33 / 35
第2章 アカデミー編
第33話 アニタの好物
しおりを挟む
「たっだいま~!!」
いつもは煩いと感じるリノの声だったが、この時ばかりはよく来てくれた、と褒めてあげたかった。
「って、お邪魔でした?」
前言撤回! 何、出て行こうとしているのよ!
「いや、大丈夫だ。じゃない……大丈夫です」
「何で敬語……って、あぁ。もう、ここの生徒ですからね、ザカリー様……じゃなかった。ザカリーさんも!」
「分かったらリノも、教授らしくして。あと、その荷物はどうしたの?」
よく見ると、リノの両腕には小さな紙袋が幾つもぶら下がっていた。
「あっ、これ? 在校生たちから貰ったのよ。ほら、入学式で新任の挨拶をしたじゃない。それで急遽、用意してくれたんだって。なんて可愛い後輩たちなのかしら~。ちゃんとアニタの分もあるから心配しないで。代わりに受け取っておいたから」
「ありがとう」
リノは私に向かって左手を差し出した。簡単な話、左腕にぶら下がっている紙袋を取れ、と言っているのだ。
私は慣れた手つきで、紙袋を回収していく。早速、その中の一つ、赤い紙袋を覗くと……。
「わっ、これ『ベスネープショコラトリー』のトリュフじゃない!」
「あぁ、前からアニタが好きって言っていたお店の。ちゃんとチェックしているなんて、やるわね」
「なかなか手に入らない上に、高いって評判なのに……」
この『ベスネープショコラトリー』は首都にあるチョコレート菓子店で、養父がたまにお土産で買ってくる、私のお気に入りのお店だった。
特にここのトリュフは大人気で、すぐに売り切れてしまうのだ。
「コルテス教授はチョコレートが好きなんですか?」
「はい。それも『ベスネープショコラトリー』は特別なんです」
「特別……」
「実は男爵家に引き取られて間もない頃、養父も私の扱いに困っていたみたいで」
お祖母様に恩返しをしたくて私を引き取ったものの、婚姻歴もない。勿論、子育ての経験も。さらにいうと女の子。同性でもない。
何をしたら喜んでもらえるか、悩んでいたそうだ。そこで出てきたのが、お菓子。
「私の気を、というより、ご機嫌取りに近いですね。首都で評判のお菓子を買ってきてくれたんです」
「それが『ベスネープショコラトリー』のチョコレート……ですか」
「はい。ザカリーさんもご存じの通り、山奥に住んでいましたので、こういうのにはあまり縁がなくて……」
「田舎娘が、都会の味を知ってしまった、というやつです」
まさにその通りだけど、リノに言われるのは癪に障る。
私はリノを睨んだ。
「いいじゃない。それ以来、催促でもしているのかなって思うくらい、ここのチョコレートが好きだって、周りに言い触らしていたんだから」
「なるほど。それで、誰からなんですか?」
「えっと、これは……誰だったかな?」
首を傾ける時点でリノは信用できない。
恐らく、両脇にできた行列から、一つ一つ回収したのだろう。顔すら覚えているのかも怪しいところだ。
私は赤い紙袋の中を確認する。が、再度確かめても、送り主が分かるカード、もしくは手紙の類は入っていなかった。
「アニタはよく、後輩たちに勉強を見てあげていたから、その誰かじゃないの?」
「リノはその横で、よく歌っていたわよね」
赤い紙袋をひっくり返してまで見る私に、リノが勝手に結論付けた。あり得そうな話だったのもあって、私はそのまま話題を変える。
だって、ザカリーさんの視線が、どことなく怖かったからだ。
「あら、無音じゃ可哀そうでしょう。後輩たちにも人気なのよ。私の歌」
「知っているわよ。お陰で私まで――……」
「人気……なんですか?」
どうやら私は失言したらしい。ザカリーさんの声がさらに低くなる。
「いえ、そういう訳ではなく……リノと一緒にいると目立つんですよ。あの通り、華やかな容姿にお気楽な言動をするので」
「失礼ね! と言いたいところだけど、ザカリーさんも知っての通り、私は歌うのが好きですから」
