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第2章 アカデミー編
第32話 呼び方と言葉遣い
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この邪な想いを脱するには、なるべくザカリー様とは関わらないこと。そうだ。それが一番いい。
けれど、別に私が気にかけなくても入学式で分かるように、他の先生方が放ってはおかないだろう。
だから大丈夫。
それに、同年代の友人たちと楽しく過ごされていれば、勉学は勿論のこと、多種多様な部活動にも目を向けるに決まっている。それだけアカデミーの部活動は盛んなのだ。
また、好成績を収めているザカリー様なら、一年でありながら、生徒会にもスカウトされる可能性だってあるだろう。
故に、ディアス公爵様には援助していただいたが、私とリノが目をかけなくても、十分にやっていける。ザカリー様には、それだけの素質が備わっているのだ。
心配する必要はない。
そう、言い聞かせていたのに……。
「失礼します」
ノックの音に、「どうぞ」と声をかけると、ザカリー様が姿を現した。それも、入学式のあった日の夕方に。
私は慌てて席を立ち、近づいた。
「ザカリー様! いえ、アカデミーに入学されたのですから、ザカリーさんと呼ぶべきですね」
なるべく自然に言ったつもりだったのだが、その驚いた表情に、私はさらに付け足した。
「アカデミーは貴族令息令嬢が多いところですが、身分関係なく、また互いを理解し合う場として、平等を謡っているんです。そのため、私たち教授は生徒に敬称をつけません。だから、その……」
ご理解いただけませんか? と言おうとしたら、ザカリー……さ、んに待て、とでもいうように手のひらを向けられた。
「分かっている。いや、分かっています」
「っ!」
自分から言い出したことなのに、ザカリー……さんの敬語に、一瞬だけよろめいた。
初対面の時の冷たさ。すこし凹みそうになりながらも、徐々に緩和していった日々。ディアス公爵邸から去る時は、私の手の甲にキ……挨拶までしてくださった。
そんな方に敬語……いいのだろうか。
「アニタ?」
「すみません。大丈夫です」
「いや、そうではなくて、その……だな、これからは俺も、コルテス教授と呼んだ方が……違うな。そう呼ばせてもらいます」
「は、はい。……よろしくお願いします」
お互い、言い慣れないのは分かっているけれど……これはちょっと恥ずかしい。
「とりあえず、立ち話もなんですから、こちらにかけてください」
そうだ。何か用があっていらっしゃったのだから、まずは話を聞かなければ。
私は研究室に設けられている椅子を、自席の近くに置いた。
「ありがとうございます、コルテス教授」
「ふふふっ。まだ、教授として教壇に立ったことはないんですが、ザカリーさんにそう言われると、何だかむず痒いですね」
「俺もです。立場は一年前と変わらないはずなのに、呼び方が違うだけで変に感じます」
「……あれからまた、髪を伸ばされたんですか?」
私は素朴な疑問を投げかけた。
ディアス公爵邸を離れた時は確か、結び目から申し分程度の長さしかなかったはずだ。けれど今は、背中で揺れるほど長い。
入学式で見た時から、気になっていたのだ。
ザカリーさんはそれを掴み、そのまま前へ。私だけでなく、ご自身にも見えるような位置へ移動させた。
「あぁ、これですか? しばらくは短い……といっても、結んでいたんですが、落ち着かなくて。結局、伸ばしたんです」
「そうだったんですか。私もその長さの方が、ザカリーさんらしくていいと思います。何と言いますか、初めてお会いした時がそうでしたので」
窓辺に座り、何をしに来たとばかりにぞんざいな態度をしていた。今、窓辺に座っているのは私で、向かい合っているのはザカリーさん。
立場は一年前と同じ、教師と生徒なのに。
思わず懐かしくて、目を細めた。
「長さは……これくらいの方がいいですか?」
「え? そうですね。あの時と髪型は違いますが、その長さの方がお似合いです」
「……分かりました」
