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第2話 殴り込み!?

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 そうして私は、何度も確認するお父様に対して、疑問すら浮かばないまま、スティグからの求婚書を送り返した。するとそれを皮切りに、毎日のように届く求婚書。

 怖くて怖くて、私はそのすべてを送り返すように、お父様に頼んだ。さすがにこの時ばかりは、お父様も驚いたことだろう。もうしつこく聞いてくることはなくなった。

 けれどメイは違う。転生してからも変わらずに接してくれる、私の専属メイドさん。
 多分、以前のカティアとは違うと、薄々勘づいていることだろう。誰よりも私の近くにいて、世話をしてくれているから、その変化に気づいていない、とはさすがに思えなかった。

 逆に、家族よりもカティアのことを知っている人物だからか、心配してくれているのも、またメイだった。

 だからだろうか。鏡台の前に座った私を背に、ブラシを持ったメイが尋ねてきた。

「本当に返却してよろしかったのですか?」

 今日もお父様への愚痴を言っていたから、メイが何を差しているのかはすぐに分かった。

 だって仕方がないじゃない。「今日も求婚書が来たんだがどうする?」とあれからずっとお父様は、催促するように私に言い続けていたのだ。

 きっと、「いい加減、相手に会いに行け」と思っているはず。一番迷惑をかけている自覚はあるから、どうにかしなくちゃ、とは思うけど……。

「だって、怖いじゃない」

 普通、返されたら諦めてくれるものでしょう。しかも何度も、送り返していれば尚更だ。

「それくらい、お嬢様のことを想っておいでなのですよ」
「でも……」
「怖いのは分かります。今までは幼なじみだと思っていた相手から、求婚を受けるのは」
「えっ……」

 幼なじみ?

「その時は舞い上がっても、冷静になった途端、あれは本当のことだったのか、とか。冷やかされたのではないか、とか色々思ってしまいますからね。私の友人がそうだったんです。だからお嬢様も……」
「いつ?」
「何がですか?」
「私が求婚されたって話」
「確か、お嬢様が少し変わられた頃だったと思います。それが理由だと思ったのですが……違いましたか?」

 あはははは、と曖昧に返答した。が、これで確証が持てた。
 求婚を受けたのは、私がカティアになった頃。けれど求婚された覚えはないから、その前のことだろう。しかもメイの記憶が曖昧なことから、導き出せる答えはただ一つ。

 だけど、これだけは聞かせて?

「その時の私は喜んでいた?」
「はい。物凄く。いつも以上に惚気話を聞かされたので覚えています」

 私はこれ以上なく血の気が引いていくのを感じるわ、メイ。叫んでもいいかな。もう叫びたくて仕方がないんだけど……。

「お嬢様?」
「いやぁァァァァァァァァァァァァ!!」

 我慢できなかった私は、頭を抱えながら悲鳴を上げるという、最悪の返事をした。


 ***


 そんな事前情報を聞いたのは、二日前のこと。私はその間、「どうしよう、どうしよう」と部屋をウロウロ歩き回り、さらにメイたちを不審がらせた。

 しかし彼女たちを気にしていられるほど、私に余裕はない。スティグのところに謝罪に行くべきか、否か。大いに悩んでいた。

 とはいえ、面識のない私が行っても大丈夫なのか……。いや、そうじゃない。そっちじゃない。そもそも私には行く資格があるのか、というところだ。

 ない、よね。これは……求婚書だって、カティアが承諾したから渡したのだ。それなのに確認もせずに私は……。

 あぁ、本当にバカ。大バカ者だ!

 いくら自分を罵っても、後悔しても、今は何も意味を持たない。けれどこのままにしておくわけにも……いかなかった。そう、絶対に。

 けれど何かしないと、と気持ちが焦るばかりで、結局はいい案は出てこない。そうして意味もなく、時間だけが流れてしまった。誰にも相談できないのだから、無理もない。
 けれどそれは私の都合であって、相手には関係のないこと。

 最悪の場面が、とうとうやって来てしまったのだ。そうカティアの幼なじみ、スティグ・ギルズが私の手前に……!


 ***


 私はお茶を飲みながら、先ほどのスティグの言葉を思い出す。スティグは明らかに怒っていた。声を聞いただけでも分かる。

 相手の立場になれば、それは当然の行動だった。求婚を受け入れてもらい、正式に求婚書を送ったのに、何故か返される。
 これで怒らない相手はいないだろう。

 そこで私は立てた作戦はこうだ。
 その名も、

「とぼけるな!」

 作戦だ。返してしまった事実は覆せない。ならば、とことんとぼけること。私にはそれしか選択肢が残されていなかった。

「いきなり現れて、突然どういうことかと言われたら、何が、と答えるしかないではありませんか」

 うん。貴族令嬢なら、毅然とした態度をとるべきだよね。家の爵位は同じ。そして、幼なじみ相手なら、こんな感じかな。向こうだって怒鳴っているんだから、大丈夫なはず。

「本気で言っているのか?」

 戸惑った声が聞こえてきた。

 それはそうだ。幼なじみの立場を経て求婚することは、つまり昔から思っていた確率が高い。

 それなのに私は知らなかったとはいえ、求婚書を返してしまったのだ。罪悪感が半端ない。私は再びカップを手に取り、飲む振りをして俯いた。

 後ろから足音が近づく。顔が上げられない。ドキドキしていると、

 バン!

 テーブルを叩く、大きな音にビックリして、私は目をつむった。

 求婚書を返して怒っているのは分かる。私に文句を言いに来たことも。それはただ単に私の希望的観測なだけで、本当は殴り込みに来たのかもしれない。

 転生前で見たニュースに、交際を迫った挙句、断られたことに逆上ぎゃくじょうして相手の人を刺した、という事件があったのだ。

 このスティグ・ギルズという男も、そういう危険人物、なのかもしれない。そう思った瞬間、私は毅然とした態度を取ることも、反論することさえも出来なかった。

 下手なことを言って、殴られたらどうしよう。

「カティア?」

 スティグの心配そうな声に、私はそっと目を開ける。すると、頬の近くにスティグの手が見えた。本当に殴られるかも、と思った私は再び目を強く瞑った。
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