病弱な公爵令嬢(?)の家庭教師~その正体は?~

有木珠乃

文字の大きさ
上 下
23 / 35
第1章 ディアス公爵邸編

第23話 詩興の魔女の歌声

しおりを挟む
 
「問題はない。むしろ喜ぶと思うぞ」

 そう言ってザカリー様は、私のお願いをディアス公爵様に伝えてくれた。


「黄金色に咲く花をでし乙女。天に祈り、甘露かんろの雨を降らす。
 乙女の願い。歌になりて空高く響き、風となりて草木を揺らす。
 黄金色の花は乙女を慰める」

 部屋中に響き渡る歌声。耳心地のいい声量と質感に、私まで聞き惚れてしまいそうになった。が、そこまでいかないのには理由がある。
 そう、歌詞だ。

「わぁ、素敵な歌。もっと聞きたいわ」

 どの辺が? と言いたい気持ちをグッとこらえた。嬉しそうにリノの歌を聞く、ルシア様の顔を曇らせたくなかったのだ。

 リノ・イグレシアスこと、アカデミーの友人でもある彼女を、ディアス公爵邸に呼んでもらう。
 これがザカリー様にお願いしたことだった。
 名目は、ルシア様の新たな家庭教師。科目は勿論、音楽だ。

「ありがとうございます。では、もう一曲といきたいところですが、休憩してもよろしいですか」
「私ったら、ごめんなさい。気がつかなくて」
「いいえ」

 ルシア様に一礼したリノは振り返り、扉の近くに座っていた私に近づく。
 長い黒髪に映える赤いスカートを優雅にひるがえし、隣にある椅子にふわりと座った。

 一つ一つの所作が美しいリノ。まさに歌姫とも思える彼女にも、欠点があった。

「可愛らしい方ね。あんたが助けたいって思うのも、無理はないわ」

 口が悪いのだ。

「そう思うのなら、真剣に歌って。何なのよ、あの歌詞。乙女って、まるで……」

 私のこと? と言うと、自意識過剰に捉えられそうなので、口を閉じた。
 リノはニヤリと笑い、顔を近づけてそっと言う。

「いいじゃない。言葉をわざわざつくろうより、そのまんまを歌う方が、効果が強くなるの。つまり、あんたが我慢すれば、うまくいくってことよ」

 詩興しきょうの魔女め! ルシア様の前では口に出せないため、心の中で悪態をついた。
 そう彼女は詩興といって、歌で魔法を紡ぐ。私が星を読むのと同じように。

 問題なのは、吟遊詩人のような詩を作ることだ。

「だからってあんな恥ずかしいことを」
「ルシア様は喜んでくださるし、体調も良くなっているわ。それは私の歌だけじゃない。あんたが調合している薬のお陰でもあるのよ。良いこと尽くしなのに、そんな顔をして水を差さないでくれる?」

 リノの言葉にも一理あった。その証拠にルシア様は、椅子に座らずに部屋の中を歩いている。

 私は返事もしないまま立ち上り、ルシア様に近づいた。

「お疲れではありませんか?」
「大丈夫よ、アニー。お兄様にも、そろそろ体力をつけるように言われているから」
「ザカリー様に、ですか? それはちょっと気が早いように感じますが」

 これは抗議案件だろうか。

 風浪ふうろうの魔女から届いた薬草を私が調合して、ルシア様が服用されてから、一カ月。
 二週間前からは、リノの音楽療法というべき魔法を受けている。

 明らかに元気だと思えるほどの回復振りだった。しかし――……。

「失礼致します」

 私はルシア様の前に跪き、おみ足に触る。
 赤い斑点は見え辛くなるほど薄くなっているが、まだ凹凸があった。

 完治するには、あと一カ月はかかるだろう。

「ルシア様。ザカリー様が仰るように、体力をつけることは大事です。レルシィ病とはそういう病ですから」

 風浪の魔女の情報と、リノが持ってきたアカデミーで保管されているレルシィ病の研究データ。
 この二つから、原因と発症条件が分かったのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

不埒に溺惑

藤川巴/智江千佳子
恋愛
「××もらってくれませんか」 小宮明菜は玉砕前提の、一世一代の告白をしたつもりだった。 「小宮さんの誘惑に耐えられなくなったら、抱きます」 「ゆ、うわく……?」 ――それがどうして、こんなに難しい恋愛ごっこになってしまった? 「誘惑はお休み?」 「八城さんに誘惑されすぎて、それどころじゃない」 「恋愛初心者には見えないんだけどな」 本当に初心者なので、手加減してください、八城さん。 「俺以外のやつにフラフラしたら」 「し、たら?」 「遠慮なくめちゃくちゃにする」 恋愛初心者OL×営業部エースの『誘惑』ラブゲーム開幕?

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...