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第2章 アカデミー編
第31話 入学式の邂逅
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歴史あるアカデミーの入学式。四方を囲む、講堂の壁は焦げ茶色になるくらい焼けて、木の匂いはしない。
けれど、椅子に使われているシートの質は良く、わざわざ触らなくても判断できるほどだった。さらに中のクッションも硬すぎず、柔らかすぎてもいない。
さすがは由緒あるアカデミーの講堂である。毎年入学してくる、貴族令息令嬢の家で成り立っているのが良く分かる建物だった。
その壇上には今、その代表格ともいえる人物が誓いの言葉を述べている。
「穏やかな気候の下、今日を迎えられたのは、皆さまのお陰だと思っております。入学生一同、心より感謝いたします」
ザカリー・ディアス公爵令息。
一年前、ディアス公爵邸でお会いした時よりも背が伸びて、少年というより青年に近かった。また顔つきも、中性的だったのに、男性らしさが垣間見える。
けれど、金色の髪を後ろに束ねている後ろ姿を見て、どこかホッとしてしまう私がいた。
もう、ルシア様になる必要はないのだろうけれど。やはりザカリー様は、髪が長い方が似合っていらっしゃる。
「以前、お会いした時よりも、背が伸びたんじゃない?」
隣に座るリノが、私に耳打ちをしてきた。同じことを考えていただけに、そうね、と返事をしそうになってハッとなる。
私たちは他の教授たちと同じ席に座っているのだ。数週間前とは違う。
すぐさま私は、リノの手をつねった。
「っ!」
「静かに」
小声で窘めると、まるでいけずとでも言うように、ツンとした表情をして離れていく。
仕方がないでしょう。ここでさらに、悪目立ちをするわけにはいかないんだから。
「……――精進していくことをここに誓います」
誓いの言葉を終えたザカリー様は、生徒たちの方へ向き直る。その凛とした姿に、思わず見惚れてしまう。
すると、その油断を察知したのか、ザカリー様がこちらを向いた……様な気がした。
ザカリー様はただ、ご自分の席に戻る前に、講堂を一望しただけで、目が合ったわけではない。恐らくそう感じるのは、自意識過剰か、願望か。
ダメダメ。もう一年前とは違うのだから。他の生徒たちと同じように見なければ……。
けれど、全く知らない生徒たちと同じように見ることは難しい。これでは一教授として、と思っていると、前の席に座る、アカデミーの重鎮たちの声が聞こえてきた。
「さすがは次期ディアス公爵様ですね。顔つきからすでに、他の生徒たちとは違う」
「えぇ。成績も首席で入学したとか」
「それはそれは。我が国にとっても頼もしい限りですな」
ディアス公爵家ともなると、目をかけるのは当たり前のこと。ルシア様が王子の婚約者候補に選ばれるほどの家柄なのだ。
私は重鎮たちの言葉に安堵した。と同時に上がる口角。
たった数カ月という期間。それも教え子というには不確かな関係なのに、ザカリー様が褒められると私まで嬉しくなった。
まるで自分が褒められているような。図々しくも、そう感じてしまったのだ。
席に戻ったザカリー様を今一度見る。隣の席の子と談笑している姿は、先ほど見た姿よりも年相応で可愛い……らしい……?
「っ!」
そう思った瞬間、目が合った。今度は確実に。何故なら、ザカリー様が目を逸らしたからだ。
すぐに談笑をやめ、真っ直ぐ前を向く。
「~~~!!」
これはさすがに、自意識過剰とは言い切れなかった。
けれど、椅子に使われているシートの質は良く、わざわざ触らなくても判断できるほどだった。さらに中のクッションも硬すぎず、柔らかすぎてもいない。
さすがは由緒あるアカデミーの講堂である。毎年入学してくる、貴族令息令嬢の家で成り立っているのが良く分かる建物だった。
その壇上には今、その代表格ともいえる人物が誓いの言葉を述べている。
「穏やかな気候の下、今日を迎えられたのは、皆さまのお陰だと思っております。入学生一同、心より感謝いたします」
ザカリー・ディアス公爵令息。
一年前、ディアス公爵邸でお会いした時よりも背が伸びて、少年というより青年に近かった。また顔つきも、中性的だったのに、男性らしさが垣間見える。
けれど、金色の髪を後ろに束ねている後ろ姿を見て、どこかホッとしてしまう私がいた。
もう、ルシア様になる必要はないのだろうけれど。やはりザカリー様は、髪が長い方が似合っていらっしゃる。
「以前、お会いした時よりも、背が伸びたんじゃない?」
隣に座るリノが、私に耳打ちをしてきた。同じことを考えていただけに、そうね、と返事をしそうになってハッとなる。
私たちは他の教授たちと同じ席に座っているのだ。数週間前とは違う。
すぐさま私は、リノの手をつねった。
「っ!」
「静かに」
小声で窘めると、まるでいけずとでも言うように、ツンとした表情をして離れていく。
仕方がないでしょう。ここでさらに、悪目立ちをするわけにはいかないんだから。
「……――精進していくことをここに誓います」
誓いの言葉を終えたザカリー様は、生徒たちの方へ向き直る。その凛とした姿に、思わず見惚れてしまう。
すると、その油断を察知したのか、ザカリー様がこちらを向いた……様な気がした。
ザカリー様はただ、ご自分の席に戻る前に、講堂を一望しただけで、目が合ったわけではない。恐らくそう感じるのは、自意識過剰か、願望か。
ダメダメ。もう一年前とは違うのだから。他の生徒たちと同じように見なければ……。
けれど、全く知らない生徒たちと同じように見ることは難しい。これでは一教授として、と思っていると、前の席に座る、アカデミーの重鎮たちの声が聞こえてきた。
「さすがは次期ディアス公爵様ですね。顔つきからすでに、他の生徒たちとは違う」
「えぇ。成績も首席で入学したとか」
「それはそれは。我が国にとっても頼もしい限りですな」
ディアス公爵家ともなると、目をかけるのは当たり前のこと。ルシア様が王子の婚約者候補に選ばれるほどの家柄なのだ。
私は重鎮たちの言葉に安堵した。と同時に上がる口角。
たった数カ月という期間。それも教え子というには不確かな関係なのに、ザカリー様が褒められると私まで嬉しくなった。
まるで自分が褒められているような。図々しくも、そう感じてしまったのだ。
席に戻ったザカリー様を今一度見る。隣の席の子と談笑している姿は、先ほど見た姿よりも年相応で可愛い……らしい……?
「っ!」
そう思った瞬間、目が合った。今度は確実に。何故なら、ザカリー様が目を逸らしたからだ。
すぐに談笑をやめ、真っ直ぐ前を向く。
「~~~!!」
これはさすがに、自意識過剰とは言い切れなかった。
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