36 / 101
潮来道中、女船頭のお世話に(三十六話)
しおりを挟む
坂東の色里、潮来遊郭にさっそく行かねばなんね。オラん玉袋を、こん前に牛ちゃんと、サワ姉が刺激してくれたからのう。しばし江戸での打ち方やめで、温存じゃな。潮来までは、日本橋から松戸まで歩き、船ん乗り江戸川を関宿までのぼって。そんで、こんだ利根川をゆらゆら下るんやな。この際、遊郭だけでのうて、東国三社にも参ってこよう。
秋雨の十月、オラは佐原で船を降りて香取神宮にお参りをした。ここは、おごそかなとこで、姿形のええお宮さんじゃたわ。こっからは潮来は近いども、遊びより先にお宮参りや。そんで、また船ん乗り、小見川まで行って鯉の甘煮を味わったのう。対岸は息栖神社や、そこ行ったら鹿島神宮、晩には潮来遊郭や。
あらら、雨が強くなって来たなも、かなり濁った流れよのう。さすが坂東太郎、向こうまで川幅が広いわ。渡し舟が出るんやろうか、なんとか渡りてえもんよのう。いろんな小舟があっけど、みんな渋ってるの、どうしようかい。
ああ、あん女船頭が客を呼んでるやんけ、舟出すんやな。
オラ 「アネサ、対岸まで舟出せっけや?」
アネサ「ほかん舟は、川が荒れてて出さんどもの、ええよ、出すよ」
オラ 「危なくねえけ? オラは晩には潮来に泊まるんや」
アネサ「なあに大丈夫だ。長いこつ船頭やっとる、それに稼がねばなんね。旦那がどっかに消えての、子供はいねえども、糧がいるすけの。心配ねって。こん川、坂東太郎はワイの旦那みてえのもんや。ええとこ、あぶねえとこ、みんな良く知っとるわい」
オラ 「じゃ、向こうまでたのむわ。気い付けての」
アネサ「まさせんかい。おめさん一人やな。舟が出るっぞ」
秋雨で流れは早いは、幅は広いわで、そいに女船頭だしの。ほかん舟が渋って出せんから、仕方ねえなや。どうか無事に着かんとの。
アネサ「お客さん、東国三社参りやな。目の前ん息栖神社から鹿島やな」
オラ 「かっこつけた名目はそんだな。夜は別じゃ」
アネサ「ははっ、お宮参りの垢落としは、潮来遊郭が相場やの。固いのの次は、やわらこうて、ええとこへ行くんやな。ほんに、男はしょうがねえの、はははっ」
オラ 「んだな。遊郭めあてじゃよ。少のうとも、三人は喰わんと」
アネサ「そいは江戸から、はるばる来たんや、女に狂いなはれ。さあ、もう岸に着くで、揺れっから気付けや」
そん時、川に渦が巻いた。小舟は急に傾き出した。おいおいおい、泥水が入って来たぞい。揺れ過ぎじゃろ。こりゃ、やべえんじゃねか、やべえよ。
オラ 「アネサ、何とかしろって」
アネサ「えかや、かかんで舟にしがみ付け、立つんでねえど。おいっ、ワラにしがみ付くなって、動くなって、動くな」
オラ 「だめじゃ、沈むじゃ、アネサ、助けてくれて」
アネサ「ワラにくっつくなって、漕げねえじゃ。向こうさ行け、立って行くなって、立つなーー、ああっ、ひっくり返るーー」
わおぅ、オラが立ったせいで、舟はひっくり返り、アネサと川ん中。
幸い、二人は泳げるすけ岸までたどり着いた。泥だらけ。
アネサ「だけん、立つなゆうたやろ、舟ん中では、船頭しか立っちゃだめなんや。ああ、こげん泥だらけではいけん、ワラん家で水浴びしていけ」
オラ 「たびたび、悪いのう。そうさせてもらいま」
アネサ「そこや、近いで。あれっ荷物は?」
オラ 「荷物はもともとねえ、手ぶらで来たんや」
アネサ「何? 着替えなしかや」
オラ 「ふんどしは、毎夜に宿で洗って乾かし、朝にしめるんやけん」
アネサ「一枚しかねえのかや。しょうがねえ、ワラが洗うわな。水浴びしたら、帰ってくりょ。ああそっか、ふんどしがこれしかねえけ。しばらく乾かんの、晩に近くはなるしの、どうすっかな。おめえ、今晩のうちに潮来に着かんけんな。行くんけ?」
オラ 「遊郭がオラを待ってんだども、三人は味わんこつには」
アネサ「けけっ、三人じゃのうて、ワラを足して、四人味わえばええ。そもそも、ワラんお客さんや。こうなったいじょう、ワラはええで」
オラ 「今晩、泊めてくれるだけでのうて、のっかってもええんけ?」
アネサ「お客は大事にすんのや。二人して泥おとしたら、寝床で汗まみれになろうや。ワラは旦那が消えてってから、ずっーと男日照りやったわ。あんたさんの、若汁で潤してくらんしょ。お願いや……」
ああ、舟は転覆、オラは泥だらけ、潮来遊郭には着けず。
息栖神社の前の、利根川の女船頭のとこで、昼まで寝てたのう。
今日は、鹿島神宮を参ってから、必ず潮来遊郭や。ふんどしは、とうに乾いちょる。
秋雨の十月、オラは佐原で船を降りて香取神宮にお参りをした。ここは、おごそかなとこで、姿形のええお宮さんじゃたわ。こっからは潮来は近いども、遊びより先にお宮参りや。そんで、また船ん乗り、小見川まで行って鯉の甘煮を味わったのう。対岸は息栖神社や、そこ行ったら鹿島神宮、晩には潮来遊郭や。