少しだけ照れたザカリーさんを見て、男の子に長い方が似合うというのは失言だったことに気づいた。
けれど、短髪のザカリーさんなんて、想像できなかったのだ。
けれど、別に私が気にかけなくても入学式で分かるように、他の先生方が放ってはおかないだろう。
だから大丈夫。
それに、同年代の友人たちと楽しく過ごされていれば、勉学は勿論のこと、多種多様な部活動にも目を向けるに決まっている。それだけアカデミーの部活動は盛んなのだ。
また、好成績を収めているザカリー様なら、一年でありながら、生徒会にもスカウトされる可能性だってあるだろう。
故に、ディアス公爵様には援助していただいたが、私とリノが目をかけなくても、十分にやっていける。ザカリー様には、それだけの素質が備わっているのだ。
心配する必要はない。
そう、言い聞かせていたのに……。
「失礼します」
ノックの音に、「どうぞ」と声をかけると、ザカリー様が姿を現した。それも、入学式のあった日の夕方に。
私は慌てて席を立ち、近づいた。
「ザカリー様! いえ、アカデミーに入学されたのですから、ザカリーさんと呼ぶべきですね」
なるべく自然に言ったつもりだったのだが、その驚いた表情に、私はさらに付け足した。
「アカデミーは貴族令息令嬢が多いところですが、身分関係なく、また互いを理解し合う場として、平等を謡っているんです。そのため、私たち教授は生徒に敬称をつけません。だから、その……」
ご理解いただけませんか? と言おうとしたら、ザカリー……さ、んに待て、とでもいうように手のひらを向けられた。
「分かっている。いや、分かっています」
「っ!」
自分から言い出したことなのに、ザカリー……さんの敬語に、一瞬だけよろめいた。
初対面の時の冷たさ。すこし凹みそうになりながらも、徐々に緩和していった日々。ディアス公爵邸から去る時は、私の手の甲にキ……挨拶までしてくださった。
そんな方に敬語……いいのだろうか。
「アニタ?」
「すみません。大丈夫です」
「いや、そうではなくて、その……だな、これからは俺も、コルテス教授と呼んだ方が……違うな。そう呼ばせてもらいます」
「は、はい。……よろしくお願いします」
お互い、言い慣れないのは分かっているけれど……これはちょっと恥ずかしい。
「とりあえず、立ち話もなんですから、こちらにかけてください」
そうだ。何か用があっていらっしゃったのだから、まずは話を聞かなければ。
私は研究室に設けられている椅子を、自席の近くに置いた。
「ありがとうございます、コルテス教授」
「ふふふっ。まだ、教授として教壇に立ったことはないんですが、ザカリーさんにそう言われると、何だかむず痒いですね」
「俺もです。立場は一年前と変わらないはずなのに、呼び方が違うだけで変に感じます」
「……あれからまた、髪を伸ばされたんですか?」
私は素朴な疑問を投げかけた。
ディアス公爵邸を離れた時は確か、結び目から申し分程度の長さしかなかったはずだ。けれど今は、背中で揺れるほど長い。
入学式で見た時から、気になっていたのだ。
ザカリーさんはそれを掴み、そのまま前へ。私だけでなく、ご自身にも見えるような位置へ移動させた。
「あぁ、これですか? しばらくは短い……といっても、結んでいたんですが、落ち着かなくて。結局、伸ばしたんです」
「そうだったんですか。私もその長さの方が、ザカリーさんらしくていいと思います。何と言いますか、初めてお会いした時がそうでしたので」
窓辺に座り、何をしに来たとばかりにぞんざいな態度をしていた。今、窓辺に座っているのは私で、向かい合っているのはザカリーさん。
立場は一年前と同じ、教師と生徒なのに。
思わず懐かしくて、目を細めた。
「長さは……これくらいの方がいいですか?」
「え? そうですね。あの時と髪型は違いますが、その長さの方がお似合いです」
「……分かりました」
少しだけ照れたザカリーさんを見て、男の子に長い方が似合うというのは失言だったことに気づいた。
けれど、短髪のザカリーさんなんて、想像できなかったのだ。
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