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長屋、隣部屋に越して来た女(四十三話)
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オラん長屋に着いたんは、日本橋で四発決めたすけ、夕方になてもうた。ここは、ええ人だらけで、気の置けない連中が多いの。
ああ、こん前に甘えた、乳の張った、かっちゃんがいた。
オラ 「かっちゃんや、オラは潮来から帰って来たて」
かっちゃん「てる吉、しばらく見ねえと思ったら、そんげん所へ行ってたんけ。まさか、わざわざ潮来遊郭じゃねえのかいや」
オラ 「いや、ほかにも東国三社にも参って来たんやで」
かっちゃん「まあ、たんとええ思いしてたんやろて、このすけべが。ああ、そうや、お前んとこの隣にな、三十路の出戻り女が越して来たで。子が出来のうて、嫁ぎ先を離縁されたんやと。可哀想やけん、お前が隣んよしみで仲良くしてやってんか」
オラ 「そうですかい。そいはそいは不憫ですの。わかりやした。ところで、かっちゃんや、乳の張り過ぎは良くなったかえ?」
かっちゃん「ああ、こん前は、お前にたんと呑んでもらったの。今は赤子が、よう飲呑むよって、まあ大丈夫やで。また、困るようになった時は頼むわいな。わいの旦那はまだ、どっかの女んとこに入りびたりやでの。乳の張りの痛み取ってくれたら、たっぷりとまたお礼すんで」
オラ 「こっちこそ、願ったり叶ったりですけん、悦んで。じゃ、また今度の」
さてさて、しばらくは仕事を休むとするかいな。潮来帰りで、旅の疲れがあるすけの。夕飯には、霞ヶ浦獲れた、わかさぎの佃煮ですませよっと。
……あれっ、木戸を叩く音がすんの。誰か来たんかいや。
オラ「はいはい、どなたさんですかいな?」
キク「わたしゃ、こんだ隣に越して来たキクいいますねん。今後、よろしゅうたのんます」
オラ「ああ、こっちこそ、よろしくの。何かあったら、何でもたのんでくらんしょ」
キク「では、おやすみなさいよって。お邪魔しましたの」
なかなか、気立てのええ姉さんよの。しかし、子が出来のうて、そんで離縁かいな、あんまりよのう。三十路言うたから、オラより一回り位上やな。さて、飯すんだすけ、酒飲んで寝っかな。
……あれれっ、また木戸を叩くの。
オラ「はっ、姉さん、どないした?」
キク「よしみの品、渡すの忘れてもうた。甘い柿と、しぶ柿どっちがええ?」
オラ「そうですかいな、せっかくや、両方もらいやす。ありがとごわす」
キク「夜分、すんませんでしたの、では……」
オラ「待ってくらんしゃい。こっちも、何かやりますて。オラ、飛脚ん仕事してての、気晴らしで潮来に行ってたんや。向こうで買って来た、わかさぎの佃煮があるすけ、持っててくれて」
キク「あんたさん、そいで酒呑んでたんに、何か悪いの」
オラ「いやいや、隣んよしみで、いってことですわい」
キク「あの、えかったら、わたしゃが、お酌しますけんど」
オラ「ええんですかいの。オラ、むさ苦しい暮らしをしとんだども」
キク「こっちこそ、隣んよしみですわ。わたしゃの話聞いてけろや?」
オラ「ああ、もう酒がまわっとるんやけんど、なんなりと語ってけろ」
キク「うん、わたっ、わたしゃの、悔しいて悔しいてなんねんや。嫁ぎ先から離縁されたんやで、十年経っても子が出来んかったんや。そいに、旦那が淡泊での、たまにしか乗っかってこんでの。わたしゃ、一日でも早く、子がほしいのに、こっちに来ないんやで。そいだったら、ますます子出来んわい。毎夜毎夜気をもんでの。そんうちの、わたしゃはの、お上がりなってしもうたんや。こんで、もう、やや子は出来ん体になったて。泣いた泣いた、涙は枯れた、声もかすれた、虚ろんなったわ。あんたさん、わたしゃん気持ち、わかっかえ?」
オラ「よくわかるじゃ。オラん生まれた越後が、そいじゃた。昔は昔。ともに前向こうて。さあ、お酌たのむて」
キク「はいな、どうぞ。わたしゃも、もらおうかいの」
オラ「さあ、飲んでくらっしゃい。酒で流しましょうて。お酌を酌み交わしとると、オラん女みてえやの。隣部屋だし、いつでも来てくらんしょ、オラも行くて」
キク「ああ、そんだの、慰め合おうて。泊まってってええか?」
オラ「え、ええとも、夫婦見てえになっか。オラは淡泊じゃねえぞ」
キク「わたしゃよりも若いんやけん、がむしゃらにしがみ付いてんか。男は、どすけべで、のうては。そんでこそ、男じゃて。わたしゃ、もう、子が出来ん体や。滝のように浴びせてええでな。さあ、来てけろや……」
……朝んなてもうた。
キクは、オラと同じ業を抱えとるだけあって、やるときはやるわ。
旅ん疲れを取るどころか、腰が痛くなってしもうたわ。仕事は、しばらく休もっと。
ああ、こん前に甘えた、乳の張った、かっちゃんがいた。
オラ 「かっちゃんや、オラは潮来から帰って来たて」
かっちゃん「てる吉、しばらく見ねえと思ったら、そんげん所へ行ってたんけ。まさか、わざわざ潮来遊郭じゃねえのかいや」
オラ 「いや、ほかにも東国三社にも参って来たんやで」
かっちゃん「まあ、たんとええ思いしてたんやろて、このすけべが。ああ、そうや、お前んとこの隣にな、三十路の出戻り女が越して来たで。子が出来のうて、嫁ぎ先を離縁されたんやと。可哀想やけん、お前が隣んよしみで仲良くしてやってんか」
オラ 「そうですかい。そいはそいは不憫ですの。わかりやした。ところで、かっちゃんや、乳の張り過ぎは良くなったかえ?」
かっちゃん「ああ、こん前は、お前にたんと呑んでもらったの。今は赤子が、よう飲呑むよって、まあ大丈夫やで。また、困るようになった時は頼むわいな。わいの旦那はまだ、どっかの女んとこに入りびたりやでの。乳の張りの痛み取ってくれたら、たっぷりとまたお礼すんで」
オラ 「こっちこそ、願ったり叶ったりですけん、悦んで。じゃ、また今度の」
さてさて、しばらくは仕事を休むとするかいな。潮来帰りで、旅の疲れがあるすけの。夕飯には、霞ヶ浦獲れた、わかさぎの佃煮ですませよっと。
……あれっ、木戸を叩く音がすんの。誰か来たんかいや。
オラ「はいはい、どなたさんですかいな?」
キク「わたしゃ、こんだ隣に越して来たキクいいますねん。今後、よろしゅうたのんます」
オラ「ああ、こっちこそ、よろしくの。何かあったら、何でもたのんでくらんしょ」
キク「では、おやすみなさいよって。お邪魔しましたの」
なかなか、気立てのええ姉さんよの。しかし、子が出来のうて、そんで離縁かいな、あんまりよのう。三十路言うたから、オラより一回り位上やな。さて、飯すんだすけ、酒飲んで寝っかな。
……あれれっ、また木戸を叩くの。
オラ「はっ、姉さん、どないした?」
キク「よしみの品、渡すの忘れてもうた。甘い柿と、しぶ柿どっちがええ?」
オラ「そうですかいな、せっかくや、両方もらいやす。ありがとごわす」
キク「夜分、すんませんでしたの、では……」
オラ「待ってくらんしゃい。こっちも、何かやりますて。オラ、飛脚ん仕事してての、気晴らしで潮来に行ってたんや。向こうで買って来た、わかさぎの佃煮があるすけ、持っててくれて」
キク「あんたさん、そいで酒呑んでたんに、何か悪いの」
オラ「いやいや、隣んよしみで、いってことですわい」
キク「あの、えかったら、わたしゃが、お酌しますけんど」
オラ「ええんですかいの。オラ、むさ苦しい暮らしをしとんだども」
キク「こっちこそ、隣んよしみですわ。わたしゃの話聞いてけろや?」
オラ「ああ、もう酒がまわっとるんやけんど、なんなりと語ってけろ」
キク「うん、わたっ、わたしゃの、悔しいて悔しいてなんねんや。嫁ぎ先から離縁されたんやで、十年経っても子が出来んかったんや。そいに、旦那が淡泊での、たまにしか乗っかってこんでの。わたしゃ、一日でも早く、子がほしいのに、こっちに来ないんやで。そいだったら、ますます子出来んわい。毎夜毎夜気をもんでの。そんうちの、わたしゃはの、お上がりなってしもうたんや。こんで、もう、やや子は出来ん体になったて。泣いた泣いた、涙は枯れた、声もかすれた、虚ろんなったわ。あんたさん、わたしゃん気持ち、わかっかえ?」
オラ「よくわかるじゃ。オラん生まれた越後が、そいじゃた。昔は昔。ともに前向こうて。さあ、お酌たのむて」
キク「はいな、どうぞ。わたしゃも、もらおうかいの」
オラ「さあ、飲んでくらっしゃい。酒で流しましょうて。お酌を酌み交わしとると、オラん女みてえやの。隣部屋だし、いつでも来てくらんしょ、オラも行くて」
キク「ああ、そんだの、慰め合おうて。泊まってってええか?」
オラ「え、ええとも、夫婦見てえになっか。オラは淡泊じゃねえぞ」
キク「わたしゃよりも若いんやけん、がむしゃらにしがみ付いてんか。男は、どすけべで、のうては。そんでこそ、男じゃて。わたしゃ、もう、子が出来ん体や。滝のように浴びせてええでな。さあ、来てけろや……」
……朝んなてもうた。
キクは、オラと同じ業を抱えとるだけあって、やるときはやるわ。
旅ん疲れを取るどころか、腰が痛くなってしもうたわ。仕事は、しばらく休もっと。
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