あらら、雨が強くなって来たなも、かなり濁った流れよのう。さすが坂東太郎、向こうまで川幅が広いわ。渡し舟が出るんやろうか、なんとか渡りてえもんよのう。いろんな小舟があっけど、みんな渋ってるの、どうしようかい。
ああ、あん女船頭が客を呼んでるやんけ、舟出すんやな。
オラ 「アネサ、対岸まで舟出せっけや?」
アネサ「ほかん舟は、川が荒れてて出さんどもの、ええよ、出すよ」
オラ 「危なくねえけ? オラは晩には潮来に泊まるんや」
アネサ「なあに大丈夫だ。長いこつ船頭やっとる、それに稼がねばなんね。旦那がどっかに消えての、子供はいねえども、糧がいるすけの。心配ねって。こん川、坂東太郎はワイの旦那みてえのもんや。ええとこ、あぶねえとこ、みんな良く知っとるわい」
オラ 「じゃ、向こうまでたのむわ。気い付けての」
アネサ「まさせんかい。おめさん一人やな。舟が出るっぞ」
秋雨で流れは早いは、幅は広いわで、そいに女船頭だしの。ほかん舟が渋って出せんから、仕方ねえなや。どうか無事に着かんとの。
アネサ「お客さん、東国三社参りやな。目の前ん息栖神社から鹿島やな」
オラ 「かっこつけた名目はそんだな。夜は別じゃ」
アネサ「ははっ、お宮参りの垢落としは、潮来遊郭が相場やの。固いのの次は、やわらこうて、ええとこへ行くんやな。ほんに、男はしょうがねえの、はははっ」
オラ 「んだな。遊郭めあてじゃよ。少のうとも、三人は喰わんと」
アネサ「そいは江戸から、はるばる来たんや、女に狂いなはれ。さあ、もう岸に着くで、揺れっから気付けや」
そん時、川に渦が巻いた。小舟は急に傾き出した。おいおいおい、泥水が入って来たぞい。揺れ過ぎじゃろ。こりゃ、やべえんじゃねか、やべえよ。
オラ 「アネサ、何とかしろって」
アネサ「えかや、かかんで舟にしがみ付け、立つんでねえど。おいっ、ワラにしがみ付くなって、動くなって、動くな」
オラ 「だめじゃ、沈むじゃ、アネサ、助けてくれて」
アネサ「ワラにくっつくなって、漕げねえじゃ。向こうさ行け、立って行くなって、立つなーー、ああっ、ひっくり返るーー」
わおぅ、オラが立ったせいで、舟はひっくり返り、アネサと川ん中。
幸い、二人は泳げるすけ岸までたどり着いた。泥だらけ。
アネサ「だけん、立つなゆうたやろ、舟ん中では、船頭しか立っちゃだめなんや。ああ、こげん泥だらけではいけん、ワラん家で水浴びしていけ」
オラ 「たびたび、悪いのう。そうさせてもらいま」
アネサ「そこや、近いで。あれっ荷物は?」
オラ 「荷物はもともとねえ、手ぶらで来たんや」
アネサ「何? 着替えなしかや」
オラ 「ふんどしは、毎夜に宿で洗って乾かし、朝にしめるんやけん」
アネサ「一枚しかねえのかや。しょうがねえ、ワラが洗うわな。水浴びしたら、帰ってくりょ。ああそっか、ふんどしがこれしかねえけ。しばらく乾かんの、晩に近くはなるしの、どうすっかな。おめえ、今晩のうちに潮来に着かんけんな。行くんけ?」
オラ 「遊郭がオラを待ってんだども、三人は味わんこつには」
アネサ「けけっ、三人じゃのうて、ワラを足して、四人味わえばええ。そもそも、ワラんお客さんや。こうなったいじょう、ワラはええで」
オラ 「今晩、泊めてくれるだけでのうて、のっかってもええんけ?」
アネサ「お客は大事にすんのや。二人して泥おとしたら、寝床で汗まみれになろうや。ワラは旦那が消えてってから、ずっーと男日照りやったわ。あんたさんの、若汁で潤してくらんしょ。お願いや……」
ああ、舟は転覆、オラは泥だらけ、潮来遊郭には着けず。
息栖神社の前の、利根川の女船頭のとこで、昼まで寝てたのう。
今日は、鹿島神宮を参ってから、必ず潮来遊郭や。ふんどしは、とうに乾いちょる。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

連合艦隊司令長官、井上成美
ypaaaaaaa
歴史・時代
2・26事件に端を発する国内の動乱や、日中両国の緊張状態の最中にある1937年1月16日、内々に海軍大臣就任が決定していた米内光政中将が高血圧で倒れた。命には別状がなかったものの、少しの間の病養が必要となった。これを受け、米内は信頼のおける部下として山本五十六を自分の代替として海軍大臣に推薦。そして空席になった連合艦隊司令長官には…。
毎度毎度こんなことがあったらいいな読んで、楽しんで頂いたら幸いです!
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。


不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる