誠実であることは難しい

びっとのびっと

文字の大きさ
上 下
5 / 50

怯えについて

しおりを挟む
はじめて入った新宿のバーで優しくしてくれた、しんちゃんと再会したときのことだった。

お店には来てた?もう慣れたかしら。今日は混んでるわねえ。なんて、とりとめのない話をしていると、その酔っ払いはやってきた。

カウンターの二人組に「どんな音楽が好き?」と話しかけていた。二人組は流行のハウスミュージックを彼に告げると、彼は興味を失って離れていった。

案の定、こちらにもやってきた。
彼の質問にしんちゃんは「シャンソンが好きよ。」と答えた。
彼はわかってたよ、って顔をしながらしんちゃんの肩をポンポンと叩いた。「年寄り扱い?なんか失礼ね!」と笑いながら返す。
そして俺をみて「彼氏は?何が好き?」と聞いてきた。

「ルー・リードとか好きだよ」と言うと、「ルー・リード?ルー・リード知ってるの?」と聞き返してきた。
「うん。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド。あとはニック・ケイブとかも」
彼はあっけにとられながら
「俺も・・・」と言った。
どの曲が一番好き?とか映画のサントラが、とかドアーズはどう?とか話が盛り上がってくると、しんちゃんが「あとは若い二人でしゃべってなさい!」と言い常連グループの方に戻っていってしまった。

ちなみに酔っ払いの彼には、ガタイのいい優しそうな30才くらいの連れがいたが、「ボク、シャンソン興味あるなあ。」と言いながらしんちゃんの後をついていった。

彼とはずっと音楽や映画の話をしてただけだったが、また会おうよ、となって連絡先を交換する。
その夜の二日後くらいに、彼から電話がかかってきた。(翌日ではなかったがすぐだったと思う)


「俺のこと覚えてる?」
第一声はそれだった。
「もちろん、覚えてるよ。音楽の話をした」
「そう、それ。よかったら会わない?」


渋谷の大きな映画館の前で、昼の12時に約束をした。
会話は覚えていたが、彼の顔はぼんやりとしか思い出せない。そんなに太ってはいなかったが白くてムチムチしていた。大福餅みたいな。でも、なんだか彼は輝いてて見えた。

たぶん向こうから声をかけてくれるだろうと、早めに待ち合わせの場所に行ってみた。


約束の12時になって、自分が緊張していることに気づく。なぜだろう。
10分過ぎて、だんだん不安になり、落ち着かなくなってきた。待ち合わせに誰も来ず騙されたテレクラの男の話を思い出す。いや、そういうんじゃないだろう。
さらに5分過ぎて悲しい気持ちになってくる。
気が変わったんだろうか。

いつも、ガードレールに座って街を眺めたり、人の流れを観察したりして、のんびりしている。
それが定石だった。
今日は、それがうまくできない。
なぜか通り過ぎる人の目が気になった。


12時20分を過ぎた。
普段なら1、2時間は平気だ。でも、もう我慢ならなかった。
ここでの表現は「逃げるように」が正解だろう。彼が来なくて、ひどく傷ついてる自分から。

一度しか会ったことないのに
まだ20分しかたってないのに
なにかトラブルがあったのかも

冷静に考えてみればそんなもの。
俺はどうかしてたのだろう。そのまま家に帰ってしまった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

マッサージ物語

浅野浩二
現代文学
マッサージ物語

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

由紀と真一

廣瀬純一
大衆娯楽
夫婦の体が入れ替わる話

処理中です...