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番外編(本編は次の章から)

ほんわかバレンタインデー

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 午後2時。おやつの時間というには早すぎるし、お昼ご飯の時間というには遅すぎる時間。だけど、ぐーすかぴーと寝過ごしてしまった僕は、食堂でオムレツをもぐもぐと食べている。僕はほっぺたに詰め込む手をいったん止めて、ぽわぽわ~と今日のイベントについて考えることにした。

 今日はバレンタイン。今までお家の中をうろちょろできなかったから、チョコのプレゼントなんてできなかったのだけれど、今年こそは父さまとか兄さまとか、使用人のみんなにチョコをあげたい! 本当はサプライズでチョコをあげたいけど、もう当日だからお買い物できる時間なんてないし、あげるとしたら手作りのチョコになるかな?
 サプライズであげたいと言っても、僕が怪我したらマリーは怒られちゃうよね……よし! マリーには伝えよう!

 ごくんと口の中に入っているものを飲み込んで、マリーを呼ぶために振り向こうとした。だけどマリーがすぐに気付いて、振り返る前にこっちに来てくれた。僕はふんふんと気合を入れながら、マリーに話しかける。

「あのね、僕チョコレートをつくりたいの!」
「リュ、リュカ様が自らお作りに……!!」

 僕の言葉を聞いた途端、マリーは口に手を当てて、はわわと動揺してしまった。壁際に待機していたコックさんにも僕の手作り宣言が聞こえていたようで、ズサーと滑り込むようにマリーの隣に立って、心配の声をかけてきた。

「リュカ様のか弱いお手に湯が触れてしまえば、大やけどを負ってしまいます! どうか考え直していただけませんか?」
「うーん、でも……」

「外まで聞こえていたけど、いったい何を騒いでいるの?」

 僕が返事を渋っていると、背後から声がかけられた。扉の前には不思議そうな顔をした兄さまが立っている。ぽけ~と兄さまを見ていると目が合った。僕の存在を確認した兄さまは、わざわざそばにまで来て話しかけてくれる。

「おはようリュカ。今日はたくさん寝ていたね。もうお腹いっぱいかな?」
「ううん、まだたべられるよ! あのねあのね、あしたはバレンタインデーだから、みんなにチョコレートをつくってあげたいの!」
「リュカの手作りチョコレート……」
「でもあぶないからだめっていわれちゃって……兄さま、だめ?」

 兄さまの袖を摘んで、こてんと首をかしげる。「兄さまおねがい」とさらに口にすると、なぜか兄さまは天を仰いでしまった。
 兄さまは何度か深呼吸をして落ち着かせたのち、僕の手を握って、マリーやコックさんを説得するかのように話し出す。

「リュカが怪我しないように僕が監視するよ」
「それって、つくっていいってこと!?」
「僕とのお約束が守れたらね」
「うん! ぜったいにまもるよ!」
「よし、じゃあまずはご飯を食べようね」

 兄さまはスプーンを手に取って、僕の口の前に差し出してくる。僕はこの後のチョコレート作りにウキウキしながら、それをぱくっと口の中に迎え入れた。

***********

 今僕がいる場所はキッチン。本当は使用人しか入ったらダメな場所なんだけど、特別に許してもらえた。それに僕が調理台に届かないからって、わざわざ踏み台まで用意してくれた。
 僕が兄さまと約束したのは2つ。高いところにあるものは危ないから自分で取らないということと、お湯や刃物のような怪我しちゃうものには触らないということ。守れなかったら即終了って言われちゃったから、絶対に気を付ける!

 今日作るのは、板チョコを溶かして、それを型に流し込むだけというとっても簡単なもの。兄さまがボウルを持ってきてくれたから、まずはその中にチョコを割って入れる。

 だけど、ふんっ!と力を入れても、腕がぷるぷると震えるだけでヒビすら入らない。「あれ?」と思わず口に出して戸惑ってしまう。兄さまに目配せして助けを求めると、いとも簡単にチョコレートを割ってくれた。なんで僕のときは割れなかったんだろう?

「こおっていたのでしょうか?」
「……リュカがそう思うのなら、凍っていたのかもしれないね」

 あれ、なんか濁されちゃった。僕が首をかしげていると、兄さまは小さい声で「僕がリュカを守ってあげないと……」と呟く。そしたらキッチンにいる使用人のみんなが、首がとれちゃうんじゃないかと思うほど激しくうんうんとうなずきだした。

 ちょっと兄さまの言葉の意味が気になるけれど、はやく続きをしないと! 板チョコは全部兄さまが割ってくれたから、次は湯せんにかけてチョコレートを溶かす作業。熱湯の入ったボウルの上に、割ったチョコレートが入ったボウルを浮かばせる。
 兄さまにボウルを支えてもらって、いざまぜまぜタイム!!

 ふんふんと鼻歌を歌いながら、ゴムベラを使って混ぜていく。気分はパティシエ。僕は楽しいけど、兄さまは「やけどしないかな……大丈夫かな……」とハラハラしている。
 大丈夫だよ兄さま! ゴムだから熱さ伝わらないもん!

 あともう少しで完全に溶けきるといったところで、僕はさらにスピードを上げて混ぜる。そしたら、でろでろに溶けたチョコレートがびちゃっと腕とか首についちゃった。
 ああ、僕でもできるってところを見せたかったのに失敗しちゃった……。

「リュカ、熱くない!?」
「ぜんぜんあつくないよ! だいじょうぶ!」

 心配してくれた兄さまが、ボウルは沈まないように支えたまま、ついてしまったチョコレートをタオルで拭ってくれた。だけど匂いは取れないから、僕の体から甘ったるい匂いがする。

 そんなこんなでチョコレートが完全に溶けきってしまったので、湯せんから外し、次は型に流し込む作業。ボウルの熱さが僕でも持てるくらいなのかを念入りに確認したのち、兄さまに手伝ってもらいながら、んしょんしょと頑張って型に流し込んだ。

 よし、はみ出さずに完璧にできた!

