしかしたら、今日は来るかもしれないから。

 私には好きな人がいる。このバーで出会った女性であった。彼女はいつも泣いている。

 私が初めて会った時も泣いていた。彼女の好きな人の本命は自分ではないのだと泣いていた。
 その相手とはそういった行為はするが、自分とは決まって同じ曜日にしか会わないのだと、泣いていたから。他の日には会えないのだと。

 私なら大切にするのにと言いかけて飲み込んだ。

 愛を囁くには滑稽すぎるし、卑劣だと思ったからだ。
 目の前で泣いている彼女に対して、私だけは誠実であらなければならないという変な責任感や使命感のようなものがある。
 それが愛情からくるものであるから、やたらと強固になって私を動けなくする。

 私は彼女の名前すら知らないのに。この愛は滑稽で惨めで、時々捨てたくなる。

 恋焦がれる相手に名前すら聞けない事態がくるとは思ってもみなかった。

 私が名前を聞いたら彼女はもう此処には来ないだろうし来れなくなるだろう。何処にも居場所がなくなって、泣くところすらなくなるのだろうと無意識に感じたからだ。

 彼女は名前を聞かない私に信頼を寄せているし安心しているように見えた。
 愛情とは忍耐だと聞いたことがあったが、本当に忍耐力が試されて笑ってしまう。

 バーの店員がコップを拭きながら話しかけてきた。

「今日も彼女、来ないかもしれませんね」
「来ないなら悲しいことがなかったってことだろ。それならそれでいいんだ」
「は~、一途。お客さんってほんと健気ですよね。見ててちょっと痛々しくなるぐらいですよ。」
「痛々しいって」
「毎日来てもらってこっちとしては有り難いですけど、次の恋探してみませんか。例えば俺とか」

 口に含んでいた水を噴き出すところだった。

「冗談はよしてくれ」
「冗談?」

 バーの店員が徐に指先まで手入れされた手を伸ばしてきて頬を撫でてきた。

「俺はお客さんのこと余裕でいい子いい子してあげられるよ?」

 それともしてくれるの?と耳元で囁かれた。
 耳元が赤くなってかわいいね、とリップ音が聞こえ、堪らず立ち上がってよろけた。

 かーわいい、と色気が滲んだ笑顔で言われ、フラフラとなりながら店を出た。

 家に帰る途中で代金を払っていなかったことに気づき、慌てて店に電話した。
 バーの店員の声が電話越しだといつもより少し高めに聞こえた。

 ふふっ、と笑われた後、次来た時に払ってね、と言われ、頷くしかなかった。
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