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新年、女衒稼業へ(五十話)
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年が明けた、慶応三年だ。
しかし去年は天下が揺れたのう、若か将軍様が七月に倒れてまった。そんで天皇様まで暮れに、お隠れになてもたわ。今度は慶喜公が治めるんやと、こん一橋様に縋ってええんかいのう。
まあ、オラはオラや、こん飛脚ん仕事は減らす。女衒から初めて、置屋をやる。女衆を救う、ええ置屋をやる。この世の本当の極楽ん地を作るんや。まずは女衒で、女体道の修行をかさねる、ゆくゆくは三本足でのう。あん土佐兄んとこに、弟子入りや。新年そうそうにな。
オラ 「ごぶさたしてやす。新年おめでとうでやんす」
土佐兄「おお、おめでとうな。さっそくやな、何かあんのかや?」
オラ 「年明けそうそう、オラん行く末のことですて。あの、今年から、土佐兄んとこで女衒の修行してえんだども……」
土佐兄「おまん、それだけでないんやろ。本当のこつ言いや」
オラ 「はあ、先々には置屋をやろうかと……」
土佐兄「あんな、この道は蛇ん道やきの。相当の覚悟がいるがぜよ。あるんかや?」
オラ 「オラは越後んいたときから、人の醜さは反吐が出んほど見て来た。もちろん、オラも醜い。地べたを這って来もうした。泥田ん中で生きて来たすけ、泥田に咲く蓮ん気持ちがわかり申す。女衆を救いてえ。観音様を本当の観音様にしてえ。そんでなければ、あんまりじゃ」
土佐兄「おまんは女に餓えちょるがぜよ。体だけでのうて、女の心にもな。こげな蛇の道でのうて、すけべ道を極めたらええんやないけ。女肉を楽しむだけでええんやない、おまん、こん道怖さ知らんきな。そいに、女の味は、ぼちぼちわかっとるんやろうけんど、女の心知らんやろ?」
オラ 「そうでやす。身も心も深いってこつは、なんとなく」
土佐兄「えかや、女衒や置屋の生業はな、女を一目で見抜くことやきの。そいが出来のうては、話にならんきな」
オラ 「お願いでごわす。土佐兄んとこで修行されてくだせえ」
土佐兄「女に迷っとるようじゃ駄目やき。おまんに、何わかる。そいにな、おまんは人の醜さを知っちゅうとも、悪さを知らんやろ。蛇どころか、鵺、夜叉、化けもんにも繋がる道ぜよ。女衒はの、女を喰っては値を付け、なるだけ高く売りさばくんや。味の違い知るだけで、何年もかかるがぜよ。心知るんに、また先や。置屋は置屋で、高い値付け女を売って儲けるんや。阿漕なもんぜよ。つまりの、己に闇がのうては出来んのや。わかったな、てる吉」
オラ 「だども、オラは決心したんや。蛇ん道だろうと、女衆を救うんや。こっちは、蛇でん何でんええ。観音様を、より観音様にのう」
土佐兄「そうかや、そん決心のほど、オレに見せたんか? ある女をあてがうき、こん女を極楽送り出来るかどうかぜよ、やっか? かなりと冷めた女ぜよ。オレも仕込むんに苦労したきの。なかなか極楽いかんぜよ、こん女はな。おまんが、極楽送り出来たら考えるわ」
オラ 「はあ、オラを試してくらんしょ。女を極楽まで昇天させたんなら、弟子にのう」
土佐兄「今晩、両国橋んとこの、美濃屋ゆう町屋で待っとれ。女を送るき」
オラ 「わかりましたが、では、待ってやんす……」
さあ、今晩の女との勝負次第で、弟子入りが出来るんかもやな。手強そうな女やだろうけんど、なにがなんでん極楽送ったる。オラん先々が係っとるんや、真剣勝負やで。ああ、待ち遠しいわい。
美濃屋、美濃屋、ああここやな。先に入って待ってんのやな。どげな女が来るかいの。腰がなるぜよ。オラん得意技で決めたるわな。
……ん、来たみてえだな。
コマ「あの、あんた、てる吉さんかへ、コマ言いま、話聞いてんな」
オラ「ああ、入ってな、そうや、オラだ。ことがことだすけ、さっそくな」
コマ「なにも急がんども、ウチは体燃えるんまで時がくうし、燃えんかもやで」
オラ「いやいや、必ずや大炎上させたる、そうでのうては弟子入り出来ないんや」
コマ「聞いとるわ、あんたの先々は、ウチ次第でんな。こん体は冷めとるわな、出汁も少ないわな、極楽送り出来っけ?」
オラ「なにがなんでん、送ったるわ。オラん技を使ってからに」
コマ「あんたの得意技とは何ぞえ?」
オラ「越後ん牛突きじゃて。コマが大炎上すんまで、猛進するでな」
コマ「そいは頼もしか、ウチが壊れるぐれえ、来てけろや。女ん悦び、もっともっと味わいて、味わいてー」
……コマは大炎上のあげく、布団、畳、そんで襖まで汚した。溜まりに溜まっていたんやのう、女ん悦びをお潮がしめしたわいな。こいで、女衒に弟子入り出来る、蛇の道から女観音道へ向かうぞえ。