「そうでした。ルシアもリノ……ではなく、イグレシアス教授を真似して、良く歌っているので。……確かに目立つ」
顔を顰めるザカリーさん。ディアス公爵邸にいる双子の妹、ルシア様を思い出しているのだろう。
あぁ、ここでもリノをディアス公爵邸に呼び出した弊害が……。
「申し訳ありません」
「どうして、コルテス教授が謝るんですか? お陰で我が家は華やいでいるというのに」
「それならいいんですが……」
「アニタは心配性ね。歌は健康にいいのよ。体力も使うし、声を出すことでストレスの発散にもなるしね」
いや、私が心配しているのはそっちじゃない。ディアス公爵邸の皆さんに対してだ。
けれど、そんな私の気持ちとは裏腹に、リノはとんでもない提案をしてきた。
「ちょうどいいわ。ザカリーさんの入学祝いに、一曲歌ってもいいかしら?」
ダメに決まっているでしょう!
いつもは煩いと感じるリノの声だったが、この時ばかりはよく来てくれた、と褒めてあげたかった。
「って、お邪魔でした?」
前言撤回! 何、出て行こうとしているのよ!
「いや、大丈夫だ。じゃない……大丈夫です」
「何で敬語……って、あぁ。もう、ここの生徒ですからね、ザカリー様……じゃなかった。ザカリーさんも!」
「分かったらリノも、教授らしくして。あと、その荷物はどうしたの?」
よく見ると、リノの両腕には小さな紙袋が幾つもぶら下がっていた。
「あっ、これ? 在校生たちから貰ったのよ。ほら、入学式で新任の挨拶をしたじゃない。それで急遽、用意してくれたんだって。なんて可愛い後輩たちなのかしら~。ちゃんとアニタの分もあるから心配しないで。代わりに受け取っておいたから」
「ありがとう」
リノは私に向かって左手を差し出した。簡単な話、左腕にぶら下がっている紙袋を取れ、と言っているのだ。
私は慣れた手つきで、紙袋を回収していく。早速、その中の一つ、赤い紙袋を覗くと……。
「わっ、これ『ベスネープショコラトリー』のトリュフじゃない!」
「あぁ、前からアニタが好きって言っていたお店の。ちゃんとチェックしているなんて、やるわね」
「なかなか手に入らない上に、高いって評判なのに……」
この『ベスネープショコラトリー』は首都にあるチョコレート菓子店で、養父がたまにお土産で買ってくる、私のお気に入りのお店だった。
特にここのトリュフは大人気で、すぐに売り切れてしまうのだ。
「コルテス教授はチョコレートが好きなんですか?」
「はい。それも『ベスネープショコラトリー』は特別なんです」
「特別……」
「実は男爵家に引き取られて間もない頃、養父も私の扱いに困っていたみたいで」
お祖母様に恩返しをしたくて私を引き取ったものの、婚姻歴もない。勿論、子育ての経験も。さらにいうと女の子。同性でもない。
何をしたら喜んでもらえるか、悩んでいたそうだ。そこで出てきたのが、お菓子。
「私の気を、というより、ご機嫌取りに近いですね。首都で評判のお菓子を買ってきてくれたんです」
「それが『ベスネープショコラトリー』のチョコレート……ですか」
「はい。ザカリーさんもご存じの通り、山奥に住んでいましたので、こういうのにはあまり縁がなくて……」
「田舎娘が、都会の味を知ってしまった、というやつです」
まさにその通りだけど、リノに言われるのは癪に障る。
私はリノを睨んだ。
「いいじゃない。それ以来、催促でもしているのかなって思うくらい、ここのチョコレートが好きだって、周りに言い触らしていたんだから」
「なるほど。それで、誰からなんですか?」
「えっと、これは……誰だったかな?」
首を傾ける時点でリノは信用できない。
恐らく、両脇にできた行列から、一つ一つ回収したのだろう。顔すら覚えているのかも怪しいところだ。
私は赤い紙袋の中を確認する。が、再度確かめても、送り主が分かるカード、もしくは手紙の類は入っていなかった。
