誠実であることは難しい

びっとのびっと

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自由について

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店の看板はなかった。
一見、店とはわからない倉庫みたいな鉄の扉は半開きになっていて、なかを覗くとカウンターのバーになっていることがわかる。

重たい青いライトだけの、深海のような世界。
酒瓶がごちゃごちゃと並び、カウンターと椅子は傷んでる。お世辞にもきれいとは言いがたい。


「開いてるよ。」


浅黒い肌の筋肉質な大男が出てきて言った。


今日は入ると、覚悟を決めてやってきた。ここに来る前に、何度も頭のなかで練習した言葉を告げる。

「お酒が飲めないですけど、いいですか」


大男は未成年かと、じろじろと俺を検分したが、無言で頷くとなかへと促してくれた。


「なに?」
カウンター内のマスターが言う。

ぶっきらぼうな問いかけに一瞬面食らうも、気を取り直して
「あ、コーラお願いします」
と注文する。


心許なく立ち尽くしていると、マスターがコーラを持ってきて「12時までならここ座っていいよ。」と、このあと常連客が座るであろう端の席を指さした。


大男はどうやらドアマンらしい。扉を背に通りを眺めながら立っている。
カウンターには二人連れ、奥のテーブル席では四人グループがぺちゃくちゃ喋ってる。


遅れてカウンター内に入ってきたバーテンダーらしき男が俺をチラッと見てから、マスターとひそひそと話はじめた。

コーラをちびちび飲みながら、ぼんやりと扉の方を見ていると


「待ち合わせ?」

とバーテンダーの男が話しかけてきた。

「いや、一人です。はじめてで、その、雰囲気を感じたくて・・・」

マスターが軽くうなずく。そして「サービス。」と一言。チョコと落花生が置かれた。



このとき唐突に、本当に唐突に恐くなった。

失敗だ。ここに来れば大丈夫かも・・・って考えは失敗だ。悪いことばかりが頭をよぎる。


急いで、急いで店を出ようとした。また扉の方を見る。はやく、コーラを飲み干して、すぐに。
でも、12時までは座ってていいって・・・また、俺は気にしすぎてるんだろうか。


ふらりと、四人グループの一人がやってきて隣に座った。
「あのさ。ここ、どんな店かわかってるわよね?」


わかってる。けど、場違いだって、言われてるのか。俺の見た目もかっこよくないし暗いし。客たちが黙ってこっちを見ている。カップルも。ぐうっと息苦しさが近づいてきて、過呼吸の発作の予感がする。

マズイ、と思って俯いた。返事しないと・・・



「やあだ!ちょっとアンタ!泣かしてんじゃないわよ~!」
「ちがう!ちがう!やだ、アタシ恐かった?」
「やっぱり私がいけばよかったのよぉ、大丈夫よ~?」


ポタポタ涙をこぼす俺を見て、男たちが慌てて騒ぎはじめた。


マスターが冷たいおしぼりを持ってきてくれる。

「き、緊張してしまって、すみません・・・」


やっと、話しかけてきた人の顔をちゃんと見ることができた。お目々がキュルンとした、しわしわのオバチャン・・・みたいなおじさん。心配そうに眉毛を八の字にしている様子に、ほっと安心する。


「これ、よかったら飲みな。」
とバーテンダーの男が、あたたかい湯呑みを出してきた。
出し汁?


「ここのママはね、夏でもおでん作るのよー。」まるで子供に話しかけるように説明してくれる。マスターじゃなくて、ママなのか。

「ねえ、アナタいくつ?」

一瞬だけ考えて、正直に答えた。
「18です」

「そう、これからね。」
左手をとって、にぎにぎされた。骨張ったおばあちゃんみたいに小さい手。ここに来る前に想像して期待してた、性的な触りかたじゃなかった。ごめんね。ちょっと言い方が感じ悪かったかも。ごめんね。優しい人、優しい手。


「もう、大丈夫ね。」
大丈夫、大丈夫・・・


「出直します」
うまく笑えた。


「もう帰るの?」
「またいらっしゃいよ。早い時間からアタシたちいるからさあ。」
「いろいろ手ほどきしてあげるわよ~。」


「また来ます」
ちゃんと笑えた。


ひとりぼっちの部屋へ帰る。
親の管理から逃れてやっと得た自由なのに、寂しい場所。
だけど今日は、行きよりも、帰りの方が気分良く浮かれてた。
みんな優しかった。拍子抜けするほど。

次に行ったときは、もう少しうまくしゃべれるかもしれない。 
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