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第3話 やらかしは続くよどこまでも!
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「すまない」
謝罪の声と、手が引く気配がしたのは同時だった。私は目を開けて、初めてスティグの姿を見た。
暴力的なことを口にしていたわりに、クールな外見。髪が銀色だからだろうか。紫色の髪をしているカティアと、お似合いに見えた。
加えて、想像以上のカッコよさ。取っ付き難そうな冷たい雰囲気はあるけれど、私の好みのタイプだった。
「その、なんというか、配慮が足りなくて」
バツが悪そうにしているスティグに、私は思わず、いえいえ、と返答しそうになった。
だって、こんなカッコいい人が困っているんだもの。でも、ここで否定的なことを言うのはおかしいと思った。
「配慮、とは?」
未だ、スティグに対してどう接していいのか分からない状態で尋ねる。とぼける作戦は継続中なのだ。
「求婚書を送り返してきただろう。だから、その……」
私はその先をドキドキしながら待つ。
「体調が悪くなった、とか」
なるほど。体調を崩したから、ちょっと待ってくれ、と受け取ったのか。ふむふむ。それならそれで話を合わせよう。
「はい。一週間前に体調を崩してしまったんです」
「今はどうなんだ? まだ悪いのか?」
「えっと、体調は戻ったんですが、もう少し養生したいと言いますか」
できれば、この生活に慣れるまでは待ってほしい、というのが本音だった。
「そうか」
「はい。どうぞ、おかけください。今お茶を……」
用意しますね、と言おうとして、ハッと気がついた。貴族令嬢は普通、メイドを侍らせておくものである。それなのに、今の私はメイを下がらせた状態だった。
それは偏に、常に誰かが傍にいるという環境に慣れなかったからだ。
転生前の入院生活でも、私の周りには人がいた。が、それとこれとでは、意味が違う。そもそも、体が辛いのに、人の目など気にしてなどいられない。そんな余裕すらなかったのだ。
加えて入院していたのは、三カ月と数日。その前までは、独身貴族を謳歌していた、アラサー女だ。いくら世話をしてもらうといっても、今の私は十八歳という、若さと健康を兼ね備えた体を持っている。
つまり、何が言いたいのかというと、気が休まらないのだ。数時間でもいい、一人になれる時間がほしかった。
そこで昼間一人の時間を作る方法として編み出したのが、イーリィ伯爵邸にある庭園。その一角にあるガゼボである。そこにティーセットを置いてもらっていた。
この時間はメイも、羽を伸ばしていることだろう。
そんなウィンウィンの時間にスティグがやって来たのだ。
スティグが座っている間に、私は立ち上がり、傍にあるワゴンからカップを取り出した。そして、ティーポットを持って注ぐ。
すでに温くなっているが、仕方がない。スティグが長居するとは思わなかった私の判断ミスだ。メイがスティグの来訪を知らせに来た時に、頼めば良かったのに。
「すみません。新しいお茶を用意したかったんですが、あいにく持ち合わせがないのでお許しください」
「あ、あぁ」
「どうかなさいましたか?」
もしかして、貴族令嬢は自分でお茶を入れちゃいけなかったりするのかな。
「いや、まさかカティアにお茶を入れてもらえるとは、思っていなかったから」
「……そ、そうですか? 最近、よくここにいるんですよ、一人で。だから、入れられるようになったんです」
おほほほほほ、と私は笑って誤魔化した。が、やっぱり駄目だった!
スティグの反応がよくない。眉間に皺を寄せ、難しい表情で、こちらを見ている。怪しまれた、と身構えた瞬間、予想外の言葉が返って来た。
「一人?」
「え? あ、はい。ここはちょうど邸宅から見えない場所なので、一人になりたい時にはうってつけなんですよ。静かなこともあって」
「知っている。だから、俺が来た時はよくここで会っていたじゃないか」
えっ、嘘!?
つまりここは、カティアとスティグが逢瀬をしていた場所ってことじゃない。
だから、求婚書を送り返していても、邸宅の皆は平然としていたんだ。私が毎日ここに来ていたから。あぁ、恥ずかしい!
