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登場人物はしょうがないじゃん

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 そう結論づけると、この奇妙な現象にも、一応、筋は通る。自分が「小説の主人公」だという突拍子もない設定は、いささか信じがたいけれど。

 とにかく、「どこかで見たような、ありきたりな展開」を回避していかないと、今日という一日を永遠にループすることになるみたいだ。
 
 えーと、まず、遅刻はしない、カーテンを開けて幼馴染の着替えを見たりしない、女の子とぶつかってパンツを見たりしない。経験から導き出したこの三つだけでも、踏まえて行動するとしよう。

 朝の気分転換にカーテンを開けたりなんて絶対にせず、遅刻せずスピーディーに支度を済ませて家を出発する。よし、ここまでは順調。

 死角から飛び出してくる女の子にもぶつからないように……場所もタイミングも分かっているのだから、避けるぐらいは簡単にできる。だけど、ぼくの記憶によると、同じ制服を着ていた彼女は、結構可愛い子だったような気がするのだ。

 ぶつかって倒れて、お互いに最悪の出会い方さえしなければ。もっと普通に知り合っていれば、いい友達になれたりして。あるいは、トモダチを越えて、カノジョとか……なんて甘い期待をしつつ、ぼくは彼女の飛び出してくる丁字路で足を停めて、立ち止まってスタンバイした。

 どん、と横から女の子が突っ込んでくる。
 反動で転びそうになる彼女を、手を伸ばして支えてあげた。

「ちょっとアンタ、どこ見てんのよ! ちゃんと前見て歩きなさいよ!」

 前回、聞いていたセリフと一字一句変わらない内容に思わず笑えてくるが、今回はこちらに落ち度はなく、完全に向こうの不注意だ。改めて容姿を見ると、やっぱり、栗色のロングヘアが印象的な、可愛らしい美少女だった。

「でも、転ばなかっただけ、良かったでしょ? そっちがぶつかってきたんだし」
 
 ぼくが言うと、彼女は、むすっとして不満そうに黙りこんでしまった。自分に非があるのを認めざるを得ないのだろう。そこですかさず、「良い出会い方」に変えるため、名前を聞くことにした。

「ケガがなくて何よりだね。ところでキミ、あまり見ない顔だけど名前は」
「ふん! 今後は気を付けることね! じゃ、あたし急ぐから!」

 ぼくの言葉を遮ってそれだけ言うと、彼女は走って行ってしまった。機嫌は悪かったようだけど、ヘンタイ呼ばわりされて顔面に蹴りをくらうよりはマシか。

 ぼくは空を見上げる。
 どうだい、「神様」。彼女が転ばなければ、パンツが見えることもない! 
 
 少し残念だけどね!

 こうして無事に登校したぼくは、自分の教室へ。
「おっす」
 クラスメイトの悪友が、挨拶もそこそこにガッツリと肩を組んできた。
 機密情報だと言わんばかりに、周囲を確認すると、小声で話し始める。

「お前、知ってるか?」
「なんだよ」
「今日、うちのクラスに転校生が来るらしいぜ。しかも、とびっきりの美少女」

 へえー、とぼくは合鎚を打った。

 ―――ベッドの中で。

 カーテンを開けていない部屋は薄暗く。ぼくはまだジャージ姿で。時計はまだ朝早い時刻を差していて……。
 
 また戻ってる! おかしいじゃないか「神様」っ! 
 
 今回は「テンプレ展開」らしい何かと、遭遇した記憶がないんだけど!

 もう当たり前の動作のように、ベッドから起きて机の上のメモを確認する。
 次の文章が追加されていた。

「女の子の情報にやたらと詳しい悪友の存在とかもありきたりな設定、だよね?」

 知るかよ!
 キャラクター配置までケチをつけられたら、どうしようもないじゃないか! あと、口調がやたらとフランクなのも腹が立つ! 「だよね?」じゃねーよ!
 どうしてぼくがこんな理不尽な目に遭わなくてはいけないんだ……ええい、深く考えていると遅刻フラグを立ててしまう。

 手早く朝の支度を済ませ、家を出た。

 また、丁字路から飛び出してぶつかってくる彼女と出会うシーンも、やり直すことになるのか。今度は、突撃してくる彼女をうまく抱きとめて、少女マンガ的な出会い方を格好良く演出して、機嫌を損ねないような「良い出会い方」に変換できれば……いやいや、「少女マンガ的」な出会い方はマズイか。

「神様」に「テンプレ展開」カテゴリだと判断されたら、またベッドの中まで逆戻りだ。
 悪友が言っていた「転校生がくるらしいぜ、とびっきりの美少女」というセリフも気になるところだ。

 実はそれ、伏線なのかも。

 丁字路で出会い頭にぶつかってくる彼女、便宜上「突撃少女」とでも名付けようか、「突撃少女」こそ、噂の転校生に違いない。

 同じ制服を着ていたけれど、学校では見かけたことがないのも、それの裏付けになる。
 きっと、朝のホームルームでぼくと顔を合わせた「突撃少女」は、開口一番、

「あーっ! あの時の!」

とか言うのだ。

 ベタベタな展開、しかしありえないとは言えない。

 ぼくが「小説の主人公」であるならば、ぼくを包むこの環境は「小説の世界」なのだから。
 それを回避するにはどうすればいいか。あ、その前に、転校生の情報を教えてくる悪友の設定をどうすりゃいいんだ。

 などと、歩きながら考えているうちに、どんっ、と横から人にぶつかられた。

 しまった、いつの間にか「突撃少女」とのエンカウント地点、丁字路に来ていた!

 ぼくにぶつかった彼女が、反動で転ぶ瞬間が、スローモーションで目に飛び込んでくる。
 
 このままだと彼女は転倒してしりもちをつき、M字開脚状態になってピンク色のパンツを見せ、ぼくはまたベッドにループ……。

 させるかっ! 
 
 ぼくは自分が転びそうになりながらも、体勢を立て直し、低い姿勢から足を踏ん張って猛ダッシュ。

 彼女に渾身のタックルをかました。

 転んでしりもちをつきそうな姿勢から、さらに吹っ飛ばされた「突撃少女」は空中で一回転したあげく、うつぶせ状態でアスファルトに豪快に倒れた。

「いた……いたた……ちょっとアンタ、初対面の相手に、なんで渾身のタックル決めてくんのよ! ちゃんと前見て歩きなさいよ!」

 奇跡的にも、彼女は膝を少しすりむいただけで、他はどこもケガしていなかった。
 そして、ぼくがパンツを見る事態も回避できた。
 残念だけど。

「良かった。無事で。やりすぎたから、もっとひどいケガしてるかと思った」
「無事じゃないでしょ! 足すりむいたし! サイテー! 今後は二度とタックルすんな! 時間があれば説教してやりたいけど……あたし急ぐから、じゃあね!」

 怒りの形相でこちらを睨みつけたあと、「突撃少女」は走って去っていた。足を引きずる感じじゃないし、ひざ、大丈夫そうだな。ちなみにぼくは無傷である。
 しかし、これは「フラグ」を立ててしまった気がする……。

 学校に到着し、教室に入ると、悪友が「おっす」と肩を組んできた。

「わーわーわー聞こえない! 転校生の情報とかいらない! そしてお前とは絶交! 友達でもなんでもないから! 赤の他人ですから! 誰ですかあなたは! 近寄らないでください! ほっといてください!」

 両手で耳を塞いで大声を上げながら、ぼくは悪友の腕から逃げた。
 悪友は「なんだコイツ……」と可哀相なヒトを見る目でぼくを見てきたが、これ以上関わらない方がいいと判断したのか、何も言って来なくなった。

