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第一章 家族編

3話 兄さまにきらわれちゃった!?

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 どうやらバラのトゲの処理は人が通る手前側だけ行っていたようで、僕が手を突っ込んだせいで奥のバラのトゲに当たってしまったから、切り傷ができてしまったみたい。
 兄さまが慣れたように水属性の魔法を出して、傷口をすすいでくれる。その後、手持ちのハンカチですばやく止血してくれているのを横目に、僕は左手で持っているバラを見つめた。

 絶対いい案だと思ったのに、バラをとったせいでこんなことに……!!

 後悔していると、兄さまが動揺を隠せていない声で話しかけてきた。

「リュカ! 手はもう痛くない? もう今日は部屋に戻って大人しく寝ていてね」

 そう言って、兄さまは返事を待たずに僕のことを両手でぎゅっと包み込むように抱っこして、すこし早歩きで歩き出した。兄さまが歩き出したのを見て、マリーが困惑しながら制止の声をかける。だけど兄さまはずっと前だけを見て、僕の部屋に足を進めた。

 屋敷内を歩いている間、使用人達が険しい顔で歩いている兄さまのことを二度見してくる。でも僕をだっこしているというのを確認すると、関わってはいけないとでもいうように、ふいっと目を逸らしていた。

 部屋に着いた兄さまは僕のことをベッドの上に座らせ、いたわるように僕の右手をとって眉を下げる。その顔を見ただけで、僕の胸がツキンっと痛くなった。

「こんなのぜんぜんいたくないよ!」
「無理しなくていいんだよ、リュカ。痛いときは我慢しないで、ちゃんと痛いと言っていいんだよ」

 確かに右手は熱いと感じるけれど、だからといって体が年齢に引っぱられている今でも涙がでるほど痛い訳ではなかった。だから兄さまは心配しすぎなんだ。
 そう思っても、兄さまの顔を見たら口に出せなかった。

 兄さまは僕の右手をじっと見つめながら、目に涙を浮かばせている。

 兄さまは僕と違って貴族の教育を受けている。なるべく表情を出さないように、作ることができるように。だけど、兄さまはいつも会う度に蕩けるような笑顔で僕のことを見てくれたり、僕をみてたまに心配そうに眉を下げたりする。
 それを見て僕は、貴族なのに表情が豊かなんだと思っていた。

 だけれど違った。今見せている表情はそのどちらでもない。ここはゲームの世界だからといっても、今世では現実。目の前にいるのは人なのだから、ゲームで見た事がないような表情まで見せる……そんなの当たり前のことなのに忘れていた。
 僕が、僕が兄さまにそんな表情をさせてしまった。そう気付いたとき、僕は無意識のうちに涙を流していた。

「兄さまっ! ごめんなさいぃ……うぅ……きらわないでぇ!!!」
「リュカ!? やっぱり痛かったんだね? 大丈夫だよ。父様にポーション貰ってくるね」
「やだ……やだよぉ、はなれないで! 兄さま……うえぇーん!」

 兄さまは「痛かったら我慢しなくてもいい」という言葉を聞いて、僕が涙を流したのだと勘違いしたんだろう。違うよ、兄さまを悲しませてしまったことを後悔しているんだ。
 涙が止まらないせいで、謝罪の言葉を口にしたくてもうまく伝えられない。でも、今にも部屋から出ていきそうな兄さまにこれだけは言わなくちゃ。

「兄さま……えぐっ……あのね? マリーにも、にわしさんにも、おこらないでぇ!」

 兄様は僕の言葉に驚き、目を大きく開けた。驚いたからだろうか、その目にはもう涙はなかった。怪我したのは僕が悪いから使用人を罰さないでと訴えたのを聞いた兄さまは、僕の元に戻ってきて、ぎゅっと抱きしめてくれた。いつもより強く、安心させるように背中をポンポンと叩いてくれる。

「リュカ、僕の優しくてかわいいリュカ。こんなときまで他の人の心配をしているなんていい子だね。大丈夫、わかっているよ。心配しないで、ポーションをもらってくるからそれまで寝ていてね」

 兄さまはそう言って抱きしめていた腕を外し、僕をそのままシワひとつないベッドに横たわらせた。僕に毛布をかけた後、兄さまはドアまで向かってしまったけど、振り返って僕を安心させるように声をかけてくれた。

「すぐにポーションを貰ってくるから安心してね」

 兄様はにっこり笑顔を浮かべて、部屋から出て行ってしまった。でも、いつも僕に向けてくれているにっこり笑顔を見ることができたから、僕はまだ兄さまに嫌われていないんだと安心することができた。

 ドア前にはマリーがいて、兄さまが出ていくのをお辞儀して見送っていた。マリーは兄さまが去ったのを確認すると、焦りながら僕の元まで来て、僕の顔と右手を見た。

 僕の右手には、止血のために兄さまの白いハンカチがキツく結ばれている。だけど白いハンカチはもうすでに患部付近が全て赤く染まってしまっているから、ハンカチの下にはとても酷い傷があるんじゃないかと思えてしまう。きっと、兄さまが患部を洗浄してくれたから、滲むように出てきてしまった血がそのままハンカチに付いてしまっているんだろう。これでは大量の血が流れてしまっているように見える。
 それに涙は止まっても、目が真っ赤なままだ。マリーが必要以上に慌てるのは仕方ない。

「リュカ様! あぁ、こんなに血が出て……酷い傷ではないですか」
「ちがうよ、マリー。だいじょうぶ。あのね、兄さまがあらってくれたからね、いたくないよ!」
「……本当に痛くないのですね? ご無理をされていませんか?」
「だいじょうぶ! そんなことより、これ……」

 そう言って、僕はずっと左手に持っていたバラをマリーに見せた。兄さまは僕の傷のことが心配すぎて僕がバラを持っていることに気付かなかったみたいだし、それにすぐ部屋から出ていってしまったから結局渡せなかった。

「これ、兄さまがまたもどってくるから、そのときまでげんきにさせておきたいの」
「さっきリュカ様が手折ったバラですか……分かりました。では花瓶に生けておきますね」
「ありがとぉ!」

 綺麗な状態で兄さまにバラを渡せると思った僕は、今日で2番目くらいのふにゃふにゃ笑顔を見せた。もちろん1番は兄さまに出会ったとき!
 でも僕の笑顔を見て、ようやくマリーも「本当に痛くないのですね、よかった」と安心した笑顔を見せてくれた。

「そのクラウス様が巻いてくださったハンカチはどうしましょうか。新しい包帯を持ってきて、巻きなおしてもよろしいですか?」

 マリーは僕の右手に視線を向けて話す。僕もその言葉に誘われるように右手を見た。
 僕の右手には、キツく結ばれた兄さまのハンカチがある。何故かはわからないけど、それがまるで僕と兄さまの繋がりであるかのように感じた。これが解けてしまうと、兄さまとはもう繋がれないように思えてしまう。……そんなはずはないのに。
 衛生的には悪いけれど、僕は何となくこのキツく縛られているハンカチに安心するからと、マリーの申し出を断った。

 兄さまは僕のことを嫌っていない。だから大丈夫。
 このハンカチを着けて、兄さまがポーションを持ってくるのを待っておこう。
 ポーションってゲームでは苦いって描写があったけど大丈夫かなぁ。

 そんなことを呑気に考えながら、僕は寝て兄さまを待つことにした。


 だけどその日、兄さまが僕の元に帰ってくることはなかった。
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