「アニタはよく、後輩たちに勉強を見てあげていたから、その誰かじゃないの?」
「リノはその横で、よく歌っていたわよね」
赤い紙袋をひっくり返してまで見る私に、リノが勝手に結論付けた。あり得そうな話だったのもあって、私はそのまま話題を変える。
だって、ザカリーさんの視線が、どことなく怖かったからだ。
「あら、無音じゃ可哀そうでしょう。後輩たちにも人気なのよ。私の歌」
「知っているわよ。お陰で私まで――……」
「人気……なんですか?」
どうやら私は失言したらしい。ザカリーさんの声がさらに低くなる。
「いえ、そういう訳ではなく……リノと一緒にいると目立つんですよ。あの通り、華やかな容姿にお気楽な言動をするので」
「失礼ね! と言いたいところだけど、ザカリーさんも知っての通り、私は歌うのが好きですから」
「そうでした。ルシアもリノ……ではなく、イグレシアス教授を真似して、良く歌っているので。……確かに目立つ」
顔を顰めるザカリーさん。ディアス公爵邸にいる双子の妹、ルシア様を思い出しているのだろう。
あぁ、ここでもリノをディアス公爵邸に呼び出した弊害が……。
「申し訳ありません」
「どうして、コルテス教授が謝るんですか? お陰で我が家は華やいでいるというのに」
「それならいいんですが……」
「アニタは心配性ね。歌は健康にいいのよ。体力も使うし、声を出すことでストレスの発散にもなるしね」
いや、私が心配しているのはそっちじゃない。ディアス公爵邸の皆さんに対してだ。
けれど、そんな私の気持ちとは裏腹に、リノはとんでもない提案をしてきた。
「ちょうどいいわ。ザカリーさんの入学祝いに、一曲歌ってもいいかしら?」
ダメに決まっているでしょう!
11
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
恥ずかしい 変身ヒロインになりました、なぜならゼンタイを着ただけのようにしか見えないから!
ジャン・幸田
ファンタジー
ヒーローは、 憧れ かもしれない しかし実際になったのは恥ずかしい格好であった!
もしかすると 悪役にしか見えない?
私、越智美佳はゼットダンのメンバーに適性があるという理由で選ばれてしまった。でも、恰好といえばゼンタイ(全身タイツ)を着ているだけにしかみえないわ! 友人の長谷部恵に言わせると「ボディラインが露わだしいやらしいわ! それにゼンタイってボディスーツだけど下着よね。法律違反ではないの?」
そんなこと言われるから誰にも言えないわ! でも、街にいれば出動要請があれば変身しなくてはならないわ! 恥ずかしい!
不埒に溺惑
藤川巴/智江千佳子
恋愛
「××もらってくれませんか」
小宮明菜は玉砕前提の、一世一代の告白をしたつもりだった。
「小宮さんの誘惑に耐えられなくなったら、抱きます」
「ゆ、うわく……?」
――それがどうして、こんなに難しい恋愛ごっこになってしまった?
「誘惑はお休み?」
「八城さんに誘惑されすぎて、それどころじゃない」
「恋愛初心者には見えないんだけどな」
本当に初心者なので、手加減してください、八城さん。
「俺以外のやつにフラフラしたら」
「し、たら?」
「遠慮なくめちゃくちゃにする」
恋愛初心者OL×営業部エースの『誘惑』ラブゲーム開幕?

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

ここは貴方の国ではありませんよ
水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。
厄介ごとが多いですね。
裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。
※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる