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第一章 家族編

8話 やっぱり僕の知っているアレン君じゃない!

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 家の中に入るや否や、アレン君は僕を木製の椅子に座らせた。近くにあったタオルを水の魔法で器用に濡らして、泥で汚れた僕の手をやさしく拭ってくれる。まるで割れ物を扱うかのように優しく動く手とは裏腹に、口はひっきりなしに動く。さっきまで盛り上がっていた話の熱は今も冷めず、その流れでアレン君は自分のことをどんどん話してくれた。

 いま9歳のアレン君は、お父さんと2人でこのお家に住んでいる。住民登録という制度はこの国にもあって、その届け出はこのお家の住所で出しているようだ。だけど、土木工事の仕事をしているお父さんに合わせて街を転々としているみたい。そういう理由で、ひとつのお店で長期的に働くことができないから、ある程度大きい街であればギルドがあることに目をつけて冒険者登録をし、別の街でもいちいちアルバイトの応募をしないで済むようにしているらしい。

 ゲーム内では知らされなかったキャラの過去と、アレン君の家族がまだ死んでいないということに安心して目をキラキラさせながら話を聞いていると、アレン君は僕の隣の椅子に座ってきて、急に僕をいたわるように見てきた。だけど、その視線はすぐに外れる。

「親父と一緒に街を転々としているとさ、武装していない状態でも道中で魔物に襲われることがあんだよね」
「え……!?」

 僕が背筋を伸ばして驚いていると、アレン君はこっちに手を伸ばしてきて僕のフードを外す。隠すものがなくなった僕の髪と目。けれど、アレン君は気にしない様子で微笑みを浮かべ、濡れたタオルで汚れてしまった僕の顔を拭いてくれた。

「……冒険者としても魔物と対峙する機会が多い俺だから言える。そこらへんの魔物に人間と契約できる知能なんてねえってな。だから……お前が悪魔なわけねえよ」
「……っ!」

 さっき路地裏で言われて泣いてしまった言葉。アレン君はたまたま出会っただけの僕をいたわってくれている。彼は最後に軽くタオルを滑らした後、汚れのとれた僕のほっぺたを、幼いながらもタコのできている手のひらでするりとなでた。そのときのアレン君は、僕を安心させるために、だけど僕に気を遣っているとは悟らせないために自然な笑顔を浮かべていた。

 僕が貴族だからこんなにやさしいの?……違う。アレン君が心から優しい子なんだ。

 じーんと僕の心が温まる。それと同時に目も温まってくる。僕がくちびるを噛んで涙をこらえようとしているのを見たアレン君は、「ほんと泣き虫だよな、リュカは!」と笑い飛ばした。ただ、ちょっと和やかなムードにするには遅くて、僕はすでに出てきてしまった涙を消すことができず、アレン君からそれを隠すように俯く。彼はそんな僕の頭をポンッと叩いてから、立ち上がって近くのクローゼットを開けた。クローゼットのなかにポツンと置いてあったボックスの底のほうから茶色い布の服をとりだして、僕にそっと差し出す。

「これ、着替えられる? 手伝おうか?」
「……ヒック、で、きる」

 左手でごしごしと目をこすって必死に涙を止めた後、その服を受け取った。そんな僕の姿を見て、アレン君は苦笑いしている。もらった服は平民街を歩いているときに見かけなかったデザインだから、これは小さい子用の部屋着なのだろう。多分、前世の感覚で言うと、近場のコンビニに行けるくらいのラフなルームウェアって感じ。ちゃんとフードがついているデザインを渡してくれたみたいで、その気遣いに気付いて自然と笑顔になる。僕はなんだかちょっと恥ずかしいからアレン君に背を向けて、んしょんしょと着替えた。


 ちゃんと僕がひとりで着替えられたことに大満足のアレン君。にっこにこ笑顔をこっちに向けてくる。その笑顔を見て、着替えているところを見られちゃった!と顔を真っ赤にして照れる僕。アレン君のお父さんが今いなくてよかった。なんだかすごく甘々な雰囲気が部屋の中に流れている。
 でも、もう時計の針が3時を指していることに気付いた。貴族街までは歩きだとかなり時間がかかるから、そろそろ帰らないといけない。僕は、アレン君の「リュカがなんでひとりで平民街に来たのかは聞かないことにする。だけど、心配だから貴族街の手前まで送るよ」という言葉に甘えて、貴族街の手前の道まで送ってもらった。

 だけど、いざ別れるとなったらさみしいもので……あとは「ばいばい、ありがとう」と言うだけなのに、まだ話せることはないかともじもじする。

「リュカ、どうかしたのか?」
「……あ、あのね、きょうのおれいってどうしたらいいかな?」

 なぜかとっさに口から出た言葉。引き留めようとしているのが丸わかりだ。でも何か言ってもらえないかなと思って、アレン君のことを見つめる。アレン君は僕よりも身長が高いから、必然的に上目遣いで見ることになった。僕の言葉にちょっと悩んでいたアレン君は僕を見た後、いいことを思いついたという顔をして、「目を瞑って」と提案してきた。
 僕がその言葉通りに目を瞑ると、「んんっ……!!」と悶える声が聞こえてくる。そのあとすぐ、僕の鼻先には温かくてふにっとした感触が伝わってきた。……ふにっ?

 思わず目を開けると、目の前に広がるのは赤い髪……ドアップのアレン君。
 ……つ、つまり、これって……ちゅー!?

 ちゅーされたことに気付いた僕は、両手で鼻先を抑えてアレン君から離れる。真っ赤になった顔を見せないように俯きながらアレン君に背を向け、僕は勢いよく家に向って走り出した。

「ア、ア、アレン君の、はれんちーーー!!」

 風でフードが脱げてしまうことなんて気にせず、大声で叫びながら僕なりの全身全霊で走り続ける。僕の後ろでは、アレン君の「くはは!!」という笑い声が響いていた。



 息を切らしながら走って自分のお家の門前まで戻ると、マリーが心配そうにそこで待っていた。今にも泣きそうな表情をしているマリーは僕を見つけるとすぐさま駆け寄ってきて、僕のことを強く、強く抱きしめた。僕が勝手に家の外に出てしまったことやフードを被っていないことにはまったく怒らず、ただただ「ご無事でよかった」と泣いている。僕を抱きしめているマリーの腕からは、もう二度とひとりにさせないという強い意思が伝わってきた。

 僕のためだけに泣いているマリーを見た僕は、たとえメモを残していたとしてもこんなに心配させてませてしまうのだから、一人で外に出るのはもうやめようと心に誓った。
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