 彼には申し訳ないが、これでループは免れた。
 女の子の情報にやたらと詳しい悪友がクラスにいようが、主人公のぼくに関わってこなければ、ただのモブキャラでしかない。

 担任の男性教師が教室に入ってきて、朝のホームルームが始まる。
「今日はみんなに、新しくクラスメイトになる仲間を紹介する。入ってこい」

 そう呼ばれて入ってきたのは、予想通り、あの「突撃少女」だった。

 ひざに絆創膏を貼った彼女は、愛想の良い営業スマイルを浮かべ、来たばかりの転校生らしい社交辞令を始めた。
ぶつかった一件がなければ、あるいは「神様」の監視さえなければ、なんて可愛い子が同じクラスに転校してきたんだろうと自分の幸運に感謝するところだったのに。

「えーと、みなさん、はじめまして。こういう挨拶は得意ではないのですけど、早くクラスに馴染んで、いい友達ができれば、と思っています。あ、自己紹介がまだでしたね。私は……」

 そこまで言って、クラス全員の顔を見渡すと、ぼくと目が合った。

「あーっ! あの時の! タックル野郎!」


 ―――自分の部屋のベッドの中で、ぼくは「分かってたし。こうなると思ってたし」と負け惜しみ気味に呟いた。

 こう来るんじゃないかって。予想はついてたし。

 気付けばぼくは自室のベッドの中でジャージ姿、時計を見れば早起きとも言える時刻。部屋はカーテンで薄暗くて。はいはい。
 ルーティンワークとして机の上のメモを見ると、追加されていたのは次の文。

「転校生とは既に会っていて、再会した二人で、あ、あの時の!的なヤツ、禁止」 

 ほーら、やっぱりね!

「神様」の言い方が最初の頃と比べるとどんどんフランクになっていて、的なヤツ、って何だよ、いうツッコミをしたくもなるけれど、そこは抑えて、今回の反省を次に生かそう。

 そうじゃないと、ぼくにとって永遠に「明日」が来ない。
 カーテンは開けない、遅刻はしないのは当然として、転校生と「既に会っている」フラグを避けるため、ぼくはいつもと違う登校ルートで学校に向かうことにした。美少女との出会いがなくなるのは惜しいが、仕方ない。「突撃少女」が出てくる丁字路さえ近寄らなければ、朝のホームルームより前に会うこともないだろう。

 念には念を入れて、学校に着いたあとも、まっすぐ自分の教室に向かわず、わざと校舎内を遠回りして、普段は通らない廊下を抜けていくことにした。
 これでホームルームぎりぎりに教室に飛び込めば万全だ。悪友が転校生の情報を教えにくるヒマさえ与えない。

 だが、遠回りしたその廊下で、クラスメイトの「ある女の子」と遭遇した。

 担任の男性教師から、授業で使う資料を資料室から出しておいてくれ、とかそんな用事を頼まれたのかもしれないが、彼女は冊子を山にして両手に抱え、重そうに歩いている。

「もう、どこ行ってたの。先生に言われたんだけど、ちょっとこれ、手伝ってくれる?」

 そう言えば、本日、ぼくは日直であり、彼女とペアだった。
 そして、彼女は、眼鏡に三つ編み、あだ名は「委員長」という、テンプレなクラス委員なのだった。

 ―――はい、またベッドの中に逆戻りですよっと!

 悪友もそうだったけど、キャラ設定はしょうがないじゃん!
 
 薄暗い室内でまだ制服に着替えていないジャージ姿のぼくは、机の上のメモを見ると、

「メガネで三つ編みな委員長の女の子とかベタだよね、却下!」

と追加されているメモをびりびり破った。

「転校生」フラグを回避して、まさか学校の廊下で「委員長」とエンカウントするとは……それを「神様」が「テンプレ展開」カテゴリに含めるとは、誰が予想できようか? 

 ぼくは悪くないよね?


(続く)
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