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銭湯で刺青女に(八十七話)

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 江戸ん花は、何も吉原だけでねえ、銭湯もそうや、安か江戸ん花や。
 オラん深川の銭湯は、ほんにええ。目が悦んでおりますて。ほんの小娘も、おぼこ娘も、ええ尻して騒いでおるわ。年増も負けてねえど、アネサが驚くほどの張り持ったんもおる。
 また男衆には、背中の彫り物を見せびらかすんもいてのう。女衆だって、尻や太もも、二の腕に彫ったりしとるて。
 オラはそんな気、さらさらねえけんど、仲間の飛脚では多いのう。彫り物は、鳶、駕籠かき、魚屋、大工、そんで雲助もしよる。なかでん、侠客や女衒なんぞは、背中一面にでかでかや。女で言うと、花柳界ん女、男勝りん女なんかがしよる。
 まあ男の彫りってんは、歌舞伎役者、水滸伝、大蛇退治、龍、虎、金太郎なんかや。でもって女は、弁財天、花吹雪、般若、鯉、女郎蜘蛛、蛇、蠍ってもんだ。そうそう、二の腕に、好いた男ん名命なんかもある。
 みんなこいらは、男気、女気の現れよのう、江戸ん粋や。オラ、女の彫り物が色っぽくて叶わなねえ、やる気が出るだよ。
 ああ、湯けむりん向こうに、背中ん右に般若、尻に毒蜘蛛ん女がおる。オラは、しらばっくれて女んそばに……

 オラ 「ああ、ええ湯だのう、アネサん彫り物もたいしたもんじゃなあ。般若に凄みがある、毒蜘蛛ん絡められたら逃げられんのう。白か肌によう映えてるわな、堅気じゃねえのう、何してなさる?」
 アネサ「男を頂く生業や。わかるな。アテん肌が水弾くんは、男んお蔭や」
 オラ 「じゃ、ますます彫り物に油がのり、映えますのう。お近づきになったよしみで、どこん置屋か教えてなも?」
 アネサ「こん深川の岡場所や、今夜来るかえ?」
 オラ 「行きますとも、アネサん般若に御用が大ありや、毒蜘蛛にも巻かれてえ」
 アネサ「ああ、わかったで、ほな、三河屋ってとこや、後でのう……」

 吉原なんぞの花柳界ん女は、背中一面に彫ったりするけんど、置屋娘はそんでねえ。そんげんこつしたら、銭湯に来れえねえ。肩ん端や尻、太もも、二の腕ぐれえや。さっきは、太ももの内側は、さすがに見れんかったども、あるかもやな。もう直、わかるわいな、そいも楽しみや、三河屋だな。
 ……ん、あった、あった。

 オラ 「アネサ、悦んで来ましたて、泊まってくて」
 アネサ「上がりや、じゃ今夜はアンタが獲物やな。アテん毒蜘蛛に喰われて、男汁たんとのう、ええな」
 オラ 「願ったり叶ったりでやす、そん般若にもよろしゅうのう。あのう、もしや、お股にも彫り物ありやすか?」
 アネサ「ああ、あんでよ。右に蛇、左に蠍や、アテん壺に近付くとやられるでよ」
 オラ 「やられてもええ、きつか極楽いきてえ」
 アネサ「アンタは彫り物やらんのう。そいに背中に女ん搔き傷も、あんまねえ。そんなんじゃ、女を悦ばしとるこつになんねぞ。女はな、男ん背中に思いっきり爪立てて成仏したいんや。アテを悦ばしてみい、般若ん爪で血でんまで掻いたるわ」
 オラ 「いや、そこまでは、まだ女修行の途中でやすけん」
 アネサ「女ん掻き傷は、男ん誉れぞ。アンタ次第やで」
 オラ 「よしゃ、オラん三つの得意技で、なんとかやってみやす」
 アネサ「そんや、アテが般若ん爪出すまで、ガン突きしてえや」
 オラ 「うん、うん、アネサ、オラん背中に頼むて、爪立ててんか」
 アネサ「おいおい、だけん、アンタ次第や、気張れー」
 オラ 「お股の、蛇と蠍が睨んどる、怖いよー」
 アネサ「いいから、やれーーー」



 アネサの般若、毒蜘蛛、蛇、蠍は紅に染まった。
 オラの必死の技喰らって、色は変わり毒気も取れた。
 背中には、女をよがらせた証、爪痕が生々しく残っとるわい。彫り物ではのうて、女ん爪がええ。
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