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第8話 動かなければ奪われる(リヴェ視点)
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帰らなければ。
ベリンダの命令でブベーニン伯爵邸の使用人から追い出された私は、フォンス侯爵邸へ向かって走った。
ダリヤに出会った時は、帰ることすらできないほど衰弱していたが、今は違う。
途中で力尽きても、帰らなければダリヤが危ない。
サンキーニ男爵は、金で爵位を買った男で、女癖が悪い。だから羽振りがいいので有名だった。そんなところに嫁げば、どんな目に遭うか……!
「ワン! ワン! ワン!」
フォンス侯爵邸に着いた私は、休むこともなく、鉄格子の門に向かって吠えた。
「犬の声……もしかして!」
使用人たちは勿論、我がフォンス侯爵家の秘密を知っている。現在、主が不在である以上、鳴き声だけで私だと気づいてくれた。
その後は目まぐるしかった。すぐに人の姿に戻れるネックレスを従者であるフィルに着けてもらい、指示を出す。勿論、サンキーニ男爵の周辺を調べることだ。それと同時に、連絡の書状も書く。
ブベーニン伯爵の話だけでは、ダリヤとの婚姻がどこまで進んでいるのか分からなかったからだ。さらに言うと、フォンス侯爵邸に戻ってこられた期間。
必死になり過ぎて、あれからどれくらい日にちが過ぎているのか。すでにダリヤはサンキーニ男爵邸にいるのではないか。最悪なシナリオが脳裏を過る。
「ご主人様。サンキーニ男爵からお返事が来ました」
「予想よりも早かったな」
「所詮は金の亡者ですから」
そう、私はサンキーニ男爵にあることを掲示した。
『ブベーニン伯爵家に出したダリヤ嬢との婚姻を取り消せ。詫びとして、ブベーニン伯爵家へ支払う金額の倍を支払おう。応じなければ、支払いは無効とする。尚、ブベーニン伯爵家並びにサンキーニ男爵家の取り潰しも、検討しているため、返答は慎重にすべし』
ダリヤにしてきたことを思えば、最後の文章は脅しではなく決定事項に等しかった。すでにブベーニン伯爵家のことも使用人に調べさせたところ、ある問題が浮上したのだ。
ブベーニン伯爵はダリヤの父親を罠にかけて殺害。母親に好意を抱いていたため、愛人として囲おうとしたが失敗。仕方がなく、残ったダリヤを引き取ったのだそうだ。
いくら相手が平民と謂えど、殺人は殺人。間接的であっても。それも、未来のフォンス侯爵夫人の両親だ。後でいくらでも処分できる。
さて、サンキーニ男爵の返答は、どうだろうか。
「ふふふっ」
さすがは金の亡者。倍払うと言えば、簡単に応じてくれた。後は、ベリンダか。
「フィル。ブベーニン伯爵家へ書状を出す。用意してくれ」
「はい、ご主人様」
そうして、金をチラつかせた求婚書を届けさせたのだ。けれど、相手がベリンダでは困るので、条件として、『飼い犬と一緒に来れる令嬢』と明記した。
犬嫌いなベリンダでは、到底満たせない条件だった。
***
私はダリヤに、事の詳細を簡単に説明した。勿論、サンキーニ男爵やブベーニン伯爵家の末路などは省いて。
「ブベーニン伯爵邸からここまで、かなりの距離ですよ。それを走ったんですか?」
「あぁ」
「馬車でも数時間かかるのに」
「それでも、ダリヤが他の男のものになるのは我慢できなかった。長い間、傍にいたのは私なのに」
ダリヤを膝の上に乗せ、再び抱きしめると戸惑いながらも、背中に腕を回してくれる。
すぐには私とリヴェを、同じだと認識するのは難しいだろう。リヴェの姿だと普通に話すのに、私だと敬語になるのがいい証拠だった。
けれど嬉しいこともある。
「私もリヴェとは離れたくなかったから、嬉しいです」
そう、私をリヴェと呼んでくれるところだ。愛おしくて再びキスをする。
「これからは共にいられる。誰にも邪魔されずにな」
「誰にも?」
「あぁ」
今のダリヤの肩書はブベーニン伯爵令嬢。血の繋がりがなくても、長年伯爵家にいたため、それを疑う者はいない。
正式にフォンス侯爵夫人となれば、ブベーニン伯爵家などなくとも、誰もダリヤを非難したり、バカにしたりする者もいなくなるだろう。平民だったことを知る人物が、この世にいなくなるのだから。
「ダリヤはただ、ここで改めて学べばいい。貴族社会のことも、我が家のことも」
「リヴェのことも?」
「私はダリヤのことが、もっと知りたい」
醜い私は知らなくていいから。
***
「……あの時、リヴェは何故、あそこにいたんですか?」
「初めて会った日のことか?」
「はい」
おどおどしながらも、私の膝の上で尋ねてくるダリヤが可愛い。恐らく、聞いていい話題なのか迷った挙げ句に出た言葉なのだろう。
私は躊躇わずに答えた。
「ダリヤと同じで、宝石商に荷物を受け取りに来ていたんだ」
「ブベーニン伯爵領までですか!?」
「といっても、隣だ」
「で、でも……」
ベリンダのように、使いの者にやらせるものだと思っているのだろう。
「とても大事な物は、人任せにしない主義なんだ」
だから、ダリヤも自分で迎えに行った。
「そしたら荷物は? ずっとリヴェの姿だったから、まだですよね」
「さっきも言ったように大事な物だから、宝石商が預かっている。いずれ取りに行けばいいさ」
フォンス侯爵夫人となったダリヤを連れて。ブベーニン伯爵領から、フォンス侯爵領になった時に、堂々と。
ベリンダの命令でブベーニン伯爵邸の使用人から追い出された私は、フォンス侯爵邸へ向かって走った。
ダリヤに出会った時は、帰ることすらできないほど衰弱していたが、今は違う。
途中で力尽きても、帰らなければダリヤが危ない。
サンキーニ男爵は、金で爵位を買った男で、女癖が悪い。だから羽振りがいいので有名だった。そんなところに嫁げば、どんな目に遭うか……!
