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第1章 ディアス公爵邸編
第18話 双子の秘密
しおりを挟む翌日から、ルシア様もとい、ザカリー様の授業時間は、作戦会議へと変わった。
「それで、ルシアの症状はどうなんだ?」
室内に入って早々、質問が飛んできた。これが本来の授業なら、家庭教師の冥利に尽きるだろう。
しかし、私は担当している科目すらない。
敢えて言うなら、話し相手。いや、相談相手かな。
「私自身、レルシィ病について詳しいわけではありません。しかし、初期症状ではないことは分かります」
「発症して、すでに八年だからな。初期ではないとは思うが、末期でもないだろう」
「はい。末期は、完全に足が動かなくなる、と聞くので違うと思います。けれど八年とは、どういうことですか?」
レルシィ病が流行ったのは、十年前だ。計算が合わない。それに八年というのも引っかかる。
「レルシィ病が発症すると、少なくとも二、三年で末期になる、と聞いたことがあります。なので……」
「そう、なのか? 俺も調べたわけではないから、肯定も否定もできないんだが」
「邸宅には確か、図書室があるとお聞きしましたが、そちらにレルシィ病に関する本は、置いていないんですか?」
「あったとしても、ルシアの姿では行けない」
何故? と一瞬、疑問が浮かんだ。が、家庭教師を追い出す令嬢が、図書室に行くだろうか。
自分で勉強、または教養を身につけているのなら、そもそも家庭教師は雇わない。
追い出しているのだから、勉強をしたくない。もしくは嫌いなのだと周りは思うだろう。
「でしたら、ザカリー様の姿で――……」
「無理だ。俺は今、隣国に行っていることになっている」
「え?」
私の驚いた顔を見て、ザカリー様が溜め息を吐いた。
「俺が一日中、ルシアの振りをしていて、疑問に思わなかったのか?」
「すみません。何も知らずに、ここへ来たものですから。ルシア様に兄がいたことも、知りませんでした」
その言葉で、ザカリー様も何かを察したのだろう。視線を逸らし、頭に手を置いた。
「これも、俺が家庭教師を追い出していた弊害か」
「ですね。すぐに帰ると思っていたので……」
「分かったから、皆まで言うな。すべて俺が招いたことだ。アニタを責めはしない」
申し訳なさ過ぎて、ありがとうございます、と言うべきなのか悩んでいると、先にザカリー様が口を開いた。
「ルシアは昔からあぁ言う性格だ。それを急に我が儘に仕立て上げるのは、劇的な何かが起こらなければならなかったんだ」
「あっ、なるほど。お二人は双子ですから。生まれた時から一緒にいた存在が、長く離れるのは、確かにルシア様の人格を変えてしまってもおかしくはありません」
「念のため、母上に頼んで、影武者は用意させているから問題はない」
「そこまでなさる必要があるんですか?」
さすがに貴族社会に疎い私では、導きようのない答えだった。
「念のためだと言っただろう。足元を掬われないためだ。貴族というのは、どこで何を言ってくるか分からない連中が多いんだ」
「……ルシア様はいいんですか?」
「確かにルシアの評判に傷はつくが、婚約者候補から外れる方が先決だ」
昨夜のルシア様とは違い、ザカリー様は「目的のためなら、現在を犠牲にしてもいい」という考えか。
双子なのに、似ているところは顔だけで。中身は、こんなにも真逆だとは思わなかった。
「ザカリー様の件は分かりました。ルシア様と同じように、身動きが取れなかった、ということですよね」
「あぁ」
「でも、誰かが教えてくれたのではありませんか? ルシア様の病名や症状などの詳しい話を」
八年前に罹ったというのなら、ザカリー様とルシア様は当時、七歳だ。
病気のことは伝えるだろうが、病名や症状まで言うだろうか。
ディアス公爵様はご存知ない。夫人は外へ。
ザカリー様は調べていない、という。
では、誰だ? レルシィ病をザカリー様に伝えた人物は。
逃げるようにして去った公爵夫人とは、考え辛かった。
恐らくその人物が、ルシア様の症状を抑えてくれているのではないだろうか。
首都で感染が広まっていない理由も含めて。
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