 ちなみに型はハート形で、大きいサイズと小さいサイズの2パターンあるものを選んだ。これで30個ほどは作れた。使用人のみんなに渡すには全然数が足りないけど、マリーと場所を貸してくれた料理人のみんなの分は用意できたはず!

 冷蔵庫に入れる作業は兄さまがやってくれた。高いところに入れてしまったせいでもう見えないけど、また後でねの気持ちも込めてチョコレートにバイバイと手を振っておいた。僕の仕草に気付いた兄さまがくすりと笑う。……ちょっと恥ずかしい。

「固まるのに時間がかかるから、夜ご飯の後にもう一度ここに集合しようか」
「僕と兄さまのつくったチョコレート! へへっ、たのしみです!」
「でも夜ご飯までまだ時間があるから、汚れちゃったしお風呂に入るのもいいかもね」

 そう言われて自分の腕の匂いを嗅ぐ。……うん、チョコの匂いがする。確かにいっぱい汚れちゃったし、もうお風呂に入っちゃおう!

「兄さまのいうとおり、おふろにはいります!」
「じゃあ一緒にお風呂に入ろうか」
「い、いっしょに!?」

 た、たしかに兄弟だから一緒に入るのは変じゃない。でもでも、一緒に入っちゃったら洗いっことかしちゃうよね。……それって、はれんちすぎないかな!?

「に、兄さまのえっちー!!」

 僕は胸の前で手のひらをギューと握りしめて叫ぶ。兄さまは目をぱちくりとさせた後、はっと自分が何を言ったのかようやく気付いたような表情を浮かばせた。
「ちがうんだ、不純な動機なんてないんだよ……ちょっと出来心で……」とぶつぶつ呟いている兄さまを尻目に、僕はマリーに連れられて、チョコレートの匂いが染みついてしまった体を洗ったのだった。

**********

 夜ご飯をもりもりと食べてから、兄さまの手を引いてキッチンに向かう。わくわくして思わずスキップしてしまう。キッチンに着くと、冷やしてあったチョコレートを兄さまが取り出してくれた。
 渡された型の底を指で押すと、用意されたトレイの上にチョコレートが落ちる。初めてながらも、きれいなハート型が出来上がっていた。全部落としていってから、大きいサイズのチョコレートをひとつ摘む。

「兄さま、兄さま! あーん!」
「んんっ!? えっと、あーん」

 兄さまにチョコを差し出すと、ぱくっと僕の指ごと食べられてしまった。ちょっとくすぐったいかも。でも兄さまに悪気はないんだし、ゆるしちゃう!

「兄さまおいしい?」
「僕が食べたものの中でいちばん甘くて美味しかったよ。ほら、リュカもどうぞ」
「うん!」

 兄さまは一回り小さいチョコをひとつ摘んで、あーんしてくれる。僕は兄さまの指が口に入らないように気をつけながら、ぱくっと一口で食べた。

 へへ、兄さまにあーんされちゃった!とか考えながら、口のなかでコロコロとチョコレートを転がして堪能する。板チョコを固めただけなんだから、味なんて変わらないはず。だけど兄さまと一緒に作ったからか、いつもより美味しく感じちゃう。

「兄さま、僕このチョコだいすきです!」
「僕も大好きだよ」

 2人で顔を見合せて笑う。父さまの分をお皿に移してから、残ったチョコレートを使用人の皆にプレゼントした。流し込んだだけのチョコなのに、みんな「美味しい」と絶賛してくれる。
 あまりにも褒めてくれるから、褒められ慣れてない僕は恥ずかしくなっちゃって、今度はチョコではなく兄様の服をきゅっと摘んで、背中に隠れた。

「兄さま……父さまもほめてくれるかな?」
「すごく褒めてくれると思うよ! むしろ保存魔法かけて食べないかもしれない……」
「え、たべてくれないの?」
「リュカがあーんしたら絶対に食べてくれると思うよ」
「じゃあ、あーんする!」

 食べてくれないのかと思って、少しだけしゅんとしてしまったのだけれど、気を取り直して兄さまからの提案通りにやってみようと思う。キッチンを使わせてくれてありがとうとお礼を言ってから、ひとつのチョコレートしか乗っていないお皿を両手で大事に持ち、ゆっくりゆっくりと歩きだす。

 転げることもなく無事に父さまの執務室前に着いたとき、ちょうどいいタイミングで父さまが部屋から出てきてくれた。僕たちに気付いた父さまは、床に膝をついてくれる。

「父さま!」
「リュカじゃないか。美味しそうなものをもっているな。今晩のデザートか?」
「んとね、これ僕と兄さまでつくったの。父さまどうぞ!」

 父さまの口の前に差し出す。でも父さまは驚きで目を開いているだけで、口は開けてくれない。待ってても全然開けてくれないから、「食べて―」とぐいぐい口に押し付ける。そしたらようやく食べてくれた。

「父さま、どう? おいしい?」
「……ああ、すごく美味しい。リュカ、クラウス、ありがとう」
「わわっ! 父様やめてください!」

 父さまは僕たちの髪の毛がぐちゃぐちゃになっちゃうくらい、勢いよく撫でてくれる。兄さまは迷惑そうにしているけど……へへ、うれしい!! 僕は笑いながら父さまと兄さまに抱きついた。

「父さま、兄さま! ハッピーバレンタイン!」

 今日はチョコレートだけじゃなくて、幸せまでも堪能できた一日だった。
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