「ワン! ワン! ワン!」
フォンス侯爵邸に着いた私は、休むこともなく、鉄格子の門に向かって吠えた。
「犬の声……もしかして!」
使用人たちは勿論、我がフォンス侯爵家の秘密を知っている。現在、主が不在である以上、鳴き声だけで私だと気づいてくれた。
その後は目まぐるしかった。すぐに人の姿に戻れるネックレスを従者であるフィルに着けてもらい、指示を出す。勿論、サンキーニ男爵の周辺を調べることだ。それと同時に、連絡の書状も書く。
ブベーニン伯爵の話だけでは、ダリヤとの婚姻がどこまで進んでいるのか分からなかったからだ。さらに言うと、フォンス侯爵邸に戻ってこられた期間。
必死になり過ぎて、あれからどれくらい日にちが過ぎているのか。すでにダリヤはサンキーニ男爵邸にいるのではないか。最悪なシナリオが脳裏を過る。
「ご主人様。サンキーニ男爵からお返事が来ました」
「予想よりも早かったな」
「所詮は金の亡者ですから」
そう、私はサンキーニ男爵にあることを掲示した。
『ブベーニン伯爵家に出したダリヤ嬢との婚姻を取り消せ。詫びとして、ブベーニン伯爵家へ支払う金額の倍を支払おう。応じなければ、支払いは無効とする。尚、ブベーニン伯爵家並びにサンキーニ男爵家の取り潰しも、検討しているため、返答は慎重にすべし』
ダリヤにしてきたことを思えば、最後の文章は脅しではなく決定事項に等しかった。すでにブベーニン伯爵家のことも使用人に調べさせたところ、ある問題が浮上したのだ。
ブベーニン伯爵はダリヤの父親を罠にかけて殺害。母親に好意を抱いていたため、愛人として囲おうとしたが失敗。仕方がなく、残ったダリヤを引き取ったのだそうだ。
いくら相手が平民と謂えど、殺人は殺人。間接的であっても。それも、未来のフォンス侯爵夫人の両親だ。後でいくらでも処分できる。
さて、サンキーニ男爵の返答は、どうだろうか。
「ふふふっ」
さすがは金の亡者。倍払うと言えば、簡単に応じてくれた。後は、ベリンダか。
「フィル。ブベーニン伯爵家へ書状を出す。用意してくれ」
「はい、ご主人様」
そうして、金をチラつかせた求婚書を届けさせたのだ。けれど、相手がベリンダでは困るので、条件として、『飼い犬と一緒に来れる令嬢』と明記した。
犬嫌いなベリンダでは、到底満たせない条件だった。
***
私はダリヤに、事の詳細を簡単に説明した。勿論、サンキーニ男爵やブベーニン伯爵家の末路などは省いて。
「ブベーニン伯爵邸からここまで、かなりの距離ですよ。それを走ったんですか?」
「あぁ」
「馬車でも数時間かかるのに」
「それでも、ダリヤが他の男のものになるのは我慢できなかった。長い間、傍にいたのは私なのに」
ダリヤを膝の上に乗せ、再び抱きしめると戸惑いながらも、背中に腕を回してくれる。
すぐには私とリヴェを、同じだと認識するのは難しいだろう。リヴェの姿だと普通に話すのに、私だと敬語になるのがいい証拠だった。
けれど嬉しいこともある。
「私もリヴェとは離れたくなかったから、嬉しいです」
そう、私をリヴェと呼んでくれるところだ。愛おしくて再びキスをする。
「これからは共にいられる。誰にも邪魔されずにな」
「誰にも?」
「あぁ」
今のダリヤの肩書はブベーニン伯爵令嬢。血の繋がりがなくても、長年伯爵家にいたため、それを疑う者はいない。
正式にフォンス侯爵夫人となれば、ブベーニン伯爵家などなくとも、誰もダリヤを非難したり、バカにしたりする者もいなくなるだろう。平民だったことを知る人物が、この世にいなくなるのだから。
「ダリヤはただ、ここで改めて学べばいい。貴族社会のことも、我が家のことも」
「リヴェのことも?」
「私はダリヤのことが、もっと知りたい」
醜い私は知らなくていいから。
***
「……あの時、リヴェは何故、あそこにいたんですか?」
「初めて会った日のことか?」
「はい」
おどおどしながらも、私の膝の上で尋ねてくるダリヤが可愛い。恐らく、聞いていい話題なのか迷った挙げ句に出た言葉なのだろう。
私は躊躇わずに答えた。
「ダリヤと同じで、宝石商に荷物を受け取りに来ていたんだ」
「ブベーニン伯爵領までですか!?」
「といっても、隣だ」
「で、でも……」
ベリンダのように、使いの者にやらせるものだと思っているのだろう。
「とても大事な物は、人任せにしない主義なんだ」
だから、ダリヤも自分で迎えに行った。
「そしたら荷物は? ずっとリヴェの姿だったから、まだですよね」
「さっきも言ったように大事な物だから、宝石商が預かっている。いずれ取りに行けばいいさ」
フォンス侯爵夫人となったダリヤを連れて。ブベーニン伯爵領から、フォンス侯爵領になった時に、堂々と。
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