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第2章 アカデミー編
第30話 理想と現実
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渡り鳥のように春の到来を知らせる、強風。芽吹いたばかりの新緑は、負けるか! とばかりに枝から離れようとしない。
まるでその姿は、アカデミーに居続けたいと願う私のようだと思った。
「アニタ。何を見ているの? そこからじゃ、新入生の姿は見えないわよ」
わざわざ私の肩に頭を置いて、外を覗くリノ。窓が小さいから、というのは分かるがやめて欲しい。
何故なら、艶やかな彼女の黒髪が、私の首にもかかるのだ。これが男ならドキッとしてしまうが、残念ながら私は女で、そんな気はない。
それほどに、悪友ことリノ・イグレシアスは見目麗しい女性だった。
「新入生を見るために、窓の外を見ているわけじゃないからいいの」
「ふ~ん。そんなことを言って、今年の新入生のことが気になるくせに~」
私は体を捻り、リノを引き剥がした。
「新任の教授が生徒を気にするのは当たり前でしょう」
そう、私たちは今年、晴れてアカデミーの教授になったのだ。それも卒業と同時に。二人一緒という、これまた異例の事態が起きたのには訳がある。
「まぁね。何せ新入生の中に、私たちのパトロンがいらっしゃるのだから」
「リノ。せめて、支援とか後ろ盾とか。言葉を選んで。あと、それはザカリー様ではなく、ディアス公爵様よ」
一年前、私とリノは、ディアス公爵邸でルシア様の家庭教師をしていた。そのご縁もあって、口添えしてもらえた、というわけなのである。
「まぁ! アニタったら細かいんだから。ここには私たちしかいないのよ! 言葉を着飾る必要なんてあるの?」
学生時代の私とリノは、寮が同室だったけれど、卒業した今は違う。はずだったのだが、研究室……謂わば教授として宛がわれた部屋が一緒なのだ。
色々と配慮されてのことなのは分かるけど……。
「だからこそ、言葉には気をつけるべきだとは思わないの? 私たち、アカデミー内で浮いているのよ」
「まぁね。この研究室だって、私たち二人が使うには、勿体ないくらい広~いし~」
そう言いながら、私から離れるようにくるくると後方へ回る。憎たらしいほど、スカートを綺麗に広げて。
「しかも、ここで歌っても支障がないくらい、周りの研究室には誰もいな~い」
「避けられている。もしくは腫れ物扱いだって言って」
それはもう見事に。お陰でリノのワンマンショーを聞かされる日々である。
彼女は詩興の魔女なだけあって、歌うのが好き。しかも上手い! だから聞いていて飽きることは……あるわよ! 毎日毎日聞いていればそれくらい!
一応、その歌に魔法を乗せることはしないから、室内は勿論のこと、室外にも影響はないけれど。
「ん~もう! 後ろ向きなんだから! 折角、教授になれて、アカデミーに残ることができたのよ。もっと喜ばないと!」
「私はリノほど能天気な性格じゃないの!」
これはもう、私が思い描いていた教授生活とは雲泥の差だった。
そう、悪友であるリノから解放された私は、同室の先生に指導を受けて、教鞭を振るい、ゆくゆくは研究に没頭するという……。
けれどこれは序章に過ぎず、私の教授生活はどんどん理想からかけ離れて行くことになる。が、この時の私が知る由もなかった。
星読みの魔女などと大層な通り名を持っているのに。星は何一つ教えてくれない。
当然だ。星たちが導くのは魔女本人ではないのだから。私はただそれを代弁する。
必要な人に、必要な言葉を。夜空に輝く満天の星たちの声を、ただ届けるだけの魔女。それが星読みの魔女なのだ。
まるでその姿は、アカデミーに居続けたいと願う私のようだと思った。
「アニタ。何を見ているの? そこからじゃ、新入生の姿は見えないわよ」
わざわざ私の肩に頭を置いて、外を覗くリノ。窓が小さいから、というのは分かるがやめて欲しい。
何故なら、艶やかな彼女の黒髪が、私の首にもかかるのだ。これが男ならドキッとしてしまうが、残念ながら私は女で、そんな気はない。
それほどに、悪友ことリノ・イグレシアスは見目麗しい女性だった。
「新入生を見るために、窓の外を見ているわけじゃないからいいの」
「ふ~ん。そんなことを言って、今年の新入生のことが気になるくせに~」
私は体を捻り、リノを引き剥がした。
「新任の教授が生徒を気にするのは当たり前でしょう」
そう、私たちは今年、晴れてアカデミーの教授になったのだ。それも卒業と同時に。二人一緒という、これまた異例の事態が起きたのには訳がある。
「まぁね。何せ新入生の中に、私たちのパトロンがいらっしゃるのだから」
「リノ。せめて、支援とか後ろ盾とか。言葉を選んで。あと、それはザカリー様ではなく、ディアス公爵様よ」
一年前、私とリノは、ディアス公爵邸でルシア様の家庭教師をしていた。そのご縁もあって、口添えしてもらえた、というわけなのである。
「まぁ! アニタったら細かいんだから。ここには私たちしかいないのよ! 言葉を着飾る必要なんてあるの?」
学生時代の私とリノは、寮が同室だったけれど、卒業した今は違う。はずだったのだが、研究室……謂わば教授として宛がわれた部屋が一緒なのだ。
色々と配慮されてのことなのは分かるけど……。
「だからこそ、言葉には気をつけるべきだとは思わないの? 私たち、アカデミー内で浮いているのよ」
「まぁね。この研究室だって、私たち二人が使うには、勿体ないくらい広~いし~」
そう言いながら、私から離れるようにくるくると後方へ回る。憎たらしいほど、スカートを綺麗に広げて。
「しかも、ここで歌っても支障がないくらい、周りの研究室には誰もいな~い」
「避けられている。もしくは腫れ物扱いだって言って」
それはもう見事に。お陰でリノのワンマンショーを聞かされる日々である。
彼女は詩興の魔女なだけあって、歌うのが好き。しかも上手い! だから聞いていて飽きることは……あるわよ! 毎日毎日聞いていればそれくらい!
一応、その歌に魔法を乗せることはしないから、室内は勿論のこと、室外にも影響はないけれど。
「ん~もう! 後ろ向きなんだから! 折角、教授になれて、アカデミーに残ることができたのよ。もっと喜ばないと!」
「私はリノほど能天気な性格じゃないの!」
これはもう、私が思い描いていた教授生活とは雲泥の差だった。
そう、悪友であるリノから解放された私は、同室の先生に指導を受けて、教鞭を振るい、ゆくゆくは研究に没頭するという……。
けれどこれは序章に過ぎず、私の教授生活はどんどん理想からかけ離れて行くことになる。が、この時の私が知る由もなかった。
星読みの魔女などと大層な通り名を持っているのに。星は何一つ教えてくれない。
当然だ。星たちが導くのは魔女本人ではないのだから。私はただそれを代弁する。
必要な人に、必要な言葉を。夜空に輝く満天の星たちの声を、ただ届けるだけの魔女。それが星読みの魔女なのだ。
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