「最近、よくここにいるって聞いていたから、他に会っている奴がいるんじゃないかと思ったんだが。違うようで良かった。本当に体調が悪かったんだな」
「わ、私が浮気していると? 誰から聞いたんですか?」
「……イーリィ伯爵から」
お父様が? 求婚書を返却しているのはお父様だから、むしろあり得る話だった。けれど……。
「本当ですか? どなたか買収して、私の行動を監視していないですか?」
半分諦め顔のお父様が、私をフォローするとは思えなかったのだ。これでもカティアは大事にされている。その後、会ったお母様とお兄様にも……。
『結婚適齢期になったばかりなのだから、慎重になるのも頷けるわ。手近なところで済ませるのではなく、もっと視野を広げなくてはね』
『それでも俺が結婚する前にしてくれよ。小姑がいたら、相手も伯爵家に居辛くなる』
この時の私は、愛想笑いを浮かべながら、曖昧な返事をした。まぁそれはともかく、スティグの返答に間があったのも気になる。
転生前の私は、貴族社会が舞台の物語を幾つか読んでいた。恋愛だったり、ミステリーだったり。その中に、王家や貴族の家にスパイを送り込む話がある。
イーリィ伯爵家とギルズ伯爵家の仲は良好なのか、力関係のほどなど。私はまだ、それすら知らないのだ。
「か、監視などしていない! ただ、様子がおかしいと聞いたから。心変わりでもしたんじゃないかと思ったんだ。求婚書を返されれば、誰だってそう思うだろう!」
「買収したことはお認めになるんですか?」
「なんでそっちに関心が行くんだよ」
「それは……」
こんな物語みたいなことが、現実に本当にあるのか気になるし。誰が買収されたのかも、興味があった。一体、どんな方法で? というところが特に。
「相手が誰だか知りたいんです。女性ではないですよね」
だからこっちも浮気を疑ってみることにした。
「し、仕方がないだろう。カティアのことを聞くのに、男だと限度がある。だから」
「もしかして、メイですか?」
私の専属メイドというのもあるが、スティグの来訪を知らせてくれたのも、メイだった。
「悪いとは思っている。それに浮気もしていない! これは信じてほしい」
「分かりました。その代わり、私の質問に答えてください。それで許します」
「質問?」
「はい。答えられませんか?」
私は絶好の機会だと思い、スティグを攻める。
この一週間、メイドたちにカティアの情報を聞いたのだが、さすがにスティグとの関係までは聞き出せなかった。
それはカティアが、スティグとの逢瀬を、周りに言い触らすような子ではなかったのだろう。
惚気話をしていた、と聞いたから、そこは上手く隠して言うなんて、可愛らしい子。自分の胸の内で大切にしている、そんな乙女心を思うと、特に。
これが、私が抱いたカティアという女の子の人物像だった。
「そんなことはない。好きなだけ聞け」
ほんの数分のやり取りしかしていなかったが、スティグは短気な性格なのだろう。あと強気な方。だからこの提案には乗ってくる自信があった。
だからだろう。そんな姿にクスリと笑ってしまうのは許してほしい。ちょっと可愛く思えたことも。
謝罪の声と、手が引く気配がしたのは同時だった。私は目を開けて、初めてスティグの姿を見た。
暴力的なことを口にしていたわりに、クールな外見。髪が銀色だからだろうか。紫色の髪をしているカティアと、お似合いに見えた。
加えて、想像以上のカッコよさ。取っ付き難そうな冷たい雰囲気はあるけれど、私の好みのタイプだった。
「その、なんというか、配慮が足りなくて」
バツが悪そうにしているスティグに、私は思わず、いえいえ、と返答しそうになった。
だって、こんなカッコいい人が困っているんだもの。でも、ここで否定的なことを言うのはおかしいと思った。
「配慮、とは?」
未だ、スティグに対してどう接していいのか分からない状態で尋ねる。とぼける作戦は継続中なのだ。
「求婚書を送り返してきただろう。だから、その……」
私はその先をドキドキしながら待つ。
「体調が悪くなった、とか」
なるほど。体調を崩したから、ちょっと待ってくれ、と受け取ったのか。ふむふむ。それならそれで話を合わせよう。
「はい。一週間前に体調を崩してしまったんです」
「今はどうなんだ? まだ悪いのか?」
「えっと、体調は戻ったんですが、もう少し養生したいと言いますか」
できれば、この生活に慣れるまでは待ってほしい、というのが本音だった。
「そうか」
「はい。どうぞ、おかけください。今お茶を……」
用意しますね、と言おうとして、ハッと気がついた。貴族令嬢は普通、メイドを侍らせておくものである。それなのに、今の私はメイを下がらせた状態だった。
それは偏に、常に誰かが傍にいるという環境に慣れなかったからだ。
転生前の入院生活でも、私の周りには人がいた。が、それとこれとでは、意味が違う。そもそも、体が辛いのに、人の目など気にしてなどいられない。そんな余裕すらなかったのだ。
加えて入院していたのは、三カ月と数日。その前までは、独身貴族を謳歌していた、アラサー女だ。いくら世話をしてもらうといっても、今の私は十八歳という、若さと健康を兼ね備えた体を持っている。
つまり、何が言いたいのかというと、気が休まらないのだ。数時間でもいい、一人になれる時間がほしかった。
そこで昼間一人の時間を作る方法として編み出したのが、イーリィ伯爵邸にある庭園。その一角にあるガゼボである。そこにティーセットを置いてもらっていた。
この時間はメイも、羽を伸ばしていることだろう。
そんなウィンウィンの時間にスティグがやって来たのだ。
スティグが座っている間に、私は立ち上がり、傍にあるワゴンからカップを取り出した。そして、ティーポットを持って注ぐ。
すでに温くなっているが、仕方がない。スティグが長居するとは思わなかった私の判断ミスだ。メイがスティグの来訪を知らせに来た時に、頼めば良かったのに。
「すみません。新しいお茶を用意したかったんですが、あいにく持ち合わせがないのでお許しください」
「あ、あぁ」
「どうかなさいましたか?」
もしかして、貴族令嬢は自分でお茶を入れちゃいけなかったりするのかな。
「いや、まさかカティアにお茶を入れてもらえるとは、思っていなかったから」
「……そ、そうですか? 最近、よくここにいるんですよ、一人で。だから、入れられるようになったんです」
おほほほほほ、と私は笑って誤魔化した。が、やっぱり駄目だった!
スティグの反応がよくない。眉間に皺を寄せ、難しい表情で、こちらを見ている。怪しまれた、と身構えた瞬間、予想外の言葉が返って来た。
「一人?」
「え? あ、はい。ここはちょうど邸宅から見えない場所なので、一人になりたい時にはうってつけなんですよ。静かなこともあって」
「知っている。だから、俺が来た時はよくここで会っていたじゃないか」
えっ、嘘!?
つまりここは、カティアとスティグが逢瀬をしていた場所ってことじゃない。
だから、求婚書を送り返していても、邸宅の皆は平然としていたんだ。私が毎日ここに来ていたから。あぁ、恥ずかしい!
「最近、よくここにいるって聞いていたから、他に会っている奴がいるんじゃないかと思ったんだが。違うようで良かった。本当に体調が悪かったんだな」
「わ、私が浮気していると? 誰から聞いたんですか?」
「……イーリィ伯爵から」
お父様が? 求婚書を返却しているのはお父様だから、むしろあり得る話だった。けれど……。
「本当ですか? どなたか買収して、私の行動を監視していないですか?」
半分諦め顔のお父様が、私をフォローするとは思えなかったのだ。これでもカティアは大事にされている。その後、会ったお母様とお兄様にも……。
『結婚適齢期になったばかりなのだから、慎重になるのも頷けるわ。手近なところで済ませるのではなく、もっと視野を広げなくてはね』
『それでも俺が結婚する前にしてくれよ。小姑がいたら、相手も伯爵家に居辛くなる』
この時の私は、愛想笑いを浮かべながら、曖昧な返事をした。まぁそれはともかく、スティグの返答に間があったのも気になる。
転生前の私は、貴族社会が舞台の物語を幾つか読んでいた。恋愛だったり、ミステリーだったり。その中に、王家や貴族の家にスパイを送り込む話がある。
イーリィ伯爵家とギルズ伯爵家の仲は良好なのか、力関係のほどなど。私はまだ、それすら知らないのだ。
「か、監視などしていない! ただ、様子がおかしいと聞いたから。心変わりでもしたんじゃないかと思ったんだ。求婚書を返されれば、誰だってそう思うだろう!」
「買収したことはお認めになるんですか?」
「なんでそっちに関心が行くんだよ」
「それは……」
こんな物語みたいなことが、現実に本当にあるのか気になるし。誰が買収されたのかも、興味があった。一体、どんな方法で? というところが特に。
「相手が誰だか知りたいんです。女性ではないですよね」
だからこっちも浮気を疑ってみることにした。
「し、仕方がないだろう。カティアのことを聞くのに、男だと限度がある。だから」
「もしかして、メイですか?」
私の専属メイドというのもあるが、スティグの来訪を知らせてくれたのも、メイだった。
「悪いとは思っている。それに浮気もしていない! これは信じてほしい」
「分かりました。その代わり、私の質問に答えてください。それで許します」
「質問?」
「はい。答えられませんか?」
私は絶好の機会だと思い、スティグを攻める。
この一週間、メイドたちにカティアの情報を聞いたのだが、さすがにスティグとの関係までは聞き出せなかった。
それはカティアが、スティグとの逢瀬を、周りに言い触らすような子ではなかったのだろう。
惚気話をしていた、と聞いたから、そこは上手く隠して言うなんて、可愛らしい子。自分の胸の内で大切にしている、そんな乙女心を思うと、特に。
これが、私が抱いたカティアという女の子の人物像だった。
「そんなことはない。好きなだけ聞け」
ほんの数分のやり取りしかしていなかったが、スティグは短気な性格なのだろう。あと強気な方。だからこの提案には乗ってくる自信があった。
だからだろう。そんな姿にクスリと笑ってしまうのは許してほしい。ちょっと可愛く思えたことも。
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