しかし去年は天下が揺れたのう、若か将軍様が七月に倒れてまった。そんで天皇様まで暮れに、お隠れになてもたわ。今度は慶喜公が治めるんやと、こん一橋様に縋ってええんかいのう。
まあ、オラはオラや、こん飛脚ん仕事は減らす。女衒から初めて、置屋をやる。女衆を救う、ええ置屋をやる。この世の本当の極楽ん地を作るんや。まずは女衒で、女体道の修行をかさねる、ゆくゆくは三本足でのう。あん土佐兄んとこに、弟子入りや。新年そうそうにな。
オラ 「ごぶさたしてやす。新年おめでとうでやんす」
土佐兄「おお、おめでとうな。さっそくやな、何かあんのかや?」
オラ 「年明けそうそう、オラん行く末のことですて。あの、今年から、土佐兄んとこで女衒の修行してえんだども……」
土佐兄「おまん、それだけでないんやろ。本当のこつ言いや」
オラ 「はあ、先々には置屋をやろうかと……」
土佐兄「あんな、この道は蛇ん道やきの。相当の覚悟がいるがぜよ。あるんかや?」
オラ 「オラは越後んいたときから、人の醜さは反吐が出んほど見て来た。もちろん、オラも醜い。地べたを這って来もうした。泥田ん中で生きて来たすけ、泥田に咲く蓮ん気持ちがわかり申す。女衆を救いてえ。観音様を本当の観音様にしてえ。そんでなければ、あんまりじゃ」
土佐兄「おまんは女に餓えちょるがぜよ。体だけでのうて、女の心にもな。こげな蛇の道でのうて、すけべ道を極めたらええんやないけ。女肉を楽しむだけでええんやない、おまん、こん道怖さ知らんきな。そいに、女の味は、ぼちぼちわかっとるんやろうけんど、女の心知らんやろ?」
オラ 「そうでやす。身も心も深いってこつは、なんとなく」
土佐兄「えかや、女衒や置屋の生業はな、女を一目で見抜くことやきの。そいが出来のうては、話にならんきな」
オラ 「お願いでごわす。土佐兄んとこで修行されてくだせえ」
土佐兄「女に迷っとるようじゃ駄目やき。おまんに、何わかる。そいにな、おまんは人の醜さを知っちゅうとも、悪さを知らんやろ。蛇どころか、鵺、夜叉、化けもんにも繋がる道ぜよ。女衒はの、女を喰っては値を付け、なるだけ高く売りさばくんや。味の違い知るだけで、何年もかかるがぜよ。心知るんに、また先や。置屋は置屋で、高い値付け女を売って儲けるんや。阿漕なもんぜよ。つまりの、己に闇がのうては出来んのや。わかったな、てる吉」
オラ 「だども、オラは決心したんや。蛇ん道だろうと、女衆を救うんや。こっちは、蛇でん何でんええ。観音様を、より観音様にのう」
土佐兄「そうかや、そん決心のほど、オレに見せたんか? ある女をあてがうき、こん女を極楽送り出来るかどうかぜよ、やっか? かなりと冷めた女ぜよ。オレも仕込むんに苦労したきの。なかなか極楽いかんぜよ、こん女はな。おまんが、極楽送り出来たら考えるわ」
オラ 「はあ、オラを試してくらんしょ。女を極楽まで昇天させたんなら、弟子にのう」
土佐兄「今晩、両国橋んとこの、美濃屋ゆう町屋で待っとれ。女を送るき」
オラ 「わかりましたが、では、待ってやんす……」
さあ、今晩の女との勝負次第で、弟子入りが出来るんかもやな。手強そうな女やだろうけんど、なにがなんでん極楽送ったる。オラん先々が係っとるんや、真剣勝負やで。ああ、待ち遠しいわい。
美濃屋、美濃屋、ああここやな。先に入って待ってんのやな。どげな女が来るかいの。腰がなるぜよ。オラん得意技で決めたるわな。
……ん、来たみてえだな。
コマ「あの、あんた、てる吉さんかへ、コマ言いま、話聞いてんな」
オラ「ああ、入ってな、そうや、オラだ。ことがことだすけ、さっそくな」
コマ「なにも急がんども、ウチは体燃えるんまで時がくうし、燃えんかもやで」
オラ「いやいや、必ずや大炎上させたる、そうでのうては弟子入り出来ないんや」
コマ「聞いとるわ、あんたの先々は、ウチ次第でんな。こん体は冷めとるわな、出汁も少ないわな、極楽送り出来っけ?」
オラ「なにがなんでん、送ったるわ。オラん技を使ってからに」
コマ「あんたの得意技とは何ぞえ?」
オラ「越後ん牛突きじゃて。コマが大炎上すんまで、猛進するでな」
コマ「そいは頼もしか、ウチが壊れるぐれえ、来てけろや。女ん悦び、もっともっと味わいて、味わいてー」
……コマは大炎上のあげく、布団、畳、そんで襖まで汚した。溜まりに溜まっていたんやのう、女ん悦びをお潮がしめしたわいな。こいで、女衒に弟子入り出来る、蛇の道から女観音道へ向かうぞえ。
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